上 下
22 / 45
第1章 異世界に転生しちゃいました?

第22話 秋桜色の髪のメアリー

しおりを挟む
 嫌い 嫌い
 人間が嫌い。
 エルフが嫌い。
 私を否定するみんなが嫌い。
 メアリーの頭にはいつもこの事が浮かんでいる。そして今、目の前には見たことのない人間がいた。
 この人間もきっと私をいじめるんだ。
 虐める人、嫌い、嫌い、嫌い、きらいぃ…

 いきなりのことで私は戸惑った。
「あ、あのフリーダ町長、この子は…?」
「この子がメアリーよ。メアリー、ユメさんにご挨拶なさい。」
 フリーダ町長が優しく微笑みかけると、メアリーはボソボソと何かを口にした。
 なんとなくだけれど「はじめまして」と聞こえなくもなかった。

 メアリーは肩までの秋桜コスモス色のストレートヘアーにだいだい色の瞳、肌は白く手足は少しせているように感じた。
 年齢は私よりも若干幼く見える。
 特徴的なのが耳で、人間よりは先がとがっている。かといって、エルフほど長いわけではない。ちょうど半分くらい…半分?ハーフ?
 なるほど、メアリーが先ほど話題にあがったハーフエルフなのだろう。  
 それにしても開口一番、人間が嫌いとは…何かあったのだろうか。

「初めまして、メアリーさん。私の名前はユメです。」
 メアリーはまたボソボソと何か言っている。
 私との受け答えを完全に拒絶しているわけではなさそう。もしかしたら人間不信なだけで、根は悪い子じゃないのかもしれない。
「メアリーさんは、人間が嫌いなの?」

「嫌い!」
 メアリーは私にも聞こえる大きさの声で即答し、私をにらんできた。
「どうして嫌いなのかな?教えてくれるかな?」
 私はひるまず、メアリーの前にしゃがみ、目線の高さをあわせて話す。以前、大きなテーマパークのスタッフが、迷子の子供を怖がらせないよう、そんな対応をしていると聞いたことがある。
「人間は私をいじめるから嫌い。」
「え?」

 いじめる…?私はどういうことかわからず絶句した。
「メアリーや。私がユメさんに話してもいいかい?」
 フリーダ町長が口を挟む。
 メアリーはフリーダの方を向いて、コクンとうなずいた。

「ユメさんはご存じないようでしたが、この国…いえ、正確にはこの国の一部の地域でハーフエルフは迫害はくがいされているのです。」 
迫害はくがい…ですか!?」
 私は驚いた。この異世界、会う人会う人みんないい人ばかりで、種族差別といった険悪な事柄などは無縁だと思い込んでいた。

 フリーダ町長の説明によると、大昔、この世界は未曾有みぞうの危機にひんしたことがあったらしい。
 混沌の20年と呼ばれたその時代、世界のどこかから魔族と呼ばれる種族が世界に現れた。魔族はモンスターを使役しえきし、世界中で暴虐ぼうぎゃくの限りを尽くした。人もエルフも魔族にとってはえさでしかなかった。
 このままでは人類もエルフも含めて、ありとあらゆる種族が絶滅してしまうと皆があきらめかけたその時、7人の勇者が突如世界に現れ、魔族を一掃しこの世界は平和を取り戻した。

 ここまではおとぎ話のようなファンタジーのお話。そしてメアリーに関わる問題はここからだった。
 魔族は整った顔立ちにツンととがった耳が特徴で、その輪郭はハーフエルフとそっくりだったのだ。
 もっとも、魔族の肌は青白いのに対して、ハーフエルフの肌は人間の肌と差がないので、肌の色で種族の違いは歴然としている。しかし、一部地域でハーフエルフは「悪魔の子」とさげすまれるようになった。
 エレンの村のように人とエルフの親交があるところはそんな迫害とは無縁。けれど人とエルフがいがみ合っている地域もあり、ここで生まれたハーフエルフは人からもエルフからも迫害を受けるのだそうだ。

「フリーダ町長、それではメアリーさんも…。」
 私は恐る恐る尋ねた。
「ええ。幼少の頃から迫害はくがいされ続けたの。人からも。エルフからも。」
 何てこと!何の罪もない小さな女の子なのに!
 私は悲しさと同時に怒りも湧いてきた。
「そうだ、ご両親は!?メアリーさんのお父さんとお母さんは?」
 そう言った私に向かって、フリーダ町長は悲しそうな顔を浮かべて首を横に降った。

 この子は、与えられるべき時に、愛情を与えて貰っていないのだろう。親からも、周囲からも。こんなにも人間不信にさせたのは大人のせいだ。
 私は胸が苦しくなり、気がつくと涙を浮かべながらメアリーを抱き締めていた。
「ちょっと!離して!やめて!」
 メアリーが腕のなかで大暴れする。
 やっとの思いで私の腕を振りほどいたメアリーはさっきより険しい表情で私をにらみつけてきた。
「私は人間が嫌い。だからあなたも嫌い。」
 メアリーの生い立ちを聞いた私は、どんなにののしられても、悲しさが募るだけだった。

「ねぇ、メアリーさん。人間のことが嫌いなら、どうしてここにいるの?フリーダ町長もライアンも人間じゃない?」 
 そう尋ねると、メアリーの顔がみるみる真っ赤になっていった。
「ふ、フリーダは家に泊めてくれるし、ライアンはご飯を食べさせてくれるし…ボソボソ…」
 その言い方に思わずプッと笑ってしまった。
「ゴメンね、メアリーさん。あなたを馬鹿にして笑ったわけじゃないの。人間のことが嫌いになったのは、あなたの生い立ちを聞くに仕方のないことだわ。でもね、あなたの心は傷ついても真っ直ぐに育っていることが分かったから、ちょっと嬉しかったの。」
 メアリーは不愉快そうな顔を浮かべる。
「あ、あんたに何が分かるのよ!とと様もかか様も死んじゃって、誰も助けてくれなくて、世界に一人ぼっちになった気持ちなんて、あんたには到底分からないでしょ!」
 メアリーは悲鳴に近い声でまくし立てた。
 私はメアリーの両肩に手を置いて、さとすように話し始めた。

「メアリー、私もね10年前に両親を亡くしたの。」
「え?」
 メアリーは肩から力が抜け、両目が大きく見開かれて私を見つめる。
「私もね、この世界にたった一人ぼっちだったの。もしかしたら今頃、お腹を空かせて倒れていたかもしれない。モンスターに食べられていたかもしれない。」
「それって…」
「私とあなたは似た者同士だわ。違ったのは、私はたまたま運が良かっただけ。手を差し伸べてくれる人に出会えただけ。私が今まで幸せに過ごしてこれたように、メアリー…あなたにだって幸せに過ごす権利があるの。私が貰った幸せを今度はあなたにあげる。あなたがこれまで受けた苦痛の分、私はあなたに手を差し伸べるわ。だからね、メアリー…私と一緒に暮らさない?」

「う…わたっ…わたし…」
 メアリーは嗚咽おえつらしながら言葉を口にするのがやっとだった。
「なぁに?」
 そんなメアリーに私は優しく声をかける。
「わたっ、わた…う、わぁぁぁぁ…」
 メアリーは声をあげて泣きじゃくった。
 泣いて泣いて泣き疲れて眠るまで、私はそっと彼女を優しく抱きしめた。

 メアリーをソファーに寝かせ、その横に私は座った。
「寝顔、可愛いですね。」
 私は赤ちゃんを寝かしつけるときのように、規則正しくそして優しく、ぽーんぽーんと肩を叩きながら、町長と話し始める。
「でしょう?この子、根は良い子だから。それにユメさんもしっかりしているから、引き合わせたら上手くいくんじゃないかと思ったけど、予想以上だったわ。」
「町長さん…。」
 なるほど、全部お見通しだったわけだ。
 フリーダ町長、したたかすぎる。
「それで、ユメさん。メアリーを引き取りたい?」
「はい。放っておけないですし。でも、どうなるのでしょう?養子ですか?私、そのあたりにうとくて…あ、もちろん引き取るか否かはメアリーの気持ちを優先しますけれど!」
 メアリーに提案したのは私だ。私から反故ほごにするなんてあり得ない。
 このまま町長の家から診療所に出勤、でもいいのだけれど、どうせなら一緒に暮らしたかった。
 私だって、さびしいんだもん…
「そうね。養子がいいでしょうね。ユメさんは成人ですし。」

 オルデンブルク伯爵の身元証明のおかげで、養子縁組の手続きはスムーズに進んだ。メアリーは人間不信が完全に治ったわけではないが、私にはすっかり心を開いてくれた。
「ねぇ、これからはメアリーって呼んでいいかな?」
「うん、私もユメって呼ぶ。」
 2人並ぶと親子というよりは姉妹だ。
 実際、メアリーは15歳だったので1歳しか違わないのだけれど。

 フリーダ町長はいずれメアリーが自活できるように、家に住まわせていた間、家事をあれこれ教えていたらしい。
 特に料理の腕前は絶品で、これは期待に胸が膨らんじゃう。

「ユメ、それは嫌!」
 夜も更けてきた診療所の奥側。
 メアリーは私に向かって悲痛な叫び声をあげた。
「どうして?いいじゃない、狭くないんだし。」
「嫌なものは嫌なの!」

――いっしょにお風呂に入るのは!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生はもう飽きた。100回転生した結果、レベル10兆になった俺が神を殺す話

もち
ファンタジー
 なんと、なんと、世にも珍しい事に、トラックにはねられて死んでしまった男子高校生『閃(セン)』。気付いたら、びっくり仰天、驚くべき事に、異世界なるものへと転生していて、 だから、冒険者になって、ゴブリンを倒して、オーガを倒して、ドラゴンを倒して、なんやかんやでレベル300くらいの時、寿命を迎えて死んだ。  で、目を覚ましたら、記憶と能力を継いだまま、魔物に転生していた。サクっと魔王になって世界を統治して、なんやかんやしていたら、レベル700くらいの時、寿命を迎えて死んだ。  で、目を覚ましたら……というのを100回くりかえした主人公の話。 「もういい! 異世界転生、もう飽きた! 何なんだよ、この、死んでも死んでも転生し続ける、精神的にも肉体的にもハンパなくキツい拷問! えっぐい地獄なんですけど!」  これは、なんやかんやでレベル(存在値)が十兆を超えて、神よりも遥かに強くなった摩訶不思議アドベンチャーな主人公が、 「もういい! もう終わりたい! 終わってくれ! 俺、すでにカンストしてんだよ! 俺、本気出したら、最強神より強いんだぞ! これ以上、やる事ねぇんだよ! もう、マジで、飽きてんの! だから、終わってくれ!」  などと喚きながら、その百回目に転生した、  『それまでの99回とは、ちょいと様子が違う異世界』で、  『神様として、日本人を召喚してチートを与えて』みたり、  『さらに輪をかけて強くなって』しまったり――などと、色々、楽しそうな事をはじめる物語です。  『世界が進化(アップデート)しました』 「え? できる事が増えるの? まさかの上限解放? ちょっと、それなら話が違うんですけど」  ――みたいな事もあるお話です。 しょうせつかになろうで、毎日2話のペースで投稿をしています。 2019年1月時点で、120日以上、毎日2話投稿していますw 投稿ペースだけなら、自信があります! ちなみに、全1000話以上をめざしています!

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

その幼女、最強にして最恐なり~転生したら幼女な俺は異世界で生きてく~

たま(恥晒)
ファンタジー
※作者都合により打ち切りとさせて頂きました。新作12/1より!! 猫刄 紅羽 年齢:18 性別:男 身長:146cm 容姿:幼女 声変わり:まだ 利き手:左 死因:神のミス 神のミス(うっかり)で死んだ紅羽は、チートを携えてファンタジー世界に転生する事に。 しかしながら、またもや今度は違う神のミス(ミス?)で転生後は正真正銘の幼女(超絶可愛い ※見た目はほぼ変わってない)になる。 更に転生した世界は1度国々が発展し過ぎて滅んだ世界で!? そんな世界で紅羽はどう過ごして行くのか... 的な感じです。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

へぇ。美的感覚が違うんですか。なら私は結婚しなくてすみそうですね。え?求婚ですか?ご遠慮します

如月花恋
ファンタジー
この世界では女性はつり目などのキツい印象の方がいいらしい 全くもって分からない 転生した私にはその美的感覚が分からないよ

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

孤児による孤児のための孤児院経営!!! 異世界に転生したけど能力がわかりませんでした

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はフィル 異世界に転生できたんだけど何も能力がないと思っていて7歳まで路上で暮らしてた なぜか両親の記憶がなくて何とか生きてきたけど、とうとう能力についてわかることになった 孤児として暮らしていたため孤児の苦しみがわかったので孤児院を作ることから始めます さあ、チートの時間だ

処理中です...