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第12話 我が人生の最高傑作 その名もドラゴンピース

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 翌日、暇を持て余した俺は、公園のベンチでうたた寝していた。
 一見、ホームレスのように見えるかもしれないが、まだ、そこまで身を落しているわけではない。
 まだ万札一枚が完全な状態でポケットの中に待機しており、この予備戦力があれば、あと数日は食っていくことが可能となるはずだ。
 あと九日、あと九日で待望の転生手当てが口座に振り込まれるのだ。

 それにしても俺の左腕。
 夏休みの日焼けした少年の腕みたいだ。
 なんか皮が剥けちゃって、ヒリヒリして痛いんだ。
 あのまま二十四時間放置してたら、やっぱ俺の左腕、溶かされていたのかな? 
 スライム、怖いよね?

「よう、こんな所でなにしてる?」

 それって俺に呼びかけてんの?
 ホームレス一歩手前のこの俺に。
 その声、忘れはしねえけどさ。
 
 ベンチで横向きになってみる。
 晴れ渡った青空もいいけど、どうせ眺めるなら綺麗なおねえさんの方が数段いいよね?

 やっぱあのおねえさん。
 荒野で俺を助けてくれた、チリ紙交換のおねえさんだ。

「どうよ。いい仕事見つかったか?」

 ああ、またこれだ!
 ニートの耳に痛いその言葉!
 でもおねえさんが相手じゃ、母親と違って無視するわけにもいかないから。
 
「職安には行ったけど、時給が安すぎて、働く気になれませんよ」
「でも生活費、ねえんだろ?」
「まだ数日間生活できるだけの金はありますから。仕事は文無しになってから探します」
「アホか、てめえは! そんなもんはなぁ、金のあるうちにやっておくもんだろうが。よう、いったいいくら残ってんだ?」
「臨時収入があったんで一万三千円くらい」
「臨時収入? まさか世間様に顔向けできねえような……」
「いえ、単眼スライム一匹倒したんです。それで一万円」
「ほう、おめえが? 信じられねえな」
「魔導士さんに手伝ってもらったんです。俺一人だったら左腕一本溶かされてます」

 俺は左腕を見せながら、単眼スライムを倒した経緯を説明した。

「まあ、そんなことだろうとは思ったけどよ。それにしてもおまえ、あたしと別れてから、ずいぶんいろんなことやったんだ?」
「まあ、俺も生きるのに必死ですから」
「必死? 必死ねえ」

 おねえさん、首を捻って考え込んじゃった。
 どうやら俺の血のにじむような努力が、彼女に怒涛の感動を与えたようだ。
(ハイ、読者のみなさん、盛大に突っ込んでください!)
 
「それはそうと、おめえ、バイトする気ねえか?」
「いえ、いまんところは」
「暇なんだろ?」
「いえ、忙しいです。俺、これから紙芝居観るつもりですから。アニメが観れない以上、紙芝居に命賭けるしか」
「おめえ、紙芝居がどういうもんか知ってるのか?」
「俺、黄金バット、大好きです!」

 そのとき俺の目は、たぶん涙目になっていたと思う。
 黄金バットに自分の人生を託すしかない、その哀れな境遇に……。

 カチカチカチ……。

 公園に拍子木ひょうしぎの音が鳴り響いた。
 紙芝居屋さんの登場だ。
 公園で遊んでいた子供たちが、一斉に紙芝居のおじさんの前に集まった。
 百円払って、水飴もらって、美味しそうに舐めてやがる。
 なんか水飴をクルクルこねて遊んでるガキが多いけど。
 これこれ、君たち、食べ物を粗末にしちゃいけません、なんて注意はいらない雰囲気で。
 あとでおねえさんに訊いたら、水飴って、そうやって食べるもんなんだそうだ。
 撹拌して空気を含ませると、味がマイルドになるのだそうだ。

 で、そこからなんだけど。
 俺はそんなガキンチョ共をかき分けて、最前列に腰を下ろした。
 目的はただひとつ。
 紙芝居の作画の質を見極めるためだ。
 俺を見た紙芝居屋のオヤジが、一瞬うっとうめいたね。

 こ、こやつ、できる!

 俺から、ただならぬ気配を感じ取ったようだ。
 その証拠に、オヤジ、俺から見物料も取らずに黄金バットを始めちゃったんだ。
 俺、水飴食べたかったんだけど。

 で、開始早々、気が付いたんだけど。
 俺は頭を抱えたよ。
 紙芝居って、作画の質がどうのこうのなんていう代物じゃなかったんだ。
 ストーリーの方もなんだかな~って感じで、印象に残ったのは黄金バットの骸骨の身体と、首回りの襞襟ひだえりだけだ。
(イキリ骨太郎の元ネタか?)
 でも子供達には、けっこう受けていたから恐れ入る。
 
 絶望が怒りのマグマに転化した。
 俺は立ち上がった!
 子供たちの豊かな情操を守るために。

「こんなのはダメだ! もっと子供が感動できるものを! もっと無垢な魂が共感できるものを! そんな作品を俺は観たいんだ!」

 一瞬、辺りはシーンと静まり返った。
 オヤジも、子供たちも、その背後にいたおねえさんも、みんな、ポカ~ンと俺の方を見つめている。
 そんなことはお構いなし。俺は熱弁を奮ったね!

「みんな、聞いてくれ! 俺の熱き魂の語らいを」

 俺は即席で一丁、子供受けしそうな作品をでっち上げた。
 その作品とは……。

 世界各地に散らばった七つの玉を探すため、麦わら帽子を被った孫悟空という名の少年が、自身もスーパー人となるべく厳しい修行を積み、天下一武道会で知り合った三刀流の剣の名手ゾロリ。足技を巧みに使い、主人公を助けるニヒルな相棒サンジのおやつ。そして主人公にあるときは寄り添い、あるときは離れつつも、常に自分が儲かることしか頭にない、泥棒猫のナミダちゃん。そんな一癖も二癖もある連中と、海賊船で楽しい旅をする……。

 題して「ドラゴンピース」
 俺の自信作だ。

 俺はそんな壮大な構想を、子供たちとオヤジに語って聞かせたのさ。
 ざっと一時間くらい。週刊連載にすると十話分くらいかな。

「どう、黄金バットとドラゴンピース、どっちが面白い?」

 その場にいた子供たち全員が、俺の方を指さした。
 絵がないにも拘わらず、ドラゴンピースの大楽勝だ!

 これにはさすがの紙芝居屋のオヤジも唸ったね。

「あんた、いい語り口してるねえ。俺も思わず引き込まれちゃったよ」
「いや、それほどでも」
「どうだい、ひとつ、紙芝居の脚本書いてみないか?」
「ええ、俺が!?」
「もし出来がよかったら、一話十万円で引き取るよ」
「ええ、ぜひ、やらせてください!」

 まったく意外な形で、俺は人生で初めて職を得ることができたのだ。
 おねえさんが呆れてこう呟いた。

「まったくよう、おめえは自分の好きなことだと、とことんやっちまうたちなんだな。やれやれだぜ」
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