上 下
19 / 44

第19話 発動! 恐怖の大切斬

しおりを挟む
 ヒャハハハハハハハハハハ|………………………、
 
 てな感じで、嵐子の一言を境に哄笑はピタリと止んだ。
 五月は感激した。
 まさか敵であるはずの嵐子が自分を救ってくれるなんて。しかも他の生徒は誰一人知らないであろう、アイヌ文化の知識をひけらかして。
 思わず嵐子の下に駆け寄って力一杯抱きしめたい衝動に駆られたが、そこは冥王の女子生徒。さすがに勝負に水を差すような真似はしなかった。

「一番合戦さん、どうやらあなたには借りを作ってしまったようね。でも勝負は勝負。全力でいくわよ!」
 
 そう言って大薙刀を頭上でぐるんぐるんとブン回し、周囲に風速三メートルの心地良い風を巻き起こした五月だが、嵐子の方は何やら物思いに沈んだ感じで、グズグズと未だバッターボックスに入ろうとしない。
 老齢で何かに付けて間延びする坂田(主審)でさえ、「さあ、早く打席に入りなさい」と嵐子を促す始末。
 嵐子がようやく面を上げた。
 それを見た男子生徒の心臓を稲妻が直撃した。空は青く晴れ渡っているにも拘わらず、である。
 彼女は泣いていた。その麗しい瞳に大粒の涙を浮かべながら。
 それを見て女子生徒は思った。ーー一体、何があったの?
 彼女はぐしゅんぐしゅんと鼻水を啜りながら声にならない声を上げた。

「熊ちゃん、食べちゃったんですかぁ?」
「……はい?」
「熊ちゃん、食べちゃったんですかぁぁぁ~?」
「……はい?」
「熊ちゃん、食べちゃったんですかぁぁぁぁぁ~!」
「……」
 
 五月はようやく理解した。
 嵐子が涙ながらに尋ねているのは、纏っている毛皮の中身のことなのだ。

 何を今更。
 
 その惰弱な精神性を鼻で笑いつつ、--そうだ、この状況を利用して、彼女に揺さぶりをかけてやれ!

「ええ、そうよ。熊鍋にして美味しく頂きました」
 
 刹那、嵐子が跳んだ。
 ピコハンを振り被って空高く、高く、たか~~~~~く!
 その瑠璃色に染まった瞳から涙を迸らせながら。

「熊ちゃんの仇ぃぃぃぃぃ~~~~~!」
 
 血を吐くような絶叫に、ーー! 五月は思わず後退った。それが彼女に幸運をもたらした。
 わずか〇・三秒の差で嵐子の直撃を躱すことに成功したのだ。
 ピコハンが大地を撃った直後、地面が微かに揺れた。それが本物の地震によるものか、あるいは嵐子の一撃によるものかは誰にも判別が付かなかった。
 
 濛々と土煙が渦を巻いて舞い上り、高さ一〇〇メートルのキノコ雲と化した。
 石礫がパラパラと観客の頭上に降り注ぐ。
 やがてキノコ雲は根元の部分から押し潰されるように倒壊した。
 粉塵が八方へ津波のように押し寄せ、逃げ遅れた大勢の生徒を飲み込んだ。
 各所でゴホゴホと咳き込む音がして、粉塵が薄れゆくにつれ、全身真っ黒の生徒が徐々に姿を現し始めた。
 遠方で観戦していたため難を逃れた伊集院靖は、爆心地の中央付近から土煙を左右に割って現れた一人の美少女に目を奪われた。

「……美しい」
 
 その独白に傍らの玲花が反応した。

「彼女、御存知の方?」
 
 靖が口端を歪めた。

「君の目は節穴かい? 彼女、一番合戦君だよ」
「ーー!」
 
 玲花が驚くのも無理はなかった。
 眼光鋭い切れ長の眼、腰までもある長い髪は、嵐子の丸い大きな眼、肩に垂れる短い髪とは余りにも対照的だ。
 身体の均整も雰囲気の違いのせいか、全体的に大人びて見える。
 玲花に限らず、誰が見ても別人に見えるのだが、唯一つ、靖の言葉を裏付ける証拠があった。
 彼女の右手には嵐子の得物、モグラたたきが握られていた。
 外野が、「あれ、誰?」とか、「さあ、知らない顔ねぇ」などと囁く中、嵐子は何食わぬ顔で打席に立った。
 
 五月が目を白黒させて叫んだ。

「あ、あなた、本当に一番合戦さん!?」
「ええ、正真正銘、どこから見ても一番合戦嵐子。でも同一人物とは思わないでね。私は彼女ほど甘くはないから」
「……」
 
 その彼女というのが、あの天然ボケの入った嵐子を指していることに、五月はようやく気が付いた。

「あ、あなた、まさか同姓同名の別人……」
 
 その時、主審の坂田が片手を挙げて試合開始を宣告した。
 嵐子がスタンスを広く取ってピコハンを構える。
 割り切れぬ思いを抱いたまま、五月は集中力を高めるべく大薙刀を正眼に構えると、上手投げの要領でゆっくりと振り被った。
 その切っ先が垂直に立った時、地上からの高さは優に四メートルを超えていた。正に"大切斬゙の名に相応しい雄大な構えだった。
 刀身は尚も背後へ弧を描くように反れてゆく。それこそ切っ先が地面に着きそうなくらいに。
 傍目から見ても、彼女の身体に"気゙が集約されてゆくのが感じられる。それが長い柄を伝って刀身部分で放電現象と化した。
 その凄まじい刃動が解放された時、一体何が起きるのか? 
 二度目の大爆発を予感して、観衆の中から逃げ出す者が現れた。
 靖と玲花、そしてSクラス生の総員が不測の事態に備えて、ほぼ同時に抜刀した。
 彼らは何れも、その巨大な質量を弾き返すだけの技量を備えている。が、正直、受けてみなければ分からない。と言うのが本音だった。彼らが自らの身体を盾としたのは、偏に他生徒を保護する義務感からである。
 
 佐馬之丞は自問した。

 俺は生き延びることができるのか、と。
 
 そして気軽に捕手を引き受けたことを激しく後悔した。が、生涯一捕手を貫こうとする彼の気概が、崩壊しかけた精神を瞬時に立ち直らせた。
 彼は惰弱な己の精神を恥じ入りつつ、ーーよし、こうなった以上、生涯最期の刃動、確とこの身体で受け止めてくれる! と構えた両腕を左右に広げて、全身で捕球する気構えを見せた。
 そんな他人の思惑を他所に、大薙刀の切っ先は滔々と刃動を湛え、今や直径三メートルほどの巨大な光球と化した。
 不意に溢れ出た刃動が雷となって、最前列に蟠踞した龍虎の竹刀を直撃した。

 ドボチョ~~~~~ン!
 
 感電した瞬間、意味不明な雄叫びを上げて失神した龍虎。
 なぜ数多ある貴金属の得物に落雷せず、木製の竹刀を直撃したかは謎だが、唯一確信をもって言えることは、今週の龍虎はまったくツイていなかった。
 
 玲花が打ち刀片手に観衆の最前列に躍り出た。

「危険です! 直ちに決闘を中止しなさい!」
「それはいけないよ。神崎君」
 
 背後から靖が呼び止めた。

「二人とも、今日という日のために血の滲む特訓をしてきたんだ。それを蔑ろにする権利は僕らにはないんだ。たとえ生徒会副会長でも」
「人が死んでもいいと仰るの?」
「坂田先生がいるんだ。それに万一の場合は、この僕が身を挺して二人を助けるよ」
「……」
 
 そんな会話を交わしつつも、二人の視線は尚も膨張を続ける光球に釘付けとなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

小児科医、姪を引き取ることになりました。

sao miyui
キャラ文芸
おひさまこどもクリニックで働く小児科医の深沢太陽はある日事故死してしまった妹夫婦の小学1年生の娘日菜を引き取る事になった。 慣れない子育てだけど必死に向き合う太陽となかなか心を開こうとしない日菜の毎日の奮闘を描いたハートフルストーリー。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

処理中です...