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第2章 恐怖の残渣
第33話 襲い来る危機
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うぁ… うぁ…
あちらこちらから、うめき声ではない、ただ何かの惰性で発してるような声が聞こえる。
アヴァロンの領主邸がある集落に辿りつくと、そこは地獄絵図だった。
人々は皆、建物に寄り掛かるように座り込み、口を半分ほど開けて空を見つめている。
うつろな目のフチは黒ずみ、肌の色は土気色。
筋肉は削げ落ち骨と皮だけなのに、お腹だけは膨らんでいる。
私はこの世界では勇者であり、医者でもある。とは言え前世はただのOLだったので医学の専門知識はこれっぽっちも無い。でも、この人たちがどういう状態なのかは分かっているつもりだ。
…これってたぶん、栄養失調よね。
でもおかしい。
建物の奥に広がる畑には一面に…とは言い難いが麦や野菜が少しは実っている。
食べるものに困って栄養失調になっているわけではなさそう。じゃあいったいどうして…?
「レオンさん…これは、ただごとではありませんね。」
「そうですね、ユメさん。まずは領主邸に急ぎましょう。」
アヴァロンの森を見たときに感じていた不安が的中してしまったようだ。
でも、何かが起きているのは確かだけれど、全容がわからないことには対処ができない。いや、対処できるの?こんな状態…。
ともかく、領主さんが無事であれば何らかの情報が得られるはず。
焦る気持ちを抑えられないまま領主邸に馬車が到着すると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
よかった、元気な人もいるみたい。でも、その声をよく聴いてみると…
「おらぁ!領主!出てこいや!」
「お前たち人間のせいで森が滅茶苦茶になってんだぞ!責任取れや!」
…なんとも粗暴な声だ。
5人くらいはいるだろうか。よく見ると全員、耳が長い。どうやら怒声をあげているのはエルフたちのようだ。
レオンは馬車から飛び降りると、エルフたちに向かって駆け寄る。
「そこのエルフたちよ、退きなさい!」
「なんだぁてめぇは!」
エルフの中の一人が指をポキポキ鳴らし、凄みながらレオンに近づく。
…うっわぁ。典型的なチンピラね。って、この世界でもチンピラって言うのかしら?
「私はアヴァロン監督官のレオン。キミたちは一等魔法使いである私との勝負を所望するのか否か、どちらだい?」
レオンがエルフたちをにらみつける。
「な、なに…一等魔法使い…だ、と?」
エルフたちは狼狽えている。
この世界では一等魔法使いと二等魔法使いをあわせて高等魔法使いと言うが、両者の間の実力差は段違いだ。
一等魔法使いは王国にたったの12人しかおらず、単身で一個師団を相手にできる魔法の実力者。ちょっと腕に自信がある程度の人が10人、20人集まった程度では全く歯が立たない。
レオンさんって探知魔法を常在発動させているあたり、有能な魔法使いさんだとは思っていたけれどまさか一等魔法使いだなんて…。
エルフたちは「覚えてやがれ!」と、これまたテンプレートな捨て台詞を残して森のほうへ脱兎のごとく逃げ出した。
「ふぅ…。こういう脅しは苦手なんですけどねぇ。友好的にいきたいところなのに…。」
レオンさん、心の声がダダ漏れである。
アヴァロンの領主、アドルフさんは私たち一行の到着を歓待してくれた。
どうやら私とメアリーのことはレオンさんの家族か付き人くらいに思っているらしいが、それくらいの認識で十分だ。勇者というのは内緒だから…。
「それで、事情をお聞かせ下さい、アドルフさん。」
「はい、今回のことは誠に申し訳なく…」
「あぁ、いえ、貴方を責めているのではないです。現状を教えていただけませんか?それを解決するための監督官ですから。」
そう言って、レオンは胸に手を当てた。
任せてくれ、という頼もしさが垣間見える。
「は、はい。」
アドルフが言うには、今思えば数年前からおかしな兆候はあったらしい。
森の木が突然枯れたり、畑の作物の一部が腐るといったような。
でも前監督官がいた頃は、生活に支障があるわけでもなく、よくわからないけれどたまたま何かが原因だったのだろうということで無視されていた。
また前監督官が上手く調停役をつとめたこともあって、エルフと人間が大きくいがみ合うことはなかった。
ところが、前監督官が王都に引き上げてから、現象はエスカレートしていった。
エルフと人間の衝突が再開した…これはわかる。だって調停役がいなくなったんだもん。
しかし、衝突がエスカレートするに連れ、森の木や作物が枯れる現象も増えていった。
領主アドルフは王都に何度も使いを出して、監督官を派遣してほしいと要請したが、決まってその回答は「いましばらく待て」というものだった。
この現象、エルフが真っ先に疑ったのは人間、人間が真っ先に疑ったのはエルフだ。
きっと(エルフは・人間は)自分たちに嫌がらせをしているにちがいない、と。
そして報復と称し、畑の作物を盗み出すエルフ、森の恵みを盗み取る人間が現れるようになった。
エルフ、人間双方ともに自警団を組織するようになった。
「森の木を枯らしたのは人間だ、その上森の恵みを奪うとは!」
「作物を枯らしたのはエルフだ、その上作物を奪うとは!」
お互い枯らしたという証拠は一切ないのだけれど、皆はそれを信じて疑わなかった。
ところで、人は悪事に手を染めても、どこかしら良心の呵責があるので悪人になりきれる人は極稀だという。
でも自分たちこそは「正義」と信じて疑わない人には心の枷がない。
良心の呵責どころか、どんな非人道的な事だって行える。良心に基づいて正しいことを行っているという認識だから。
…だから、こんな状態で万が一、窃盗の現行犯が見つかったら…?
現行犯はその場で自警団によって私刑が行われた。それは筆舌尽くしがたい光景だったという。
「自警団の私刑」が行われるようになってからも、木や作物が枯れる現象は相次いだが、その頃からエルフ領内でとある目撃情報が相次いだ。
曰く、それは触れた植物を枯らし
曰く、それは触れた動物の生気を奪い
曰く、それは人のような姿かたちをしているが
曰く、それは一切の攻撃を受けつけない
エルフたちはこれを人間の仕業、自分たちの知らない未知の魔法と考え、人間側に責任を追及するようになった。
「それが、さっきのエルフたち、というわけですね?」
「はい、レオン監督官。」
ところがです、とアドルフの話が続く。
「どうやら、その得体の知れないものはこの集落も襲っているようなのです。ご覧になられたでしょう?無気力な人々やまばらにしか実っていない畑を。」
「心当たりはないのですか、アドルフさん。」
「それが皆目見当もつかず…。」
その後、簡単な事務と打ち合わせが終わると、レオンさんと私、メアリーの三人は客間に案内された。
「ユメさん、メアリーさん、このような状況です。謎の現象も起きている。お二人はお帰りになられた方がよろしいかと。メアリーさんの御両親のお墓探しはまた、別の機会に。」
レオンさんが気を使ってくれている。
「ごめんなさい、レオンさん。もう日も暮れますし、何やら胸騒ぎもするので、私もここに泊まらせてください。メアリー、大丈夫?怖くない?」
「私はユメと一緒ならどこだって平気。ユメと離れる方が怖いもん。」
この状況を放置してはとてもよろしくない気がする。
何ができるかわからないけれど…。
「…分かりました。それではお二人に、防御結界の魔法を。」
そう言ってレオンは魔法の詠唱を始めようとする。
「あぁ、レオンさん、大丈夫です。防御結界でしたら私が魔法を使いますので。レオンさんはその分、他の事に魔法を使って下さい!」
「え、あ、はい。」
レオンが面食らったような顔をしている。
「ユメさんは国賓として謎に包まれているとは思っていましたが…。いえ、詮索したいわけではないのですが、防御結界の魔法はこの国でも12人しか使えない魔法ですから…」
し、しまったぁ!
防御結界の魔法は良く知らないけれど、能力値最大の私なら、どうとでもなると油断しちゃってた!
そんな…使える人がほとんどいない、超々高等魔法だったなんて!
「あは、あはははは…。」
私は笑ってごまかすことしかできなかった。
そして皆が寝静まった深夜、私は天井に違和感を感じた。
いや、さっきまで熟睡していたし、今も目をつむっているし、そもそも部屋は真っ暗だし、目に見えての違和感というわけではない。
私は私とメアリーそれぞれに、そして寝室全体に防御結界の魔法を施した。
そのうちの寝室にかけた防御結界の魔法が軋んでいる気がするのだ。
ミシ
ミシ
――パリーン!
あちらこちらから、うめき声ではない、ただ何かの惰性で発してるような声が聞こえる。
アヴァロンの領主邸がある集落に辿りつくと、そこは地獄絵図だった。
人々は皆、建物に寄り掛かるように座り込み、口を半分ほど開けて空を見つめている。
うつろな目のフチは黒ずみ、肌の色は土気色。
筋肉は削げ落ち骨と皮だけなのに、お腹だけは膨らんでいる。
私はこの世界では勇者であり、医者でもある。とは言え前世はただのOLだったので医学の専門知識はこれっぽっちも無い。でも、この人たちがどういう状態なのかは分かっているつもりだ。
…これってたぶん、栄養失調よね。
でもおかしい。
建物の奥に広がる畑には一面に…とは言い難いが麦や野菜が少しは実っている。
食べるものに困って栄養失調になっているわけではなさそう。じゃあいったいどうして…?
「レオンさん…これは、ただごとではありませんね。」
「そうですね、ユメさん。まずは領主邸に急ぎましょう。」
アヴァロンの森を見たときに感じていた不安が的中してしまったようだ。
でも、何かが起きているのは確かだけれど、全容がわからないことには対処ができない。いや、対処できるの?こんな状態…。
ともかく、領主さんが無事であれば何らかの情報が得られるはず。
焦る気持ちを抑えられないまま領主邸に馬車が到着すると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
よかった、元気な人もいるみたい。でも、その声をよく聴いてみると…
「おらぁ!領主!出てこいや!」
「お前たち人間のせいで森が滅茶苦茶になってんだぞ!責任取れや!」
…なんとも粗暴な声だ。
5人くらいはいるだろうか。よく見ると全員、耳が長い。どうやら怒声をあげているのはエルフたちのようだ。
レオンは馬車から飛び降りると、エルフたちに向かって駆け寄る。
「そこのエルフたちよ、退きなさい!」
「なんだぁてめぇは!」
エルフの中の一人が指をポキポキ鳴らし、凄みながらレオンに近づく。
…うっわぁ。典型的なチンピラね。って、この世界でもチンピラって言うのかしら?
「私はアヴァロン監督官のレオン。キミたちは一等魔法使いである私との勝負を所望するのか否か、どちらだい?」
レオンがエルフたちをにらみつける。
「な、なに…一等魔法使い…だ、と?」
エルフたちは狼狽えている。
この世界では一等魔法使いと二等魔法使いをあわせて高等魔法使いと言うが、両者の間の実力差は段違いだ。
一等魔法使いは王国にたったの12人しかおらず、単身で一個師団を相手にできる魔法の実力者。ちょっと腕に自信がある程度の人が10人、20人集まった程度では全く歯が立たない。
レオンさんって探知魔法を常在発動させているあたり、有能な魔法使いさんだとは思っていたけれどまさか一等魔法使いだなんて…。
エルフたちは「覚えてやがれ!」と、これまたテンプレートな捨て台詞を残して森のほうへ脱兎のごとく逃げ出した。
「ふぅ…。こういう脅しは苦手なんですけどねぇ。友好的にいきたいところなのに…。」
レオンさん、心の声がダダ漏れである。
アヴァロンの領主、アドルフさんは私たち一行の到着を歓待してくれた。
どうやら私とメアリーのことはレオンさんの家族か付き人くらいに思っているらしいが、それくらいの認識で十分だ。勇者というのは内緒だから…。
「それで、事情をお聞かせ下さい、アドルフさん。」
「はい、今回のことは誠に申し訳なく…」
「あぁ、いえ、貴方を責めているのではないです。現状を教えていただけませんか?それを解決するための監督官ですから。」
そう言って、レオンは胸に手を当てた。
任せてくれ、という頼もしさが垣間見える。
「は、はい。」
アドルフが言うには、今思えば数年前からおかしな兆候はあったらしい。
森の木が突然枯れたり、畑の作物の一部が腐るといったような。
でも前監督官がいた頃は、生活に支障があるわけでもなく、よくわからないけれどたまたま何かが原因だったのだろうということで無視されていた。
また前監督官が上手く調停役をつとめたこともあって、エルフと人間が大きくいがみ合うことはなかった。
ところが、前監督官が王都に引き上げてから、現象はエスカレートしていった。
エルフと人間の衝突が再開した…これはわかる。だって調停役がいなくなったんだもん。
しかし、衝突がエスカレートするに連れ、森の木や作物が枯れる現象も増えていった。
領主アドルフは王都に何度も使いを出して、監督官を派遣してほしいと要請したが、決まってその回答は「いましばらく待て」というものだった。
この現象、エルフが真っ先に疑ったのは人間、人間が真っ先に疑ったのはエルフだ。
きっと(エルフは・人間は)自分たちに嫌がらせをしているにちがいない、と。
そして報復と称し、畑の作物を盗み出すエルフ、森の恵みを盗み取る人間が現れるようになった。
エルフ、人間双方ともに自警団を組織するようになった。
「森の木を枯らしたのは人間だ、その上森の恵みを奪うとは!」
「作物を枯らしたのはエルフだ、その上作物を奪うとは!」
お互い枯らしたという証拠は一切ないのだけれど、皆はそれを信じて疑わなかった。
ところで、人は悪事に手を染めても、どこかしら良心の呵責があるので悪人になりきれる人は極稀だという。
でも自分たちこそは「正義」と信じて疑わない人には心の枷がない。
良心の呵責どころか、どんな非人道的な事だって行える。良心に基づいて正しいことを行っているという認識だから。
…だから、こんな状態で万が一、窃盗の現行犯が見つかったら…?
現行犯はその場で自警団によって私刑が行われた。それは筆舌尽くしがたい光景だったという。
「自警団の私刑」が行われるようになってからも、木や作物が枯れる現象は相次いだが、その頃からエルフ領内でとある目撃情報が相次いだ。
曰く、それは触れた植物を枯らし
曰く、それは触れた動物の生気を奪い
曰く、それは人のような姿かたちをしているが
曰く、それは一切の攻撃を受けつけない
エルフたちはこれを人間の仕業、自分たちの知らない未知の魔法と考え、人間側に責任を追及するようになった。
「それが、さっきのエルフたち、というわけですね?」
「はい、レオン監督官。」
ところがです、とアドルフの話が続く。
「どうやら、その得体の知れないものはこの集落も襲っているようなのです。ご覧になられたでしょう?無気力な人々やまばらにしか実っていない畑を。」
「心当たりはないのですか、アドルフさん。」
「それが皆目見当もつかず…。」
その後、簡単な事務と打ち合わせが終わると、レオンさんと私、メアリーの三人は客間に案内された。
「ユメさん、メアリーさん、このような状況です。謎の現象も起きている。お二人はお帰りになられた方がよろしいかと。メアリーさんの御両親のお墓探しはまた、別の機会に。」
レオンさんが気を使ってくれている。
「ごめんなさい、レオンさん。もう日も暮れますし、何やら胸騒ぎもするので、私もここに泊まらせてください。メアリー、大丈夫?怖くない?」
「私はユメと一緒ならどこだって平気。ユメと離れる方が怖いもん。」
この状況を放置してはとてもよろしくない気がする。
何ができるかわからないけれど…。
「…分かりました。それではお二人に、防御結界の魔法を。」
そう言ってレオンは魔法の詠唱を始めようとする。
「あぁ、レオンさん、大丈夫です。防御結界でしたら私が魔法を使いますので。レオンさんはその分、他の事に魔法を使って下さい!」
「え、あ、はい。」
レオンが面食らったような顔をしている。
「ユメさんは国賓として謎に包まれているとは思っていましたが…。いえ、詮索したいわけではないのですが、防御結界の魔法はこの国でも12人しか使えない魔法ですから…」
し、しまったぁ!
防御結界の魔法は良く知らないけれど、能力値最大の私なら、どうとでもなると油断しちゃってた!
そんな…使える人がほとんどいない、超々高等魔法だったなんて!
「あは、あはははは…。」
私は笑ってごまかすことしかできなかった。
そして皆が寝静まった深夜、私は天井に違和感を感じた。
いや、さっきまで熟睡していたし、今も目をつむっているし、そもそも部屋は真っ暗だし、目に見えての違和感というわけではない。
私は私とメアリーそれぞれに、そして寝室全体に防御結界の魔法を施した。
そのうちの寝室にかけた防御結界の魔法が軋んでいる気がするのだ。
ミシ
ミシ
――パリーン!
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