男子校の姫

くれと

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気がかりなこと

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昨日とは打って変わった晴天。

春風が心地いい。校門に続く道に立つと、桜が散り始めている。

昨日はあの後、夜に雨が降った。僕が家に帰るまでは雨に降られずに済んだのだが、自室で勉強をしていると地面を叩く水音が聞こえ始め、少しすると窓を強く打ち付けるどしゃ降りの雨が降り始めた。

何度か雨に降られると桜は散ってしまうと聞いたことがある。もう葉桜の季節が近いだろうか。近頃は気温が高い日もちらほら出てきて、半袖で過ごせる日も少しずつ増えてきた。初夏の季節が近づいてきたのだろう。

僕は今日も校内に入ってから階段を上って教室へ向かう。

僕は家の最寄り駅から電車通学をしている。田舎町の改札もない無人駅から電車に乗り込み、そこからいくつか駅を通り過ぎると夏海駅に停車する。その一つ手前の駅の方が夏海高校に実のところ近いため、僕はそこで降りてニ十分程かけて高校までを歩いて通学する。心配性の僕は遅刻をしないように余裕を持って家を出るようにしている。電車に乗っている時間も駅から高校まで歩く時間もわかりきっているし、十分に遅刻をせずに済む時間に家を出ることもできる。僕は部活にも入っていないから朝練なんてあるわけがないし、もっと寝ていられるのだがどうしても遅刻したらどうしよう…と不安になってしまい、いつも早めに家を出るのが習慣だ。

教室に入り一番奥の隅の席に腰を下ろし壁の時計を見上げると、まだホームルームの時間まで三十分程ある。

僕はこの時間に授業の予習・復習をしたり課題を忘れてはいないか確認をしたりする。もちろん、前日に家でしっかりと終えているのだが、他にやることもないしもし忘れていたらと思うと不安だし、やろうとしていなくとも手が伸びてしまうのである。

課題のプリントを眺めながらちらりと前の席を伺う。いつも通りの日々を過ごしていながらも、今日の僕には気がかりなことがある。

峰岸の席は空いたままだ。もう始業まで十五分を切っている。いつもぎりぎりに来るのだろうか。確か軟式テニス部には朝練はないはずだ。欠席でもない限りはこれが彼にとっての普通なのだろう。真面目そうに見えるのに、意外だ。

昨日からふとすると峰岸のことを考えている。家で勉強していたり風呂に入っていたり、寝ている時も…。少し言葉を交わしただけの峰岸のことが頭に浮かんでしまう。浮かれているのだろうか。

前の席の子とちょっと話せただけで浮かれるなんて、日頃どれだけ僕の人間関係は希薄なんだと思うと悲しいような、周りに置いて行かれているような焦りのようなものも感じる。日々を過ごしていて特にこれといったこともない僕にとっては記憶に残るできごとだ。でも、峰岸にとっては?峰岸は部活にも入っていて忙しそうだし友達も多そうだ。実際、昨日も友達と帰って行ったし。彼女とかもいるのだろうか。爽やかで優し気な表情を浮かべる、男の子らしくもあり可愛い感じもある顔立ち。決して派手で人目を惹く容姿ではないが人に好かれそうな顔立ちである。他校に彼女がいてもおかしくはない。そんな峰岸からしたら僕との会話なんて日常のほんの些細な一瞬のできごとである。記憶にも残っていないのではないだろうか。自分のことがバカみたいで情けなくなってくる。

峰岸が来たらどういう反応をするだろうか。そもそも声を掛けてくれるだろうか。昨日は初対面だったから挨拶はしておこうというぐらいだったのかもしれない。

僕は?僕は峰岸が来たらなんて声を掛ければいいんだ?はぁ…、なんか緊張してきた。対人経験が乏しいことが本当に情けない。もっと何も気にせずに自然に言葉を発したり接したりすることができたらいいのに。どうしたらいいんだ…。そもそも峰岸に声を掛けたりしてもいいのだろうか。全然話したこともないのに馴れ馴れしいと思われてはしまわないだろうか。何も言わない、反応しない方がいいのではないか。でも、そんなことでは冷たい印象に取られてはしまわないだろうか。

そんなことで頭の中がごっちゃごちゃになっていて勉強は結局手付かずじまい。気づけば始業間近になっていた。生徒もまばらだった教室はいつの間にか生徒で溢れ賑わいを見せている。これまでこんなことはなかったのに…。不完全燃焼を感じながら僕はプリント類を片付け始めた。

すると、その時僕の顔にふわっと爽やかな風を感じた。

峰岸だ。始業ぎりぎりの時間に眠そうな顔をしながら教室に入ってきて僕の前まで来た。

「おはよ」
「あ、え、あ」
「ん?」
「あ…、おはよう」
「うん」

緊張のあまり詰まってしまったが何とか話せた。峰岸が今日も話しかけてくれたことが嬉しかった。昨日だけで終わらずに今日も話せたことに安堵すらしている。

ホームルームが始まり峰岸は席に着いて前を向いた。

嬉しさのあまり顔がにやけてしまう。一番後ろの席に座る僕のにやけた間抜け顔を他の生徒に見られることはないだろうが、教壇に立っている担任には見えてしまうので何とか緩んだ顔を引き締めた。相変わらず緊張で体は強張っているが、不安に思う気持ちはきれいになくなっていた。

ホームルームが終わり担任が出て行くと生徒も席を立ち教室を出て行く者もいれば友達の席に話に行く者もいる。

僕が席に座ってぼんやりとしていると、前の席の峰岸がくるりと振り返ってきた。

「勉強してたの?」
「え…?」
「さっきプリント出てたから」
「あぁ…、まぁ、ちょっとね」
「さすが学年一位は違うな」

そう言って峰岸は顔をくしゃっと歪めて僕に爽やかな笑顔を向けてくる。

僕みたいな浮いた生徒と峰岸みたいな男の子らしい普通の生徒が話してる。すごい…。こんなことがあっていいのだろうか。

僕が成績優秀な優等生であることに触れてはいるが峰岸はすごく対等に接してくれているように思う。一線を引くような、こいつと自分は違うんだということが伝わってくるような雰囲気ではない。同じ高校に通い、同じ学年の同い年の人間同士で話していることを実感できるような態度だ。爽やかな笑顔も寂しい僕の心を温かく包み込んでくれるように思える。

「いつもどれくらい勉強してるの?」
「んー、家だと3、4時間かな?」
「そんなに!? すげー」
「すごくないよ。部活にも入ってないし。峰岸みたいに部活と勉強両立してる方がすごいよ」
「いや、俺は勉強全然ダメだから」
「本当?」
「これはマジ」

勉強の話をするのも僕に話題を合わせてくれているのだろう。峰岸の優しさが伝わってくるようだ。他の男子にすごいと言われるのと峰岸にすごいと言われるのは違う響きがあるように思う。峰岸に褒められると素直に嬉しい。優等生扱いは正直好きではないが相手が峰岸だと違うのかもしれない。自分たちとは違うということを強調して蚊帳の外に追いやるような、周りとは異質な者に対する言葉ではない。本心から褒めてくれているんだと感じられる。これは、自惚れているだけだろうか…?

峰岸と普通に会話ができるなんて思ってもみなかった。予期せぬできごとに頬が緩んでしまう。変に思われたりしないだろうか。僕は慌てて顔を引き締めた。

雨上がりの爽やかな空気と春の温かい陽光に包まれて、僕は今までに感じたことのない類の温かさを感じながら次の授業までの間峰岸と話をした。
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