上 下
21 / 45
第1章 異世界に転生しちゃいました?

第21話 せいれいの気持ち

しおりを挟む
 さぁ、さぁ
 中に入って下さい。
 私はベンさんの背中を押すようにうながして、診療所の中に入ってもらった。

 この異世界の医療は前世とはずいぶん違う。
 もちろん「診察しんさつから始まって治療をする」という流れは同じなのだけれど、その過程が全て魔法なのだ。
 例えば、前世の診察しんさつはお医者さんが問診もんしんして、必要に応じて聴診器ちょうしんきをあてたり、レントゲンを撮ったり、血液を採取して検査したりする。これには高度な知識や積み重ねた経験、技術に加えて設備も必要。
 でも、異世界では魔法で状態を確認するだけ。そして治療も状態にあわせた魔法を唱えるだけなのだ。
 だからなのか、医者の資格というものがない。
 領主の開業許可さえあれば、私のような異世界に来たてほやほやの新米魔女でも診療所を始められる。
 とは言え、診察魔法はLv10の高等魔法。決してハードルが低いというわけではないのだけど…。

 ベンさんを椅子に座らせて、乱雑に巻かれた包帯をそっとがしていくと、左手の怪我があらわになった。
 手の甲から、肘にかけて痛々しい火傷やけどを負っている。
 私は患部かんぶに向かって「状態確認魔法スタータスプルフーン」を唱えた。
 怪我と一口で言っても、怪我の要素にはいくつかの種類があるので見た目では判断しない、魔法で調べなさい、というのはアレクサンドラ先生に教わっていた頃、口酸っぱく言われ続けたことだ。
 私もその教えに忠実にならい、状態を確認する。

 魔法を唱えた結果、脳内に浮かび上がったのは
火傷やけど Lv2
・体力値 -10
痛みペイン Lv3
 レベル3の痛みペインって、大の大人でも耐えられないくらいで、かなり痛いはず。しかめっ面はしていても、声に出さないベンさんは強い…。

 次に「検知魔法インスペクティオン」を唱えた。
 こちらで浮かび上がったのは
・火の精霊の残渣ざんさ
 もしまだ火の精霊そのものが残っていたのなら、まずはそちらを取り除かないといけない。せっかく治療してもすぐに火傷やけどを再発してしまうからだ。
 今回は残渣ざんさしか残っていないので、普通に治療ができる。
 そして、もうひとつ浮かび上がったのは…

「ベンさん、一つお尋ねしますけれど、もしかして飲酒しました?」
「な、なぜそのことを!?」 
 ベンはひどく狼狽うろたえた。
「ベンさんの体内から未分解アルコールが検知されたんです。」
「あー、朝御飯の時にな、いつもはひまじゃからつい、いつものくせで、な?たったのエール1杯じゃから。水みたいなもんじゃろうもん?」
 ベンさん、根は好い人なのだろうけれど、この事を知ってしまった以上、私は看過かんかできない。

「いいですか、ベンさん?アルコールはストレスを発散したり、血行を良くしたり、良い面もありますけれど、反面として注意力や判断力が鈍ったり正確な動作ができなくなったりするんです。この左手の火傷やけど、アルコールを飲んだため、何かミスをされたんじゃないんですか?」
「む、むぅう。」
 図星だったのだろう。ベンはぐうの音も出なかった。
 ちなみに、このアルコールの効能こうのうは前世での記憶である。会社で飲酒運転撲滅ぼくめつキャンペーンをやった時に覚えた知識だ。

 さて、どうしたものか。すぐ治療して「飲酒してお仕事してはダメですよ?」と、それっぽいお説教して終わり、でもいいのだけれど…。
 なんとなく、ベンさんは後日またうっかりをやらかしそうだ。一杯のエールは水みたいなものって言ってたし。
 私はちょっとおきゅうをすえることにした。

「火の精霊の力も使われたようですが、制御せいぎょできなくなったんですか?そんな危ない精霊さんは、私が退治しちゃいましょうか?」
「ち、違う!あいつらは悪さはせん!」

 精霊というのは、この異世界に存在する生命体。
 主な精霊は六大精霊と言って、木、火、土、光、水、風の属性を持っており、精霊使いはこの精霊たちの力を借りて、魔法のような力を具現化ぐげんかしている…らしい。
 精霊に関するありとあらゆる知識はアレクサンドラ先生に習っていた。

「わしが、わしが悪かったんじゃ。酒で足元がふらついて、炭の中に倒れそうになったところを、精霊たちがわしの左手を支えて助けてくれたんじゃよ。でも火の精霊は触れただけで火傷やけどするから…。」
 精霊と精霊使いは強い信頼関係がないと、その力を行使できない。
 だから精霊が精霊使いに悪さをするなんてありえない。
 私はそれを知った上であえて言ったのだ。

「ベンさん、精霊さん達の気持ちを考えたことはありますか?ベンさんの左手、相当痛いと思います。でも、やむを得なかったとはいえ、ベンさんの左手に火傷を負わせた精霊たちの心は、もっと痛いのではないでしょうか?」
 ベンさんがはっとしたような顔つきになる。
「たった一杯、水のようなものとおっしゃられましたけれど、心が傷ついた精霊さん達に同じことを言えますか?」
 ベンさんは泣きそうな顔になりながら
「そうじゃのう、ワシは本当に悪いことをした…。」

 ベンさんが心から反省したところで私は治療の魔法を唱えた。
 今回唱えたのは修復魔法リパラ
 本来であれば皮膚や筋肉、血管に神経など、ありとあらゆる体組織を気にしなければならないのだが、その点魔法は便利だ。
 あっという間にベンさんの左手は再生され、元の手に戻った。

「そうだ、ベンさん。もし万が一、この先お仕事前にうっかりお酒を飲んじゃったら、診療所に来てくださいね。アルコールを体内から除去する魔法を使いますので。」
「いやいや、もうこりごりじゃ!しかしお主…16歳と聞いておったが、成人したてのむすめっことは思えん、したたかさじゃのぅ?」
 でしょ?と言わんばかりに私はニッコリ笑顔で返した。
 ベンさんもガッハッハと大声で笑い、診療所内は和やかな雰囲気に包まれた。

 その日から、ベンさんの治療の噂を聞きつけた人たちが大勢診療所にやってきた。(正直、診療所が繁盛はんじょうするのはいかがなものかとは思うのだけど…)
 どうやら私の修復魔法リパラ、とんでもなく凄かったらしい。ベンさんが負ったレベルの火傷は、普通はあとや後遺症が残るのだそうだ。
 それを完璧に元通りにしてみせたのだから…。まぁ、能力値最大カンストだからそうなるのだけれど。
 色々と不便で都合が悪い能力値最大カンストだけれど、この点だけは良かったなと思う。

 患者さん達のお話を聞くと、薬屋のノアさんがいなくなってから、町の医療事情はひどいものだったらしい。
 確かに、ここから一番近い医者がいる町はチューリヒ。馬車でも2日はかかる。
 病気や怪我のとき、私が来るまでは症状が軽い人はひたすら我慢して自然治療。我慢できないものは買い置きの薬。それでもダメなときは馬車にのせてチューリヒに向かっていたのだそうだ。

「ユメさんが来てくれて、ほんっと助かっとるよ。」
 早くも常連になったおばあちゃんは、口ぐせのように私に言ってくれる。
 前世では得られなかった仕事のやりがいを毎日感じ、私はついつい診療所に夢中になってしまった。
 そして、それはひとつの小さな、でも私にとってはわりと重大な問題が起きてしまった。

――家事をやるひまがない

「ふふふ。それで、私のところに相談に来たのね?」
「はい、フリーダ町長。お恥ずかしながら…。」
 フリーダ町長の家には、雑務を請け負っているライアンがいる。もしかしたら、家政婦の斡旋あっせんを頼めるかもしれない、そう思ったのだ。

「ユメさん、具体的には何を頼みたいの?」
「えっと、そうですね。診療所の方は一人で大丈夫なんですが、食事の支度したく…まぁこれもお隣が食堂なので何とかなるんですが、あとはお掃除、お買い物なんかを…」 
「なるほどねぇ。」
 そう言って、フリーダ町長はしばらく考え込んだ。

「家事全般をこなせて、定職についていない人ねぇ。心当たりはあるのだけれど…。その前に、一つ聞かせて。ユメはハーフエルフをどう思うかしら?」
 え?はあふえるふ?
「あ、あの、すみません、はあふえるふが分からないのですが、どういう方…なのでしょうか?」
 私の言葉にフリーダ町長は固まったかと思うと、苦笑いを浮かべた。
「あらあら。ユメ、ごめんなさいね。ハーフエルフというのは、エルフと人間の混血の種族よ。」
 なんだ、そうなのか。だから、ハーフなんだ。
「えっと、よくわからないのですけれど…。父母の愛を受け、神様から授かった命に貴賤きせんは無いと私は思います。」
 そもそも私なんて異世界人だ。種族がどうのこうのなんて私にとっては些末さまつな問題すぎる。
「良い答えね、ユメ。あなたなら、メアリーを任せられそうね。」

 フリーダ町長はハンドベルを鳴らしてライアンを呼ぶと、メアリーを連れてくるように言った。
 5分後、部屋に現れたのは暗い表情の女の子だった。
 そして開口一番、彼女はこう言った。

――ヒト、嫌い…
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神に愛された子

鈴木 カタル
ファンタジー
日本で善行を重ねた老人は、その生を終え、異世界のとある国王の孫・リーンオルゴットとして転生した。 家族に愛情を注がれて育った彼は、ある日、自分に『神に愛された子』という称号が付与されている事に気付く。一時はそれを忘れて過ごしていたものの、次第に自分の能力の異常性が明らかになる。 常人を遥かに凌ぐ魔力に、植物との会話……それらはやはり称号が原因だった! 平穏な日常を望むリーンオルゴットだったが、ある夜、伝説の聖獣に呼び出され人生が一変する――! 感想欄にネタバレ補正はしてません。閲覧は御自身で判断して下さいませ。

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

その幼女、最強にして最恐なり~転生したら幼女な俺は異世界で生きてく~

たま(恥晒)
ファンタジー
※作者都合により打ち切りとさせて頂きました。新作12/1より!! 猫刄 紅羽 年齢:18 性別:男 身長:146cm 容姿:幼女 声変わり:まだ 利き手:左 死因:神のミス 神のミス(うっかり)で死んだ紅羽は、チートを携えてファンタジー世界に転生する事に。 しかしながら、またもや今度は違う神のミス(ミス?)で転生後は正真正銘の幼女(超絶可愛い ※見た目はほぼ変わってない)になる。 更に転生した世界は1度国々が発展し過ぎて滅んだ世界で!? そんな世界で紅羽はどう過ごして行くのか... 的な感じです。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

孤児による孤児のための孤児院経営!!! 異世界に転生したけど能力がわかりませんでした

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はフィル 異世界に転生できたんだけど何も能力がないと思っていて7歳まで路上で暮らしてた なぜか両親の記憶がなくて何とか生きてきたけど、とうとう能力についてわかることになった 孤児として暮らしていたため孤児の苦しみがわかったので孤児院を作ることから始めます さあ、チートの時間だ

前世ポイントッ! ~転生して楽しく異世界生活~

霜月雹花
ファンタジー
 17歳の夏、俺は強盗を捕まえようとして死んだ――そして、俺は神様と名乗った爺さんと話をしていた。話を聞けばどうやら強盗を捕まえた事で未来を改変し、転生に必要な【善行ポイント】と言う物が人より多く貰えて異世界に転生出来るらしい。多く貰った【善行ポイント】で転生時の能力も選び放題、莫大なポイントを使いチート化した俺は異世界で生きていく。 なろうでも掲載しています。

処理中です...