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第20話 休暇
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野外大演習は大した事故もなく無事五日間の日程を終了した。
兵士を満載した軍用トラックが衛兵門の前に到着すると、各中隊は勇壮な軍楽隊のマーチに乗って分列行進を開始した。整然と隊列を組み練兵場に差しかかると、「頭、右!」の号令と共に総員の視線は中央号令台に立つウォーケンに注がれた。
中隊の先頭に立つダフマンは一瞬、行進を見守るウォーケンと目が合った。
よく頑張ったな。
そんな声がふと耳元で響いたような気がした。
「直れ!」
総員の頭は再び正面に向けられた。有終の美を飾る閲兵式は、グローク人の胸に晴れがましい思いを刻み込んだ。
ウォーケンの訓示の後、グローク人兵士はやっと激務から解放された。彼らはシャワーを浴びて五日間の垢を落とすと、空きっ腹を抱えて食堂に集まった。携帯食とビタミン剤で過ごした五日間の後の食事は、たとえ宇宙食といえどもレストランのフルコースのような別格の味がした。調理人がこの日のために特別の食材を取り揃えたことを知る者は少なかった。彼らは総じて朗らかだった。演習をやり終えた満足感に美味しい食事、それにこの日は給料日というおまけまで付いていた。その用途は各人様々、たとえばグレイなどは、
「本を買うんだ。学習用の参考書と面白そうな小説でも。それから音楽メモリーとプレイヤーも。軍歌なんて聞くかよ。ジャズだよ、ジャズ。人類の黒人の音楽さ」
クロウはたいして嬉しそうな顔も見せずに、
「そうだな、休日は映画でも観て、それから飲み屋で一杯引っかけて」
ダフマンは額に手を当てて考え込むと、
「日用品はすべて支給されるから不自由は感じないし。そうだな、休日はトレーニングジムに通って身体でも鍛えるか」
トムソンは軽い調子で頷くと、
「まあ、差し当たり欲しい物はないから、貯金か、あるいはグローク人解放団体にでも寄付するか」
スレイヤーは薄ら笑いを浮かべると、
「残らずパッと散財しちまうんだろうな。地獄まで金は持ってけねえからよ」
グローク人兵士に限らず、軍人は総じて刹那的な考えに囚われやすい気質を有している。家庭を持つ者であれば、仕送りという返事が大半を占めるのだろうが、上記の五人はいずれも独身者であり、自由に給料を使える立場にあった。だからトムソンの貯金という概念は、ここでは却って奇異にみられる。案の定、スレイヤーが揶揄するように言い放った。
「貯金だって? おやっさん、俺ら、いつ死ぬかわかんねえんだぜ」
「ほう、おまえは死ぬつもりで軍に志願したのか? 立派な心がけだ」
トムソンはわざとらしく感心してみせた。
周囲から期せずして笑い声が上がる。誰の胸にも死の覚悟は漠然と存在する。が、自ら好んで死地に飛び込もうとする者はいない。スレイヤーは不機嫌そうに黙り込んだ。
「よう、もし俺のような身寄りにない者が戦死したら、貯金や恩給は誰のものになっちまうんだ?」
グレイの疑問は少なからぬグローク人の疑念でもあった。
トムソンが手にしたフォークを突き付けた。
「いいか、教えてやる。おまえのような天涯孤独の孤児が戦死した場合、貯金や恩給は国庫の財源として、国に没収されちまうんだ」
「なるほどね、どうせ死ぬなら孤児の方が得ってわけか。こりゃヤバや」
トムソンがほほ笑んだ。
「俺たちゃ宇宙戦艦に乗って戦うんだ。死ぬときゃ一蓮托生だよ」
「そうだな、艦が沈没すりゃいったい何人の兵士が助かるのか……」
グレイはそう思うことで無理やり自分を納得させて、再び食事に手を付け始めた。二人の会話に耳を傾けていた周囲のグローク人たちも、雑然とした日常会話の中に再び自分たちの興味を埋没させた。
ダフマンは黙々とナイフとフォークを動かしながら自問した。
死の恐怖を超克する勇気はいったいどこから沸き上がってくるのか? 大儀に殉じて死のうとするグローク人は確かに少ない。だが同じグローク人の少なからぬ者が安定した生活など考えていないことも確かだ。実入りは少なくとも、もっと楽な仕事はいくらでもあるはずだ。ではなぜ死を賭して戦おうとするのか? 自明のごとく信じていた大儀が遠心力を失いかけた独楽のようにグラグラと揺ら付き始める。既に解放奴隷である自分は、本当にグローク人奴隷の解放を願っているのだろうか?
「もし俺たちが戦死したら国は墓を造ってくれるのかな?」
グレイが誰ともなしに呟いた。
クロウが沈痛な面持ちで応えた。
「宇宙葬だよ。死体なき墓に名前だけが刻まれる」
海戦で散華した英霊は連邦だけで百万を数える。その肉体の多くは今も腐らずに宇宙を漂っているのだ。想像するには余りにも寒々しい光景だった。
「さて、夕飯も食ったことだし、給料を受け取りに行くとするか」
トムソンの言葉に他の四人も腰を上げた。
食堂に人影は疎らだった。今頃は主計係の前に多くのグローク人が列を成しているはずだ。この時ばかりは誰の足取りも軽かった。
「でも不思議な話だな。下士官のおやっさんと兵卒の俺が同じ給料なんて」
グレイの疑問は当然のことと言える。
トムソンも大儀のためとは思いつつも、給与の格差なしに重責を負わされたのでは堪らないと考えてしまう。
「現在の階級は暫定的なものだ。いずれ給与も階級に応じて支払われる」
「なら今焦って出世しなくてもいいわけだ?」
「まっ、そういうことになるか……」
「おやっさんも大変だなあ。同じ給与で俺たちの倍働かされるんだから」
トムソンは苦笑いを隠せない。
スレイヤーがダフマンにウインクしてみせた。
「おまえの言う通り、確かにうちの司令官は部下に対して公平だよ」
兵士を満載した軍用トラックが衛兵門の前に到着すると、各中隊は勇壮な軍楽隊のマーチに乗って分列行進を開始した。整然と隊列を組み練兵場に差しかかると、「頭、右!」の号令と共に総員の視線は中央号令台に立つウォーケンに注がれた。
中隊の先頭に立つダフマンは一瞬、行進を見守るウォーケンと目が合った。
よく頑張ったな。
そんな声がふと耳元で響いたような気がした。
「直れ!」
総員の頭は再び正面に向けられた。有終の美を飾る閲兵式は、グローク人の胸に晴れがましい思いを刻み込んだ。
ウォーケンの訓示の後、グローク人兵士はやっと激務から解放された。彼らはシャワーを浴びて五日間の垢を落とすと、空きっ腹を抱えて食堂に集まった。携帯食とビタミン剤で過ごした五日間の後の食事は、たとえ宇宙食といえどもレストランのフルコースのような別格の味がした。調理人がこの日のために特別の食材を取り揃えたことを知る者は少なかった。彼らは総じて朗らかだった。演習をやり終えた満足感に美味しい食事、それにこの日は給料日というおまけまで付いていた。その用途は各人様々、たとえばグレイなどは、
「本を買うんだ。学習用の参考書と面白そうな小説でも。それから音楽メモリーとプレイヤーも。軍歌なんて聞くかよ。ジャズだよ、ジャズ。人類の黒人の音楽さ」
クロウはたいして嬉しそうな顔も見せずに、
「そうだな、休日は映画でも観て、それから飲み屋で一杯引っかけて」
ダフマンは額に手を当てて考え込むと、
「日用品はすべて支給されるから不自由は感じないし。そうだな、休日はトレーニングジムに通って身体でも鍛えるか」
トムソンは軽い調子で頷くと、
「まあ、差し当たり欲しい物はないから、貯金か、あるいはグローク人解放団体にでも寄付するか」
スレイヤーは薄ら笑いを浮かべると、
「残らずパッと散財しちまうんだろうな。地獄まで金は持ってけねえからよ」
グローク人兵士に限らず、軍人は総じて刹那的な考えに囚われやすい気質を有している。家庭を持つ者であれば、仕送りという返事が大半を占めるのだろうが、上記の五人はいずれも独身者であり、自由に給料を使える立場にあった。だからトムソンの貯金という概念は、ここでは却って奇異にみられる。案の定、スレイヤーが揶揄するように言い放った。
「貯金だって? おやっさん、俺ら、いつ死ぬかわかんねえんだぜ」
「ほう、おまえは死ぬつもりで軍に志願したのか? 立派な心がけだ」
トムソンはわざとらしく感心してみせた。
周囲から期せずして笑い声が上がる。誰の胸にも死の覚悟は漠然と存在する。が、自ら好んで死地に飛び込もうとする者はいない。スレイヤーは不機嫌そうに黙り込んだ。
「よう、もし俺のような身寄りにない者が戦死したら、貯金や恩給は誰のものになっちまうんだ?」
グレイの疑問は少なからぬグローク人の疑念でもあった。
トムソンが手にしたフォークを突き付けた。
「いいか、教えてやる。おまえのような天涯孤独の孤児が戦死した場合、貯金や恩給は国庫の財源として、国に没収されちまうんだ」
「なるほどね、どうせ死ぬなら孤児の方が得ってわけか。こりゃヤバや」
トムソンがほほ笑んだ。
「俺たちゃ宇宙戦艦に乗って戦うんだ。死ぬときゃ一蓮托生だよ」
「そうだな、艦が沈没すりゃいったい何人の兵士が助かるのか……」
グレイはそう思うことで無理やり自分を納得させて、再び食事に手を付け始めた。二人の会話に耳を傾けていた周囲のグローク人たちも、雑然とした日常会話の中に再び自分たちの興味を埋没させた。
ダフマンは黙々とナイフとフォークを動かしながら自問した。
死の恐怖を超克する勇気はいったいどこから沸き上がってくるのか? 大儀に殉じて死のうとするグローク人は確かに少ない。だが同じグローク人の少なからぬ者が安定した生活など考えていないことも確かだ。実入りは少なくとも、もっと楽な仕事はいくらでもあるはずだ。ではなぜ死を賭して戦おうとするのか? 自明のごとく信じていた大儀が遠心力を失いかけた独楽のようにグラグラと揺ら付き始める。既に解放奴隷である自分は、本当にグローク人奴隷の解放を願っているのだろうか?
「もし俺たちが戦死したら国は墓を造ってくれるのかな?」
グレイが誰ともなしに呟いた。
クロウが沈痛な面持ちで応えた。
「宇宙葬だよ。死体なき墓に名前だけが刻まれる」
海戦で散華した英霊は連邦だけで百万を数える。その肉体の多くは今も腐らずに宇宙を漂っているのだ。想像するには余りにも寒々しい光景だった。
「さて、夕飯も食ったことだし、給料を受け取りに行くとするか」
トムソンの言葉に他の四人も腰を上げた。
食堂に人影は疎らだった。今頃は主計係の前に多くのグローク人が列を成しているはずだ。この時ばかりは誰の足取りも軽かった。
「でも不思議な話だな。下士官のおやっさんと兵卒の俺が同じ給料なんて」
グレイの疑問は当然のことと言える。
トムソンも大儀のためとは思いつつも、給与の格差なしに重責を負わされたのでは堪らないと考えてしまう。
「現在の階級は暫定的なものだ。いずれ給与も階級に応じて支払われる」
「なら今焦って出世しなくてもいいわけだ?」
「まっ、そういうことになるか……」
「おやっさんも大変だなあ。同じ給与で俺たちの倍働かされるんだから」
トムソンは苦笑いを隠せない。
スレイヤーがダフマンにウインクしてみせた。
「おまえの言う通り、確かにうちの司令官は部下に対して公平だよ」
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