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第1章 異世界に転生しちゃいました?

第27話 国家プロジェクトって何ですか?

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 ありえない ありえない
 皆、目の前で起きていることが現実のものとして受け止められずにいた。
 まぁ、そうでしょう。
 私だって、何の力も持たなければ…例えば、前世で生きていたころ、目の前でこんな現象を見せられたら、トリックを疑うか、ただただ仰天していたはずだもん。
 剣を返されたフリードリッヒは、いろいろな角度からまじまじと曲がった剣を見続けている。

「ニコラウスさん、いかがでしょうか?足りなければ、まだ何かしましょうか?」
「いや、も、もう充分です。」
 ニコラウスは首をぶんぶん横に振った。
「ユメ殿…」
 王が眉間にしわを寄せながら、私が話しかけてくる。
はがねの剣を容易く曲げる貴殿の力、勇者の力であることは疑いようもなかろう。ならば、その…世界に魔族が現れたということかな?」
 ああ、確かに不安でしょう。前回、勇者が現れたのは魔族が跋扈ばっこし、世界中で暴虐の限りをつくした時だったから…。
「いえ、その点はご安心ください。私が転生するときに神様は、そういった類のものはいない、と仰っていました。」
「そうか…。それはよかった。」
 王様は心底ほっとしているように見えた。
 それほどこの世界の人、特に国を統治する人たちにとっては、魔族というのは大きなトラウマなのだろう。

「ユメ殿、いいやユメ様!」
 なんだ、この調子のいいものの言い方…ってトイフェルさんか。
「なんですか?」
 私は少しぶっきらぼうに返事をした。
「ぜひ、あなたの力を国家プロジェクトにお貸しいただきたい、いや世界を救う勇者様であれば、これは必然にして当然であるかと思われます。」
「はい?」
「で、ですから、国家プロジェクトに…」
「それはお断りしたはずです。だいたいですね、貴方のその国家プロジェクトやらで、優秀な魔法使いがお城に集められているんでしょう?アヴァロンの地に赴任ふにんしていた優秀な魔法使いさんも含めて。だからあの地の人間とエルフの関係がギスギスして…。つまり、直接的ではないにせよ、間接的に貴方はメアリーの両親を殺したようなものですよ!メアリーの!プロジェクトに、なんで私が協力しなくちゃいけないんですか!」
 言いながら私はとても腹立たしくなっていった。
 そう言えば、私はここ最近怒ったという記憶がない。転生前も含めて人に対して怒りを覚えたのはいつのことだったろうか…。

「ユメ、落ち着いて!」
 これまで立場上、平静と無言を保たざるをえなかった(と思われます…だってお偉い人ばかりだもん)アレクサンドラ先生が、さすがに見かねたのか私のところにとんできた。
「貴方、魔力がダダ漏れているわよ。ちょっと落ち着きましょう、ね?」
 言われて気づいたのだが、私の体から白い霧のようなものがあふれ出てきている。
 魔力は一定以上の密度になると視覚化できるというが、私も実物を見るのは初めてだ。
「せ、先生。ごめんなさい。」
 私が平静を取り戻すと、白い霧は嘘のように晴れていった。
 トイフェルは平静を装っている感じだが、魔女のフェルディナンドはこの魔力の霧を見るのは初見なのだろうか、本気でおびえている。

「あの、誤解のないように言っておきたいのですが…私は何も、この世を救うためとか、そんな御大層な使命を帯びてこの世界に来たんじゃないんです。神様からも、私は好きに生きて行けばいいと言われています。私はただ、この世界で平和にゆるやかにのんびり過ごしたいだけなんです。」
「そ、そんな…もったいない。」
「トイフェルさん、もったいないかどうかの基準は人それぞれですよ。この力、あなたにとってはもったいないのかもしれませんが、私にとっては扱いづらい不便でどうしようもない力でしかないんです。」
 私はふうっとため息をついた。
 そして私の中で引っかかるものがあった。
「でも変ですよね?アレクサンドラ先生?」
 そう言って私はアレクサンドラのほうを見た。
 アレクサンドラは何が変なのかわからず、首をかしげている。
「どうして、国内でも評判の魔法使いであるアレクサンドラ先生はその国家プロジェクトとやらに招聘しょうへいされていないんですか?優秀な魔法使いはすべからく集められているのでしょう?」

――!?

 私がこのことを指摘するまで、皆気づいてなかったようだ。
 そして一斉にトイフェルに視線が注がれる。
「どういうことですかな?」
「理由を話してもらえますか?」
 この場にいる人たちから矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
「それに応える必要があるのですか?国家プロジェクトは極秘裏に進めていること。何もお話はできません。たとえ私の作ったオリジナル魔法、自白強要魔法をもってしてもね!まぁやれるものなら、ですがね。」
 なんという不遜ふそんな態度をとるのだろう、トイフェルは。
 でも、ここまで頑なに隠すということは、ここにこそ何か秘密が隠されている…そんな気がした。
「そうですか。試してみましょうか?」
 私は一歩前に踏み出る。
「王様、トイフェルさんがやってみろとおっしゃるので、ここで魔法を使ってもよろしいですよね?」
 私は飛び切りの笑顔で王様に問いかけた。
「それは、トイフェルがよいというのであれば…」
 王様は何とも歯切れがよくないが、言質げんちはいただいた。
「ふん、あれは私のオリジナル魔法。適切なスペルを知らなければ発動などするものか。」
 トイフェルはよほどオリジナル魔法に自信があるのだろう。
 余裕の表情を浮かべている。
「それでは、王様からの許可もいただきましたので。」

 スペル?そんなの能力値最大カンストの私には関係ない。
 私は、きちんと呪文を唱えなくても「魔法の効果を思い浮かべながらなんとなくそれっぽい言葉を口にしたら発動する」のだ。これはミューレンの町からオルデンブルク伯爵邸に転移したときに実証済みだ。
「トイフェルさん、正直に話してください。」
私はトイフェルが語りだす光景を思い浮かべながら言葉を口にした。

「はっはっは、なんだその魔法。それでも魔法かい?勇者の魔法というのは随分とおかしなものだな。」
 トイフェルは嘲笑を浮かべる。
 隣ではフェルディナンドもクスクス笑っている。
「では、お尋ねします。トイフェルさん、国家プロジェクトってなんですか?」

――死者蘇生にかかわる魔法の研究だ

「え!?」
 トイフェルのあまりの即答っぷりと、その衝撃の内容に皆、驚きを隠せなかった。
「ち、違う、これは違うのだ。」
 トイフェルはすっかり動揺している。
 私はそんなことおかまいなしに質問を続けた。
「どうして、アレクサンドラ先生をその研究に参加させないのですか?」
「死者蘇生の最初の被験者に、ロザリアを選んだからだ。このことを知れば、きっとアレクサンドラは反対するから…じゃなくって!僕は!何を!」
 私はすっかりあきれ果ててしまった。
 いやはや、ロザリアを失ったトイフェルの愛情がまさかこんな斜め上に行ってしまうとは…。

 後から知ったのだけれど、死者蘇生の魔法はこの国のみならず、世界中の魔法使いにとって永遠のテーマだったらしい。
 ここからは少し専門的な話になるけれど、異世界の人間は「肉体」と「霊体」で構成されている。簡単に言ってしまうと、「目に見えるもの」と「目に見えないもの」。
 つまり、肉体は筋肉や骨、血管や臓器など。そして霊体は感情、思考などといったものだ。
 死んでしまうと、肉体はその場でゆっくりと朽ちていく。それに対して霊体は霧散むさんしてしまうのだ。
 修復魔法リパラは実体のあるものにしか効果がないので、もし死後に修復魔法リパラを唱えると、肉体は修復されるのだけれど霊体は修復されず結果、感情や思考を持たないゾンビが出来上がる。
 その実体のない霊体すらも修復可能にするのが死者蘇生の魔法だった、というわけだ。

 しかし、どうしたものだろう。
 このまま、私は協力しませんと言って帰るのもひとつの方法だ。
 私は勇者という扱いなのでトイフェルといえども、うかつに私に手出しはできないだろう。私が現れたことで、オルデンブルク伯爵やアレクサンドラ先生にこれ以上迷惑がかかるとも思えない。
 でもそれでいいのかな?
 このまま、国家プロジェクトをトイフェルの好き勝手にさせていいのかな?
 それってつまり、今後もメアリーのような両親を失うといった境遇の子が増えるかもしれないということよね…。
 それを知っていて、見て見ぬふりできるの?私は。

 じゃあ国家プロジェクトに協力する?
 それはそれでいいのかな?…ロールプレイングゲームのような遊びの世界だと復活の呪文なんてものがあるけれど、異世界とはいえ現実世界でそういうことをしてしまって本当にいいのかな。
 なんとなく自分の中の倫理的な思考や感情に引っかかるのだけれど…。

 いや、そもそも死者蘇生ってできるものなの?
 もしもだよ?死者蘇生の魔法に重大な欠陥があって、勇者の私がそんな魔法はないと公言すればこのプロジェクトは終わるのでは…。
 何をするにしても、情報が足りないわ…。

 私は深呼吸を一度して、トイフェルを見据えた。
「トイフェルさん、取り引きをしませんか?」
「何?」
「死者蘇生の魔法理論を私に見せてください。それが確たるものであれば、神様がその魔法の存在を認めているということですので、協力しましょう。」
「国家プロジェクトにつき教えられない、と言ったら?」
「それでしたら、私は何もしないだけです。協力も何もしません。さっきも言いましたけれど、私この国の人間じゃないですから、そうですね…あなたの手の届かない隣国に行ってもいいですね。気が向いたら隣国の魔法研究に協力するかもしれませんけれど?」
 私はメアリーのほうを向いた。
「ねぇメアリー、外国で暮らすことになってもいいかな?」
「いいよ。ユメと一緒なら、どこだっていい。」
「いい子ね。愛してる。」
 私はメアリーを軽く抱きしめて、再びトイフェルに向き直った。

――で、どうしますか?
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