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第43話 奇襲

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 輸送船団を護衛して占領した星域間を往復する日々が続いていた。作戦本部が休養代わりに与えた任務がこれだった。
 最前線にいるよりは楽ってことか。ロードバックは諦観のため息をついた。連邦軍の制宙権内にいるとはいえ油断はできない。むしろ危険度は戦う相手を失った前線よりも、船団護衛に携わる後方の方が大きかった。同盟がゲリラ戦法の標的に定めたのは輸送船だった。補給路を断ち切ることで敵の進撃速度を鈍らせようというのだ。事実、この戦法は功を奏しつつあった。連邦軍は先月だけで三百隻もの輸送船を失い、前線は補給物資の不足により膠着状態に陥った。敵はワームホール(時空のトンネル)を巧みに利用して少数の艦艇で移動するため補足することは難しい。そこで連邦は輸送船団の規模を拡大することで対処したが、その方法だと低速の船舶に速力を合わせて航行するため、前線への到着が大幅に遅れることになる。
 まあ、敵に襲われるよりはマシか。ロードバックは予定表を眺めながら嘆息した。敵が大規模な戦力を動員できない以上、これが最も安全かつ確実な方法と思われる。急がば回れという諺もある。時間は工業力に優る連邦の味方なのだ。

 ■■■

「二時方向より接近する艦船あり。数凡そ二百」

 オペレータの落ち着いた声が艦橋内に響いた。ロードバックがレーダーを覗き込むと、無数の光点が低速でこちらに接近してくる。

 敵なのか?

 ロードバックは判断に迷った。予定表には記載されていない船団なので、敵と判断するのが妥当なのだが、それにしては数が少なすぎる。あるいは針路を変更した味方なのではないか? だが用心に越したことはない。

「総員、第一種戦闘用意」
「状況を報告せよ」

 ウォーケンが司令官席に姿を現した。オペレーターが先ほどと同じ報告を繰り返した。
 
「二百か。こちらを襲うにしてはやけに数が少ないが」

 彼が口にした疑問に幕僚たちが頷く。ロードバックが進み出た。

「敵はなるべく船団から離れた宙域で撃破すべきだ」
「では前衛から四百隻を割いて当たらせよう」

 前衛から分離した四百隻の艦艇が二時方向に向かって突出した。敵はこちらの動きを待っていたかのように後退を開始した。二人は思わず顔を見合わせた。示威行為であることは明白だった。

「十二時方向より接近する艦艇あり。数凡そ二百」

 オペレーターが新たな敵の接近を告げた。やはり伏兵は存在したのだ。だが合計しても艦艇数は四百隻余り。まだ他に伏兵が潜んでいると考えるのが妥当だろう。

「前衛から四百隻を割いて向かわせろ」

 兵力分散の危険性がウォーケンの脳裏を過る。だが輸送船団を戦禍に巻き込むわけにはいかない。

「十二時方向の敵も後退を開始しました」

 案の定だ! ロードバックは指揮卓を叩いた。我々は敵の罠に嵌りつつある。敵は輸送船団を丸裸にしてから襲撃しようというのだ。たぶん今度は……。

「二時方向より接近する艦船あり! 凡そ数二百」
「全艦、面舵おもかじ! 二時方向に針路転進」

 ウォーケンは即座に命令を下した。直後、オペレーターの絶叫が艦内に木霊した。それは二人にとって予期された報告だった。

「敵の大艦隊、後方より接近中。数凡そ千二百隻!」
「針路このまま! 反撃しつつ後退せよ」

 ウォーケンは不利を悟って戦いを避けた。前衛のハ百隻を前面の敵に割いているので、数の上ではほぼ互角の兵力を保っていたが、こちらは輸送船を護りながら戦わねばならない。第五四戦隊の任務は敵を沈めることではなく、輸送船を無事に送り届けることなのだ。だが速力の遅い輸送船を護るのは難しい。両者の距離は急速に接近しつつあった。

「敵、接触します!」

 ついに先端が開かれた。艦橋前面のビデオスクリーンには味方後方と敵前衛が激しく砲火を交える姿が映し出された。敵は加速しつつ戦列に割り込んでくる。楔を打ち込まれた後衛の数か所に亀裂が生じた。

「中央本隊は速度を落とせ。そのまま後衛の開いた透き間に割り込んで、開いた穴をカバーせよ」

 ウォーケンは中央本隊を下げて後衛の砲火の壁を分厚くしたが、戦意旺盛な敵の攻撃を阻むことはできなかった。苦戦を続ける彼の下へ、分派した右翼部隊から連絡が入った。

「敵二百隻はいずれも遠隔操作された無人の輸送船です」

 敵中央と左翼の四百隻も同様の囮に違いない。ウォーケンは腸が煮えくり返る思いで自己の判断ミスを責めた。

「前衛の二部隊は合流して後方の敵を叩け!」

 前衛のハ百隻が戻れば戦局を打開することができる。それまでは防御を固めて、少しでも損害を抑えるのだ。

「敵、三百! 後衛を突破して本隊に接近中!」

 オペレーターの報告が終わらぬうちに、艦橋にいる者は数条のビーム弾を視認した。既に輸送船は敵砲火の射程内にあって次々に撃破されていった。ウォーケンは陣形を再編して防御壁を築こうとしたが、敵の無秩序な突進がその隙を与えなかった。

「あとニ十分だ! あとニ十分で前衛部隊が戻ってくる。それまでは何としても持ちこたえろ!」

 ロードバックが部下を大声で叱咤したが、その声を聴いた者は皆無に等しかった。命令系統は寸断され、もはや秩序立った行動を取ることができなかった。

「五時方向より敵ミサイル!」

 オペレーターの報告と同時にビデオスクリーンに相対位置が示される。

取舵とりかじ一杯!」

 トムソンの指示を受けて、スレイヤーが操縦桿を左へ倒した。ペルセウスの巨体がのろのろと左回頭を始める。誰もが息を殺して見守る瞬間だった。二十秒後、三発のミサイルが至近距離を通過した。艦橋内が安堵のため息で満たされる。だが敵は攻撃の手を緩めない。

「続いて七時方向よりミサイル!」

 ビデオスクリーンが五発のミサイルの接近を表示した。

面舵おもかじ、急げ!」

 間に合わない。トムソンの直感が囁いた。それは操縦桿を握っているスレイヤーも同様だった。絶望感が艦橋にいる全員を飲み込んだ。直後、二度の爆発音と共にペルセウスは激しい振動に見舞われた。二発のミサイルが機関室を直撃したのだ。

「機関室で火災発生。運用班は直ちに消火活動を開始せよ」

 トムソンは運用班に指示を出した後もマイクに向かって呼び続けた。

「機関室、現状を報告せよ。機関室!」

 誰だ? ぐだぐだ騒ぎやがって……。

 クロウは朦朧とした意識のまま立ち上がった。
 立ち籠める煙の透き間から炎が顔を覗かせている。床には倒れた部下の姿があった。
 
 とうとう直撃を喰らいやがったか……。

 ペルセウスが第五十四戦隊の旗艦となって以来二十近い戦闘を経てきたが、損傷を受けたのは就役して最初の海戦だけで、後は無傷という戦歴を重ねてきた。

 選りに選って機関室に直撃とはな。

 彼は蹌踉とした足取りでマイクに歩み寄った。腹部に脈打つような鈍痛が感じられる。片手で押さえているものの、出血は絶え間なく床に滴るほど激しかった。彼は腸がはみ出ていることに気が付いた。

「艦橋、こちら機関室……」

 クロウの声を聴いてトムソンの顔に喜色が浮かび上がった。

「クロウ、無事か。そちらの様子はどうだ?」

 クロウは霞ゆく視力で計器類を確かめる。

 ハハッ、こいつら元気じゃねえか。

「エンジン出力異常なし。現有で第五戦速を維持できます」

 不意に視界が閉ざされた。

 なんだ? 俺ゃ目を見開いているはずなのに……。

 徐々に意識が薄れてゆく。彼は静かに双眼を閉じた。

「どうした? クロウ、返事をしろ。クロウ!」

 トムソンの叫びが虚しく艦橋に木霊する。ダフマンが、スレイヤーが、グレイが、職務を遂行しつつクロウの生存を祈った。

「前衛部隊、帰還しました!」

 オペレーターの弾んだ声が響いた。
 ウォーケンが力強く頷いた。

「よし、敵側面より突撃させろ。反撃開始だ!」

 これで味方は数の上で敵を上回る。ウォーケンは三方から敵を圧迫した。完全な包囲網を形成しなかったのは、敵を逃がすことによって無用な流血を避けるためだ。敵は小規模なゲリラ部隊だ。不利な状況で戦闘を継続することはないと考えたのだ。

「敵は一斉に九時方向へ転進しました。追撃しますか?」

 トムソンがウォーケンを顧みた。
 案の定、敵は数の不利を悟って撤退を開始した。包囲網の開いた穴から、小魚の群れの様に遁走してゆく。

「いや、その必要はない」

 ウォーケンは逸る部下を押し止めると、再び輸送船団の護衛の任に付かせた。
 こうして後に「パルミネア奇襲戦」と呼称された戦闘は終わりを告げた。この戦闘で輸送船の二割が失われた。第五十四戦隊も艦艇数の一割を失い、戦死者も実に四千人を数えた。その中にはJ・クロウの名もあった。戦死者はカプセル型の棺に安置され宇宙葬に伏される。グレイの吹くトランペットの音が埋葬曲となって艦内を吹き抜ける。クロウの遺体は同じ釜の飯を食った四人の手で宇宙に流された。全員が登舷礼で漂う棺の群れを見送った。ダフマンは冷静な自分に微かな怒りを覚えて呟いた。

「ひどい奴だな。おまえは……。それでも悲しんでいるのか?」
「これでも悲しんでいるのさ。自分なりにね」

 傍らのスレイヤーが淋し気な微笑を浮かべて呟いた。涙を流す者はいなかった。誰もが明日は我が身と思わずにはいられなかったから……。
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