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第38話 勝利

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「よし、いくぞ! 全艦、密集隊形で突撃せよ!」

 ウォーケンもまたグローク人兵士の力を信じていた。
 第五四戦隊は敵の側面を迂回すると敵本隊の後方へ回り込んだ。敵後衛は艦列を再編中であり、至る所に透き間が空いている。

「戦艦には目もくれるな。小型艦だけを撃破して、その透き間から敵本隊に迫るのだ」

 ウォーケンの命令に従い、第五四戦隊は巧みに砲火を振り分けて、敵後衛の透き間を広げていった。敵後衛の艦艇は砲火を転換する間もなく次々に撃破されてゆく。その勢いは敵中央に達しても止まらなかった。

「どこを見ても敵ばかりだ。撃てば当たるぞ、ガンガンいけ!」

 ソコロフが轟音に負けじと咆哮する。この熱狂的な突撃が敵の攻勢を完全に鈍化させた。

「ええい、何をしておる! 敵は少数ではないか!」

 パットナムはビデオスクリーンに映し出された光景を信じることができなかった。取るに足らない数の敵が津波となって自分たちを飲み込もうとしている。宗教的熱狂にも似た命を顧みぬ突撃が、彼の怜悧な計算を撃ち砕いた。

「直衛艦隊の火力を以て防戦せよ!」

 パットナムの号令一下、本隊三千隻の砲口が火を噴いた。だが数千条のビーム弾は虚しく宙を切り裂いた。

「全艦、敵の下方へダイブせよ! 急げ!」

 ウォーケンは絶妙のタイミングで艦隊を敵の下方へダイブさせた。眼下の雲海の中へ次々に艦艇が潜り込んでゆく。不意に眼前から姿を消した第五四戦隊に、動揺した敵本隊は目標を見失って砲撃を停止した。そんな中にあって、パットナムだけがいち早くウォーケンの意図を見抜いた。

「下だ! 下方へ砲火を転換せよ! 急げ!」

 我に返ったグローリアスの砲術長が砲火の転換を急いだ。が、その命令に追従した艦は数えるほどしかいなかった。

「今だ! 急上昇して敵本隊の中央に集中砲火!」

 ウォーケンはすかさず艦隊に急上昇を命じると、眼前に居並ぶ敵艦の艦底を鋭い目で睨みつけた。
 第五四戦隊の艦艇が次々に雲海を突き抜けて、敵本隊の下方から突出してゆく。

「全艦、ありったけのビーム弾とミサイルを叩き付けろ!」

 下方から集中砲火を喰らい、旗艦グローリアスの周囲にも爆沈が続出した。パットナムは艦橋より敵の先鋒が本隊と交差する形で上方へ突き抜けるのを見た。彼は背中を丸めると徐に背後を振り向いた。

「参謀長、あの部隊の指揮官の名は?」
「ハッ、K・ウォーケン少将であります」
「あの小僧か。噂には聞いていたが、まさかこれほどやりおるとは……」

 再び窓外へ目を移したパットナムは、艦の右舷に雲海を突き抜けて上昇するペルセウスの姿を目撃した。その艦橋の奥に潜む人影。司令官席に鎮座して鋭い眼光で自身を睨みつける若い将官の姿。

「あやつか……」

 パットナムが挙礼すると相手も答礼で応えた。直後グローリアスは一つの巨大な光球と化した。機関室に直撃を喰らって艦は一瞬のうちに轟沈した。

「敵総旗艦グローリアス撃沈!」

 レーダー手が声高に叫ぶ。ペルセウスの艦橋が喝采に包まれた。

「やったか」

 ウォーケンは背もたれに身体を委ねると、双眼を閉じて勝利の美酒に酔い痴れた。ロードバックが、ダフマンが、その他、艦橋にいる全員の敬意の眼差しが、そんな彼に降り注いだ。
 パットナム大将戦死の報は瞬く間に全艦隊に伝播した。

「なに! 閣下が戦死しただと?」

 ブロッホは旗艦アーケロンの艦橋より中央本隊が崩壊する様を呆然と眺めていた。彼は指揮権を委譲された後も、しばらくの間、的確な命令を下すことができなかった。

「よし、今だ! 全艦、突撃せよ」

 ハウザーは艦隊を密集隊形に再編すると、敵の混乱に乗じて全面攻勢に打って出た。混戦の最中に指揮系統を失ったことが致命傷となって、同盟軍の艦艇は孤立したまま虱潰しに撃破された。もはや同盟軍の戦闘に秩序は失われた。

「全艦、撤退せよ」

 ブロッホは生き残った艦艇に脱出を命じると、拳銃で頭を撃ち抜いて自決した。潰走する敵艦を追撃して、連邦軍は更に戦果を拡大した。同盟軍の損失約五千隻に対して連邦軍の損失は約一千隻。第五十四戦隊の損失は二百隻だった。七時間に渡る激戦の末、勝利の女神は連邦軍にほほ笑んだ。

 ■■■

「旗艦べオ二クスより入電。残敵を掃討しつつ帰投せよ、とのことです」

 グレイは電文の内容を口述することでようやく自分が生き延びたことを知った。ホッと安堵のため息をついたとたん、なぜか大農園を脱走したことを思い出した。そうか、あの時も……。

「地下航路」の宇宙船が船内放送で奴隷星系から自由星系へ越境したことを伝えたとき、乗船していた多くのグローク人奴隷同様、彼はようやく自分が生き延びたことを実感した。もし途中で同盟の監視網に引っかかれば、グローク人奴隷は全員処刑される運命にあった。生涯最大の恐怖は生涯最大の感動と背中合わせに存在する。

「総員、第二種戦闘体制に移行せよ。繰り返す。総員……」

 機関室にもようやく安息の時が訪れた。外情に疎い機関科員は先を争って戦闘の経緯を知りたがった。彼らが不安がるのも無理はない。何しろ勝敗の帰趨すら知らないのだ。機関室を穴倉とはよく言ったものだ。クロウは部下に乞われて艦橋と連絡を取った。

「安心しろ。我々の大勝利だ」

 トムソン艦長直々の報告に機関科員はドッと歓声を上げた。極度の緊張感から解放されたせいか、クロウは眩暈を覚えて思わず床に尻もちをついた。

「機関長、大丈夫でありますか?」

 数名の機関科員が慌てて救いの手を差し伸べた。

「いや、大丈夫。ちょっと疲れただけだ」

 自分を不安げに覗き込む顔、顔、顔。クロウの脳裏に奴隷時代の思い出が蘇る。
 川で溺れかけた主人の娘を助けたときも、気絶した自分を奴隷仲間が同じような表情で覗き込んでいた。奥様が泣きじゃくる娘をあやしていたが、目覚めた自分に気付くと一目散に走り寄って片手を差し伸べた。生涯最大の恩人。主人の解放奴隷の身分を保証する言葉が後に続いた。意外な言葉だった。恩賞など思惑の外にあった。仲間は羨望と嫉妬の目で自分を見つめていた。

「おい、うまくやったな!」
「……いや、そんなことはない。人として当然のことをしたまでだ」
「自分の命を投げ打ってまで他人の命を救うことが当然だって?」
「ああ、そうだとも。理由などわかるもんか。ただそうしたいからそうしたまでさ」

 その日、多くのグローク人兵士が奴隷時代の辛苦に思いを馳せていた。かつての支配者に対する勝利が、彼らの抱えた心的外傷PTSDを治癒したのだ。軍医を悩ませ続けた問題は意外な形で解決したかにみえた。だがそれは現実の悪夢が過去の悪夢にすり替わった瞬間でもあった。彼らはやがて縛り首になった仲間の死体の代わりに、砲弾で吹き飛ばされた仲間の死体を夢見るようになる。
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