10 / 44
第10話 佐藤雪江の決意
しおりを挟む
佐藤雪江が稽古着の袖を通したのは実に四年振り、娘が小学校を卒業した記念に稽古をつけて以来だ。
齢三六の彼女が、その時を最後に押し入れの奥に仕舞っておいた稽古着を再び着用したのには訳がある。
娘、佐藤郁恵の敵討ち。
娘に重傷を負わせた一番合戦嵐子に復讐するために、彼女は再び薙刀を振るう覚悟を決めたのだ。
握り締めた薙刀袋がやけに重く感じられる。
さすがにこの歳になると体力の低下は否めないが、それでも元冥王のSクラス生としての自負がある。たとえ相手が現役のAクラス生であろうとも、むざむざ後れを取ることはないと確信していた。
が、彼女は冥王のOGであり在校生の保護者に過ぎない。そのような立場にある者がいくら娘の敵討ちとはいえ、直接仇に果し合いを申し込むことなど学校側が許可しない。
そこで思い付いたのが必殺技の伝授。
無論重傷の娘にではなく、娘の敵討ちを望む薙刀部の後輩達にだ。
病院で変わり果てた姿の娘と対面したとき、まず感じたことは、ーーなぜ、あの業を娘に伝授しておかなかったのか。という悔悟の念だった。
在校時、彼女をSクラスの生徒に成らしめた必殺技、ーー真空斬撃剣。
刀身で素早く空気を切り裂くことで真空状態を作り出し、刃長の数倍先にある対象物まで真っ二つにする。
娘も見様見真似である程度は習得していたようだが、それは前方の対象物のみに有効な業であり、自在性に於いて遥かに劣るものだった。
いずれ本格的に伝授するつもりだったのだが、そのうち娘の成長を待って。と思っているうちにとうとう手遅れとなってしまった。
あの時、自身と同レベルの業を習得していれば、一番合戦とかいう女子生徒に勝てたはず。娘が重傷を負うことはなかったのだ。
それを思うと自身の愚かさに対して、激しい怒りすら感じてしまう雪江であった。
白い稽古着に黒い乗馬袴の出で立ちは、擦れ違う者の目を引かずにはおかなかった。が、それも町外れまで。
人通りの絶えたその先には、東京ドーム十個分に相当する広大な原野ススキが原が広がっていた。
そこに数人の人影を見出したとき、雪江の口元に微笑が浮かんだ。
彼らの出で立ち、ーー胸襟の開いたブレザー、ノーネクタイ、うち二名が紫煙を燻らせている。そして手にした得物が金属バットや鉄パイプとくれば、彼らが決闘待ちの不良であることが分かる。
ちょうどいい。久しぶりの腕試しだ。
雪江は柄の長さが七尺もある大薙刀を握り締めると、送り足で音もなく不良に接近する。
「うん? なんだ、あのババア……」
不良の一人がようやく彼女の接近に気付いた。その視線に呼応して、ーー何事? と仲間が身構える。が、大薙刀を握っているのが三十代の中年女性と知って、彼らは一様に安堵の色を浮かべた。
雪江は三間の間をとって立ち止まった。
「おまえたち、未成年だろ? 喫煙は御法度だ。今すぐ止めろ」
「アアッ、あんだと?」
「もう一度忠告する。タバコを捨てろ」
不良Aが雪江の前に進み出て、これ見よがしにタバコに火を灯した。そして目上の者を貴ぶ気持ちがないのだろう、彼女の顔にフーッと紫煙を吹きかけた。
「俺ら、ババアには興味ねえんだ。若い男が欲しかったら他を当たるんだな」
クククッ、と仲間内から失笑が漏れた。
刹那、雪江の大薙刀が不良Aの顔面をサッと掠めて、咥えていたタバコを真っ二つに両断した。
「おまえらに熟女の魅力を教えてやる。さあ、最初の相手はどいつだ?」
返した切っ先を咽喉元に突き付けられて、不良Aの顔からみるみる血の気が失せてゆく。
■■■
「お待たぁ~」
高級下駄の音も高らかに、意気揚々と本宮龍虎が決闘場所に到着してみれば、あ~ら、不思議。決闘相手の不良たちはいずれも決闘後の敗者のごとく、血塗れの姿で地に倒れ伏しているではないか。
しばし茫然自失の龍虎。ようやく我に返ると南葉高校一年、橋本大介(不良A)の下に駆け寄り、彼を抱き起し激しく揺さぶった。
「おい、しっかりしろ! いってぇ、誰に殺られたんだ?」
「り、龍虎か」
大介がうっすらと目を見開いた。焦点の定まらぬ瞳が何者かを求めてさ迷い歩いた。
「畜生、どこ行ったんだ、あのババア……」
「ババア、だと?」
龍虎も釣られるように辺りを見回してみたが、それらしき人影は見当たらない。
と突然、大介がガバッと龍虎の胸倉に掴みかかった。
「最期の頼みだ。笑わずに聞いてくれ」
「ーー?」
「俺はなあ、マジで惚れちまったんだ。四十路のババアに」
「ああ、なんだって?」
「あんな華麗で美しい薙刀の舞を観たのは、生まれて初めてだ。彼女にならたとえ心臓を貫かれたって悔いはねえ」
「薙刀だと? おい、まさか、おまえ、そのババアに」
「龍虎よ、俺は決めたぜ。今後AVを借りるときにゃ、熟女物一本でイクってなあ」
言うなり、ガハッと大量の血反吐を吐いて、大介はその美しくも儚い青春の炎を呆気なく燃やし尽くした(ように龍虎には見えた)。
「大介えええええ~~~~~!」
今にも地平線に沈まんとする夕陽に向かって、龍虎は力の限り吠えた。
双眼から滂沱の涙を流しながら。
たとえケンカ相手でも、決着がつきさえすれば好敵手として熱い友誼を感じる男だ。
彼にとって、大介の死は魂と魂の壮絶なぶつかり合いの末に訪れた、男の友情の遺産なのだ。
「待ってろよ。必ずおまえの仇は討ってやる!」
龍虎は夕陽に向かって走り出した。汗と涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら。
残照の中で彼の孤影だけが長く長く伸びてゆく。
齢三六の彼女が、その時を最後に押し入れの奥に仕舞っておいた稽古着を再び着用したのには訳がある。
娘、佐藤郁恵の敵討ち。
娘に重傷を負わせた一番合戦嵐子に復讐するために、彼女は再び薙刀を振るう覚悟を決めたのだ。
握り締めた薙刀袋がやけに重く感じられる。
さすがにこの歳になると体力の低下は否めないが、それでも元冥王のSクラス生としての自負がある。たとえ相手が現役のAクラス生であろうとも、むざむざ後れを取ることはないと確信していた。
が、彼女は冥王のOGであり在校生の保護者に過ぎない。そのような立場にある者がいくら娘の敵討ちとはいえ、直接仇に果し合いを申し込むことなど学校側が許可しない。
そこで思い付いたのが必殺技の伝授。
無論重傷の娘にではなく、娘の敵討ちを望む薙刀部の後輩達にだ。
病院で変わり果てた姿の娘と対面したとき、まず感じたことは、ーーなぜ、あの業を娘に伝授しておかなかったのか。という悔悟の念だった。
在校時、彼女をSクラスの生徒に成らしめた必殺技、ーー真空斬撃剣。
刀身で素早く空気を切り裂くことで真空状態を作り出し、刃長の数倍先にある対象物まで真っ二つにする。
娘も見様見真似である程度は習得していたようだが、それは前方の対象物のみに有効な業であり、自在性に於いて遥かに劣るものだった。
いずれ本格的に伝授するつもりだったのだが、そのうち娘の成長を待って。と思っているうちにとうとう手遅れとなってしまった。
あの時、自身と同レベルの業を習得していれば、一番合戦とかいう女子生徒に勝てたはず。娘が重傷を負うことはなかったのだ。
それを思うと自身の愚かさに対して、激しい怒りすら感じてしまう雪江であった。
白い稽古着に黒い乗馬袴の出で立ちは、擦れ違う者の目を引かずにはおかなかった。が、それも町外れまで。
人通りの絶えたその先には、東京ドーム十個分に相当する広大な原野ススキが原が広がっていた。
そこに数人の人影を見出したとき、雪江の口元に微笑が浮かんだ。
彼らの出で立ち、ーー胸襟の開いたブレザー、ノーネクタイ、うち二名が紫煙を燻らせている。そして手にした得物が金属バットや鉄パイプとくれば、彼らが決闘待ちの不良であることが分かる。
ちょうどいい。久しぶりの腕試しだ。
雪江は柄の長さが七尺もある大薙刀を握り締めると、送り足で音もなく不良に接近する。
「うん? なんだ、あのババア……」
不良の一人がようやく彼女の接近に気付いた。その視線に呼応して、ーー何事? と仲間が身構える。が、大薙刀を握っているのが三十代の中年女性と知って、彼らは一様に安堵の色を浮かべた。
雪江は三間の間をとって立ち止まった。
「おまえたち、未成年だろ? 喫煙は御法度だ。今すぐ止めろ」
「アアッ、あんだと?」
「もう一度忠告する。タバコを捨てろ」
不良Aが雪江の前に進み出て、これ見よがしにタバコに火を灯した。そして目上の者を貴ぶ気持ちがないのだろう、彼女の顔にフーッと紫煙を吹きかけた。
「俺ら、ババアには興味ねえんだ。若い男が欲しかったら他を当たるんだな」
クククッ、と仲間内から失笑が漏れた。
刹那、雪江の大薙刀が不良Aの顔面をサッと掠めて、咥えていたタバコを真っ二つに両断した。
「おまえらに熟女の魅力を教えてやる。さあ、最初の相手はどいつだ?」
返した切っ先を咽喉元に突き付けられて、不良Aの顔からみるみる血の気が失せてゆく。
■■■
「お待たぁ~」
高級下駄の音も高らかに、意気揚々と本宮龍虎が決闘場所に到着してみれば、あ~ら、不思議。決闘相手の不良たちはいずれも決闘後の敗者のごとく、血塗れの姿で地に倒れ伏しているではないか。
しばし茫然自失の龍虎。ようやく我に返ると南葉高校一年、橋本大介(不良A)の下に駆け寄り、彼を抱き起し激しく揺さぶった。
「おい、しっかりしろ! いってぇ、誰に殺られたんだ?」
「り、龍虎か」
大介がうっすらと目を見開いた。焦点の定まらぬ瞳が何者かを求めてさ迷い歩いた。
「畜生、どこ行ったんだ、あのババア……」
「ババア、だと?」
龍虎も釣られるように辺りを見回してみたが、それらしき人影は見当たらない。
と突然、大介がガバッと龍虎の胸倉に掴みかかった。
「最期の頼みだ。笑わずに聞いてくれ」
「ーー?」
「俺はなあ、マジで惚れちまったんだ。四十路のババアに」
「ああ、なんだって?」
「あんな華麗で美しい薙刀の舞を観たのは、生まれて初めてだ。彼女にならたとえ心臓を貫かれたって悔いはねえ」
「薙刀だと? おい、まさか、おまえ、そのババアに」
「龍虎よ、俺は決めたぜ。今後AVを借りるときにゃ、熟女物一本でイクってなあ」
言うなり、ガハッと大量の血反吐を吐いて、大介はその美しくも儚い青春の炎を呆気なく燃やし尽くした(ように龍虎には見えた)。
「大介えええええ~~~~~!」
今にも地平線に沈まんとする夕陽に向かって、龍虎は力の限り吠えた。
双眼から滂沱の涙を流しながら。
たとえケンカ相手でも、決着がつきさえすれば好敵手として熱い友誼を感じる男だ。
彼にとって、大介の死は魂と魂の壮絶なぶつかり合いの末に訪れた、男の友情の遺産なのだ。
「待ってろよ。必ずおまえの仇は討ってやる!」
龍虎は夕陽に向かって走り出した。汗と涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら。
残照の中で彼の孤影だけが長く長く伸びてゆく。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
転生して竜の親になりました~でも、スライムなんですけど?!~
桜月雪兎
ファンタジー
普段の休日と変わらず過ごしていた私、桜坂雫は信号待ちをしていると後ろの方でふざけ合っていた高校生が倒れてきたのに巻き込まれて倒れかかり突っ込んできた車に轢かれて死んでしまった。
そのまま人生が終わると思ったら浮遊感のする暗闇の中で話しかけてくる存在が?!
意外な展開の後、急に落下していくような感覚を感じ、落ち着いたところで自身を確認すると。
なんと、スライムになっていた!!
そして偶然出会った老竜の頼みで竜(卵)の親になった。
その時、老竜からこの世界での名前を貰った、それがティア・ドラグーン。
私自身の教育方針に則って最善の環境整備をしようと町を作ることを決意。
その時に出来た仲間を家族として迎えていく。
我が子(竜)育成を基準に街づくりを行ない、その過程でなぜか魔王にまでなってしまう。
それと同時に前世にはなかった老若男女にモテるハーレム状態!!(町の住人限定)
何がなんでこうなった?!
スキルで頑張ります。
魔法でも頑張ります。
時々戦います。
基本は育児です、でも恋愛も(したい!)します!
だって(元)女の子だもん!!
私、最弱(?)のスライムであるティア・ドラグーンがこの世界最強種族の竜を育成しつつ、自分の家族・仲間を守っていく話です。
*以前からこの話が「転生したらスライムだった件」に似ていると言われますが、作者自身はこの指摘をもらってからその作品を知りました。
また、この話も「転生」「スライム」という同様の素材を使っている上で似てしまったところはあります。
特に、プロローグ、1話、2話あたりは似通っているという指摘を多く頂きましたが 、話の上で変更があまり出来ませんでした。
ですが、作者自身が書きたいものを変える気は無いですし、あくまでもこの話は「スライムに転成した女性が竜の育成を行う」というテーマです。
皆様のご理解の上に、この話を書き進めていくつもりです。
大好きな人の幼馴染は、とても酷い人でした
柚木ゆず
恋愛
わたしニーラック子爵令嬢アリアが密かに想いを寄せている方、リベイル伯爵令息レイオン様。そんなレイオン様には、幼馴染の伯爵令嬢オルネラ様がいました。
誰にでも優しくて温厚な女性――それは、偽りの姿。オルネラ様の本性は真逆で、自己中心的かつ非常識な性格の持ち主でした。
そんなオルネラ様はある日、突然わたしの前に現れて――
やがて、その出来事が切っ掛けとなり……。わたしとレイオン様の人生は、滅茶苦茶になってしまうのでした……。
一体何のことですか?【意外なオチシリーズ第1弾】
結城芙由奈
恋愛
【あの……身に覚えが無いのですけど】
私は由緒正しい伯爵家の娘で、学園内ではクールビューティーと呼ばれている。基本的に群れるのは嫌いで、1人の時間をこよなく愛している。ある日、私は見慣れない女子生徒に「彼に手を出さないで!」と言いがかりをつけられる。その話、全く身に覚えが無いのですけど……?
*短編です。あっさり終わります
*他サイトでも投稿中
魅了魔法は使えません!~好きな人は「魅了持ち」の私を監視してただけみたいです~
山科ひさき
恋愛
「あなたの指示さえなければ近づきもしませんよ」「どこに好意を抱く要素があるというんです?」
他者を自分の虜にし、意のままに操ることさえできる強力な力、魅了魔法。アリシアはその力を身に宿した「魅了持ち」として生まれ、周囲からの偏見にさらされながら生きてきた。
「魅了持ち」の自分に恋愛などできるはずがないと諦めていた彼女だったが、魔法学園に入学し、一人の男子生徒と恋に落ちる。
しかし、彼が学園の理事長から彼女の監視を命じられていたことを知ってしまい……。
西園寺家の末娘
明衣令央
キャラ文芸
西園寺小花は、生まれたと同時に母親を亡くし、母方の祖父母に育てられた。同じように二つ年上の兄、千隼も小花と一緒に祖父母に育てられていたのだが、西園寺グループの社長であり、父親である西園寺勝利に引き取られ、小花は千隼と引き離されてしまう。
同じ兄妹なのに、自分だけが母方の祖父母に預けられた小花は深く傷ついたが、自分に見向きもしない父親を諦め、自分は西園寺家に必要のない人間なのだと思う事にした。
祖父母と叔父夫婦が営む「定食屋まなか」を手伝いながら、小花は健やかに成長した。だが、中学三年生の秋、今まで小花に見向きもしなかった父親は、彼女の進路に口出しをしてきた。
志望校を無理矢理変えられ、他の兄姉も通っているエスカレーター式の名門『周央学園』に通う事になった小花は、そこで今まで知らなかった様々な秘密を知ることになる。
婚約破棄されたら、何故か同性にばかりもてるようになった。
(笑)
恋愛
セレナは、静かに穏やかな日々を送っていたが、ある日、運命を大きく揺さぶる出来事に直面する。大切な人との関係に終止符を打ち、新たな旅路に立たされる彼女。しかし、その旅は孤独なものではなかった。セレナは、6人の個性豊かな仲間たちと出会い、彼女たちとの絆を深めながら、世界に隠された力と向き合うことになる。
冒険の中で、セレナたちは様々な試練に立ち向かいながら、自らの力と向き合い、次第にその真実へと近づいていく。友情、葛藤、そして運命の選択が絡み合う中、彼女たちはどのような未来を選び取るのか――それはまだ誰にもわからない。
---
ー MEMORIES OF YOU ー 決して君を忘れない
歴野理久♂
BL
小、中、高の一貫教育を旨とする男子校で七生と和志は惹かれ合い成長して行く。しかし進路が別れ、成人し、二人は全く違う人生の選択をする。互いを強く思い遣りながら、二人の着地点はどこへ落ち着く?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる