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第16話 生理? いえいえスパーク大変身です!

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 嵐の夜にブレーカーが落ちて、不意に室内が真っ暗になった。
 停電? と息を潜めていると、再び照明が灯り視界が回復する。それを一晩のうちに何度も何度も繰り返す。
 
 桜井咲子は一時限目の授業の最中、複数回の意識の喪失と回復を繰り返し、とうとう物理学教師から、--人造人間にあるまじき行為。と皮肉交じりに居眠りを指摘される始末。

 疲労や睡眠不足とは無縁の身体のはずなのに、どうして意識を失うのか?
 人造人間の身体になって一か月余り。今までこんなこと一度もなかった。
 たぶん回路の一部に支障を来しているのだ。でもなにが原因で?
 休み時間の最中、あれこれ思い悩む桜井の傍らに人影が立った。
 保健委員の松田美幸だ。

「体調悪そうだけど、大丈夫?」
「ええ、なんとか……」
「なんなら保健室へ連れて行こうか?」
「いえ、ほんと、大丈夫だから……」

 人造人間を保健室へ連れて行っても、何の意味もないのに……。と思いつつも、自分を人間扱いしてくれることに、桜井は感謝の気持ちで一杯になった。ーーのはずなのだが、なぜか彼女の指先は自分の感情とは裏腹に、松田美幸のスカートの端を摘まんで捲ってしまったから、さあ大変!

【刑法第1834条】
 同性によるスカート捲りは禁固一年、もしくは十万円以下の罰金刑に処す。

 キャア~!
 
 何事かと吃驚する男女三〇名ほどの同級生たち。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
 
 衆目の中で平謝りに謝る桜井。
 松田は、「いいのよ、いいのよ」とその場は笑顔で収めたが、しばらくの間、桜井と目を合わせようとしなかった。

 いったい、なにが起こったんだろ?
 言いようのない不安が脳裏を過る。
 断続的に意識を喪失する状態では、もはや自分の行動に責任が持てなかった。
 悪い予感は的中するもので、それは早くも三時限目の休み時間に具象化した。
 
 自分が黒板当番だと気づいた桜井。
 学級の成員としての使命を果たすべく、途切れそうな意識を奮い立たせて、--気分はもうヒマラヤ登山隊。一歩一歩氷床を踏みしめながら登頂ならぬ教壇への登攀を試みたが、残念ながらあと一歩というところで、荒れ狂う猛吹雪の中、とうとう遭難して意識を失った。

「おい、桜井。しっかりしろ!」
 
 救援隊の懸命の呼びかけに、ようやく意識を取り戻した桜井。
 見れば黒板消しの代わりに、掃除用具のモップを使って、黒板をゴシゴシ拭いていた……。
 声の主、体育委員の加藤健一が、「おい、おまえ、何やってんだよ!」と怒鳴って彼女からモップを奪い取った。

 ああ、わたし、なんてことを……。
 無意識に暴走する自分に絶望して、机に突っ伏す桜井。
 遠巻きに見守る級友たちの視線が痛々しい。

 彼女、人工知能は八戒ダーのままなんだ。とか、--うそぉ、彼女、ダーク破壊部隊出身なの? とか、--しょせん、彼女は良心回路の不完全な人造人間よね。とか、--ギルの音が聴こえたら気を付けろ! とか、ほんと、一〇キロ先の針の落ちる音を聴き分けるこの耳のおかげで、聞きたくもない噂話がどんどん耳に入ってくる。
 普段は自分の意志で聴覚を制御できるのに……。
 ああ、わたしの身体、どんどんおかしくなってゆく。

 おまえに余分なパワーを与えてもろくなことにならん。アルカリ電池で十分じゃ!

 噂話の洪水に思わず耳を塞いだら、脳裏に過去の記憶が、--バカ源外の言葉が蘇った。

 余分なパワー、電池……。
 そこで桜井、はたと気付いた。
 今朝、源外から渡されたリチウムイオン電池に、何か問題があるのでは……。
 人造人間に食あたりがあるとは思えないが、使い慣れないリチウムイオン電池を使ったことで、回路に何らかの異変が生じた疑いがある。

 そうだ、そうに違いない!
 
 リチウムイオン電池を外せば機能が回復する可能性がある。
 そう確信した桜井。
 昼休みを待って女子トイレに駆け込むと、おなかの電池ボックスの蓋を開いて、中のリチウムイオン電池に指をかけた。
 その瞬間、--バチバチバチィ~☆ と盛大に火花が散って、桜井は失神した。

 後藤博美(偶然女子トイレに居合わせた2-3の生徒)は不意に隣の個室から、--バチバチバチィ~☆ と季節外れの花火が吹き上がるのを驚嘆の目を以て確認した。
 その火花が自分の頭に降り注ぐにいたり、ようやく、--何事?! と慌てて個室から脱出したのだが、そのとき彼女は見た。
 個室のドアをぶち抜き、ニョキリと突き出た漆黒の短足を。
 言葉もなく、ただ石像のように固まった後藤博美の目の前に、個室のドアを吹き飛ばして現れた、漆黒の戦士、地獄の使者、科学の悪魔、黒い稲妻etc……。
 知名度の割に目撃者が皆無に等しい幻の存在、--ネッシーやムベンベのお友達。そして力士を目指せば間違いなく横綱になれると白鵬親方が太鼓判を押した、人造人間八戒ダーの雄姿を見よ!
(お昼休みの校内放送で、某生徒のリクエストに応えて、”ハ〇イダーの歌”が流れていたのはなにかの偶然だろうか?)
 後藤博美がおしっこを漏らさなかったのは既に用を足していたからであり、爆笑しなかったのは頭に大銀杏おおいちょうかつらを被り、腰に黒のまわしを締めて、幕内優勝四〇回は果たしたであろう大横綱の風格を漂わせていたからだ。
 彼女は知らなかった。
 その大銀杏の鬘がカプセル内の脳髄を保護する防具だということを。
 その黒いまわしが年頃女子の羞恥心の名残であることを。
 それらが決してウケを狙った小道具ではないことを。
 ド〇フターズのように肉襦袢にくじゅばんを着て笑いをとる時代は既に終わりを告げたのだ。
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