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本編
16.揚げ足を取られてみましょう
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「じゃあお祖父様、お祖母様。今日はこれで失礼しますね。お礼はまた今度」
リュカが朗らかに笑って言った。
手を引かれて立ち上がりかけたクロエは、義祖父母の前でなんて恥ずかしいことをしてしまったのだろうと顔を青ざめさせた。
そんなクロエを見た義祖母が、リュカに釘を刺す。
「リュカ。あまりクロエさんに負担をかけては駄目よ」
「分かっています、お祖母様。クロエさん、優しくしますから、安心してくださいね」
ぽっと目元を赤らめて、リュカがはにかむ。
(違う! そうじゃない!)
クロエは今度は顔を真っ赤にして首を横に振るが、リュカはきょとんと首を傾げるばかりだ。
義祖母は苦笑してから、クロエに向かって申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさいね、クロエさん。こんな子で」
「いえ。……お互いの誤解がないよう、何かあれば言葉できちんと伝えられるように心がけます」
「えぇ、そうね。それは大事ね」
何か思い当たる点があるらしく、義祖母は真顔で深くうなずいた。
精霊と人の常識は大きく違うので、苦労したのだろう。
クロエが義祖母と通じ合っている内に、リュカも精霊王から呼ばれ何事か助言を受けたらしく、少し離れた所でこくこくとうなずいていた。
別れの挨拶を済ませた義祖父母たちに見送られ、クロエたちは精霊の通り道を渡り、自宅の裏庭へと戻ってきた。
話を聞いて早々に帰って来たので、陽はまだ高い。
手をつないだままリュカに手を引かれ、また勝手口から家の中に入る。
帰りがけに持たされた野菜や果物を貯蔵室に入れても、リュカの手は離れなかった。
クロエは、手をつないでいるだけだというのに年甲斐もなくドキドキしていた。
どうにもこういうことは慣れなくていけない。
(……いえ、慣れていたらいたで問題だけど)
クロエがどうでも良いことを考えている内に、居間まで来ていた。
「クロエさん」
「な、何?」
問い返すと、リュカは頬を赤く染めながらの上目遣いで言った。
「お風呂入らずにするのと、入ってからするのと、どちらがいいですか? 僕としては入らずにこのまま傾れ込むのも」
「ちょっと待って。リュカ」
クロエはもじもじと言い募るリュカをさえぎり、顔をひきつらせた。
「……その……、今から?」
「クロエさんは、嫌なんですか?」
瞳を潤ませて、リュカが言う。
「っ」
クロエはこの目に弱かった。
美しく潤んだ瞳で強請られると、何でも叶えてあげたくなる。
それにクロエも嫌だというより、心の準備が出来ておらず、倫理観と理性がよろしくないと主張しているだけだ。
「い、嫌とかではなくて……」
「……僕を大人にしてくれるって、言ったのに……」
ぼそりとリュカがつぶやく。
それが、クロエの罪悪感を更に煽る。
まだ陽も高いのに、という言い訳は、喉に詰まって結局出なかった。
クロエは短くない葛藤の末に、そっと目を伏せた。
「か、身体を清めてからなら……」
「じゃあ一緒に入り」
「ません!」
クロエはぴしゃりと言い切った。
しょんぼりと肩を落としたリュカがどんなに落ち込んでいるように見えても、じーっと哀れっぽく強請るような目をしても、クロエは心を鬼にして首を横に振った。
そこは譲れない。
一緒に入るなど、初心者には難易度が高過ぎる。
クロエが引く気がないことを悟ったリュカは、口を尖らせながら渋々うなずいた。
「分かりました。今日のところは一緒にお風呂は諦めます。……クロエさん、先にお風呂へどうぞ。上がったら僕の部屋で待っててくださいね」
「え、えぇ」
ふわりと笑ったリュカが艶っぽく見えて、クロエは言葉に甘えて足早に居間を出た。
支度をするのに、一度部屋へと戻る。
耳飾りを外し、自分の格好を見下ろす。
(こういう時は何を着るべきかしら……)
親から持たされた衣類の中にはやたらと透けた寝間着もあったが、それを着る勇気はない。
クロエはいくらか迷った末、いつも着ている部屋着を手に取った。
それと新しい下着も。
リュカと顔を合わせるのが恥ずかしく、こそこそと風呂場へ行き、念のため隅々まで清めた。
湯から上がり肌の手入れをした後、洗い落としてしまった化粧をし直すかどうかでもまた迷い、結局しないことにする。
(……こんなことなら、既婚の友人の話をもう少ししっかり聞いておくべきだったわ)
今更そう思っても、後の祭りである。
とりあえず魔道具で乾かした髪を緩く三つ編みにしていると、脱衣所の扉をノックされた。
「クロエさん、大丈夫ですか? のぼせてませんか?」
あまりにクロエがぐずぐずしていたので、リュカに心配をかけてしまったらしい。
クロエは慌てて髪を編み終え、扉を開けた。
「ごめんなさい。大丈夫よ」
「それなら良かったです」
クロエの上から下まで視線を巡らせ、無事を確かめたリュカがにっこりと笑う。
「僕も入って来ますから、先に部屋に行っててください」
「え、えぇ」
やはりリュカの顔が見られずに、うつむき加減にクロエはうなずいた。
そのまま早足でリュカの横をすり抜け、階段を昇る。
(あぁ、本当にもう。十五、六の小娘ではないのに……)
湯のせいではなく、顔が熱い。
最後までしないとはいえ、リュカと肌を合わせるかと思うと頭から湯気が出そうなくらい恥ずかしい。
(しかも、リュカの部屋で……。自分の部屋でして後で思い出してしまうのも恥ずかしいけれど、リュカに思い出されるのも微妙だわ)
悩ましげな息を吐いて、リュカの部屋の扉に手を伸ばす。
クロエの部屋に鍵を付けたついでに付けたリュカの部屋の鍵は、当たり前ながらかかっていなかった。
「お邪魔します」
なんとなく呟いた言葉が、しんとした部屋に消えていく。
クロエは意を決して中に入り、ぎこちない動きで寝台に腰掛ける。
そして、大きなため息を吐いた。
心臓の音がうるさい。
初めての妖魔討伐でも、ここまで緊張していなかった気がする。
その違いは、自信の有無だろう。
騎士としての鍛錬は十分に積んできたと自負しているが、女性としての魅力を磨いてきたかと言えば否だ。
そこそこ手入れはしていたが、世の女性の基準からすれば不十分だろう。
明るいなか裸体をさらすことが、自身の倍以上の体重を持つ妖魔と相対するよりも躊躇される。
胸の傷は以前見せてしまっているが、細かな傷は他にもあった。
手足も筋肉がついてほっそりはしていない。
これらを見たリュカに、幻滅されるのが怖いのだ。
リュカならひどいことは言わないと思うが、引け目は感じる。
「なにせ、リュカは現実とは思えないほどの美少年だし……」
クロエはもう一度、大きな息を吐いた。
たったったっ。
クロエの耳が、階段を軽快に上がる足音を拾った。
(も、もう!? こ、心の準備が!!!)
クロエがどぎまぎしているうちに足音は近づき、勢い良く扉が開かれた。
「クロエさん! お待たせしました!」
「!?」
リュカは上半身裸だった。
下は寝間着にしている七分丈のズボンで、しなやかで瑞々しい肢体をおしげもなく披露している。
白磁の肌は湯上がりの為、薄らと上気していた。
筋肉はないが余計な脂肪もない未発達の身体は、神聖さと艶めかしさを漂わせ、見てはいけないものを見てしまった気分になる。
クロエはそっと目をそらし、ぎこちない笑みを浮かべた。
「は、早かったわね」
「待ちきれなかったので! あ、ちゃんと身綺麗にはしてきましたからね!」
あっという間に距離を詰めてきたリュカが、クロエの横にぴったりとくっついて座る。
ふんわりと香る石鹸の香りに、クロエは目眩すら覚えた。
反射的に距離を空けようとしたが、がっちりと腰に両手を回されて叶わない。
リュカが形の良い鼻をクロエの首筋にすりつけ、すんすんと鼻を鳴らし、うっとりとした口調で言った。
「クロエさん、いい匂い……」
「リュ、リュカだって同じ匂いがするでしょう? 同じ石鹸を使っているのだし」
「同じ石鹸でも、クロエさんが使うともっと良い匂いなんです」
「ひゃあっ」
ぺろりと、リュカがクロエの耳の裏を舐めた。
「ちょっ、なんでそんな所を!」
「髪を結い上げた時とかここがすごく色っぽく見えて、前々から舐めてみたかったんです」
リュカが答えながら、もう一度そこへ吸いつく。
「み、見える所に跡は駄目!」
クロエは慌ててリュカを力ずくで引き剥がした。
引き剥がされたリュカは、むぅっと口を尖らす。
「大丈夫ですよ。加減しましたし」
「加減を間違えたら惨事でしょう!」
「跡がついたらついたで、虫除けになっていいじゃないですか」
「私が社会的に終わるの! それに私に寄ってくる酔狂な男はいません!」
髪の毛を逆立てる勢いで怒るクロエに、リュカは渋々とうなずいた。
「分かりました。今はそこに跡をつけるのは諦めます。代わりに……」
リュカが体重をかけて、クロエの肩を押す。
クロエの身体が後ろに倒れ、リュカがおおい被さって来た。
逆光のなか、リュカが天使のような綺麗な笑みを浮かべて言う。
「見えない所、たくさん舐め吸わせてくださいね」
ぴちゃぴちゃと淫靡な音が部屋に響く。
クロエの前開きの部屋着をはだけさせたリュカは、左肩から胸の間まで残った傷痕を丹念に舐めていった。
クロエは恥ずかしさのあまり、顔をそらして目をつむる。
「あっ」
リュカが胸当てに手をかけた。
躊躇なく胸当てを下げられ、まろい胸がむき出しになる。
「わぁ」
リュカが感嘆の声を上げ、やわやわと両胸を揉んだ。
「すべすべで柔らかくて甘そうです」
「わ、わざわざそういうことは言わなくて良いの!」
顔を真っ赤にして、クロエは抗議した。
目を開けてにらむが、本気で怒っているわけではないので迫力はない。
リュカもただ恥ずかしがっているだけだと分かっていて、無邪気を装って首を傾げる。
「どうしてですか?」
その間もリュカの両手は不埒な動きをみせる。
単調に揉むのではなく、下乳を持ち上げるようにしてみたり、脇腹を撫で上げたり、鎖骨に指を這わせたりする。
「ど、どうしてって……」
「クロエさんは僕がどう思っているか、気になりませんか? ちなみに僕はクロエさんがどう思っているか、すっごく気になりますけど……」
ぷっくりと立ち上がった胸の蕾の縁をねっとりとなぞられると、ぞわぞわと背中を駆け上がる何かを感じ、クロエは口を引き結んだ。
「ほら、クロエさんって奥ゆかしいのはいいですけど、こうして触れられて気持ち良いのか悪いのか言ってくれないじゃないですか」
左手で胸の間を撫でながら、リュカがクロエの右頬に手を添えた。
「生気を頂く代わりにクロエさんには気持ちよくなって欲しいですけど、僕も初めてですし、良いのか悪いのか、ちゃんと言ってもらわないと」
「そ、そんな気を使わなくていいわ」
「えー、でも。お祖母様にも言ってたじゃないですか。ちゃんと言葉に出して伝えますって」
リュカが甘えるようにクロエの唇をちろりと舐める。
しかし、その目は愉快そうに細められていた。
「それはっ。んっ」
クロエが口を開くと、すかさずリュカが深く口づけてきた。
ぬるりと舌を絡ませ歯列をなぞられる。
角度を変えてしつこく口腔内を犯され、吐息すら飲み込まれるようだった。
「はぁ、すごい」
思う存分クロエの口をむさぼったリュカが身体を起こし、口元を手の甲で拭った。
息があがり、うっとりとした表情でリュカが言う。
「生気を意識すると、クロエさんの唾液、すごく美味しいです。甘いけれどすっきりしていて、いくらでも飲めそう」
「そ、そう……」
クロエは複雑な顔で、言葉を飲み込んだ。
恥ずかしくて仕方がないが、リュカが成体になるのに必要な行為なのだと己を納得させる。
「クロエさんはどうです? 僕との口づけ、良かったですか?」
リュカに尋ねられて、クロエは目を泳がせた。
翻弄されてよく分からないうちに口づけが終わってしまったような気がする。
背徳感ならたっぷり味わったが、気持ち良かったかというと微妙だ。
別にリュカがへたくそというわけではなく、クロエも経験不足だったからだろう。
しかし、それを素直に言うのも躊躇われる。
クロエは曖昧な笑みを浮かべて答えた。
「よく、分からない、わ」
「ふぅん……」
「あっ」
面白くなさそうな顔をしたリュカが、クロエの胸の先をきゅっと摘んだ。
「リュ、リュカ! ひゃんっ」
「僕だけ良いのは、悪いですもん」
くにくにと両胸の蕾を指で弄び、リュカが言う。
「それに、お祖父様曰く、クロエさんが感じて気持ち良くなればなるほど、生気の質が上がるらしいんです」
それを聞いたクロエの頬が、ぴきりと引きつる。
何だ、そのいやらしい読本みたいな設定は! と言いかけた口からは、罵倒の代わりに嬌声が漏れた。
リュカが朗らかに笑って言った。
手を引かれて立ち上がりかけたクロエは、義祖父母の前でなんて恥ずかしいことをしてしまったのだろうと顔を青ざめさせた。
そんなクロエを見た義祖母が、リュカに釘を刺す。
「リュカ。あまりクロエさんに負担をかけては駄目よ」
「分かっています、お祖母様。クロエさん、優しくしますから、安心してくださいね」
ぽっと目元を赤らめて、リュカがはにかむ。
(違う! そうじゃない!)
クロエは今度は顔を真っ赤にして首を横に振るが、リュカはきょとんと首を傾げるばかりだ。
義祖母は苦笑してから、クロエに向かって申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさいね、クロエさん。こんな子で」
「いえ。……お互いの誤解がないよう、何かあれば言葉できちんと伝えられるように心がけます」
「えぇ、そうね。それは大事ね」
何か思い当たる点があるらしく、義祖母は真顔で深くうなずいた。
精霊と人の常識は大きく違うので、苦労したのだろう。
クロエが義祖母と通じ合っている内に、リュカも精霊王から呼ばれ何事か助言を受けたらしく、少し離れた所でこくこくとうなずいていた。
別れの挨拶を済ませた義祖父母たちに見送られ、クロエたちは精霊の通り道を渡り、自宅の裏庭へと戻ってきた。
話を聞いて早々に帰って来たので、陽はまだ高い。
手をつないだままリュカに手を引かれ、また勝手口から家の中に入る。
帰りがけに持たされた野菜や果物を貯蔵室に入れても、リュカの手は離れなかった。
クロエは、手をつないでいるだけだというのに年甲斐もなくドキドキしていた。
どうにもこういうことは慣れなくていけない。
(……いえ、慣れていたらいたで問題だけど)
クロエがどうでも良いことを考えている内に、居間まで来ていた。
「クロエさん」
「な、何?」
問い返すと、リュカは頬を赤く染めながらの上目遣いで言った。
「お風呂入らずにするのと、入ってからするのと、どちらがいいですか? 僕としては入らずにこのまま傾れ込むのも」
「ちょっと待って。リュカ」
クロエはもじもじと言い募るリュカをさえぎり、顔をひきつらせた。
「……その……、今から?」
「クロエさんは、嫌なんですか?」
瞳を潤ませて、リュカが言う。
「っ」
クロエはこの目に弱かった。
美しく潤んだ瞳で強請られると、何でも叶えてあげたくなる。
それにクロエも嫌だというより、心の準備が出来ておらず、倫理観と理性がよろしくないと主張しているだけだ。
「い、嫌とかではなくて……」
「……僕を大人にしてくれるって、言ったのに……」
ぼそりとリュカがつぶやく。
それが、クロエの罪悪感を更に煽る。
まだ陽も高いのに、という言い訳は、喉に詰まって結局出なかった。
クロエは短くない葛藤の末に、そっと目を伏せた。
「か、身体を清めてからなら……」
「じゃあ一緒に入り」
「ません!」
クロエはぴしゃりと言い切った。
しょんぼりと肩を落としたリュカがどんなに落ち込んでいるように見えても、じーっと哀れっぽく強請るような目をしても、クロエは心を鬼にして首を横に振った。
そこは譲れない。
一緒に入るなど、初心者には難易度が高過ぎる。
クロエが引く気がないことを悟ったリュカは、口を尖らせながら渋々うなずいた。
「分かりました。今日のところは一緒にお風呂は諦めます。……クロエさん、先にお風呂へどうぞ。上がったら僕の部屋で待っててくださいね」
「え、えぇ」
ふわりと笑ったリュカが艶っぽく見えて、クロエは言葉に甘えて足早に居間を出た。
支度をするのに、一度部屋へと戻る。
耳飾りを外し、自分の格好を見下ろす。
(こういう時は何を着るべきかしら……)
親から持たされた衣類の中にはやたらと透けた寝間着もあったが、それを着る勇気はない。
クロエはいくらか迷った末、いつも着ている部屋着を手に取った。
それと新しい下着も。
リュカと顔を合わせるのが恥ずかしく、こそこそと風呂場へ行き、念のため隅々まで清めた。
湯から上がり肌の手入れをした後、洗い落としてしまった化粧をし直すかどうかでもまた迷い、結局しないことにする。
(……こんなことなら、既婚の友人の話をもう少ししっかり聞いておくべきだったわ)
今更そう思っても、後の祭りである。
とりあえず魔道具で乾かした髪を緩く三つ編みにしていると、脱衣所の扉をノックされた。
「クロエさん、大丈夫ですか? のぼせてませんか?」
あまりにクロエがぐずぐずしていたので、リュカに心配をかけてしまったらしい。
クロエは慌てて髪を編み終え、扉を開けた。
「ごめんなさい。大丈夫よ」
「それなら良かったです」
クロエの上から下まで視線を巡らせ、無事を確かめたリュカがにっこりと笑う。
「僕も入って来ますから、先に部屋に行っててください」
「え、えぇ」
やはりリュカの顔が見られずに、うつむき加減にクロエはうなずいた。
そのまま早足でリュカの横をすり抜け、階段を昇る。
(あぁ、本当にもう。十五、六の小娘ではないのに……)
湯のせいではなく、顔が熱い。
最後までしないとはいえ、リュカと肌を合わせるかと思うと頭から湯気が出そうなくらい恥ずかしい。
(しかも、リュカの部屋で……。自分の部屋でして後で思い出してしまうのも恥ずかしいけれど、リュカに思い出されるのも微妙だわ)
悩ましげな息を吐いて、リュカの部屋の扉に手を伸ばす。
クロエの部屋に鍵を付けたついでに付けたリュカの部屋の鍵は、当たり前ながらかかっていなかった。
「お邪魔します」
なんとなく呟いた言葉が、しんとした部屋に消えていく。
クロエは意を決して中に入り、ぎこちない動きで寝台に腰掛ける。
そして、大きなため息を吐いた。
心臓の音がうるさい。
初めての妖魔討伐でも、ここまで緊張していなかった気がする。
その違いは、自信の有無だろう。
騎士としての鍛錬は十分に積んできたと自負しているが、女性としての魅力を磨いてきたかと言えば否だ。
そこそこ手入れはしていたが、世の女性の基準からすれば不十分だろう。
明るいなか裸体をさらすことが、自身の倍以上の体重を持つ妖魔と相対するよりも躊躇される。
胸の傷は以前見せてしまっているが、細かな傷は他にもあった。
手足も筋肉がついてほっそりはしていない。
これらを見たリュカに、幻滅されるのが怖いのだ。
リュカならひどいことは言わないと思うが、引け目は感じる。
「なにせ、リュカは現実とは思えないほどの美少年だし……」
クロエはもう一度、大きな息を吐いた。
たったったっ。
クロエの耳が、階段を軽快に上がる足音を拾った。
(も、もう!? こ、心の準備が!!!)
クロエがどぎまぎしているうちに足音は近づき、勢い良く扉が開かれた。
「クロエさん! お待たせしました!」
「!?」
リュカは上半身裸だった。
下は寝間着にしている七分丈のズボンで、しなやかで瑞々しい肢体をおしげもなく披露している。
白磁の肌は湯上がりの為、薄らと上気していた。
筋肉はないが余計な脂肪もない未発達の身体は、神聖さと艶めかしさを漂わせ、見てはいけないものを見てしまった気分になる。
クロエはそっと目をそらし、ぎこちない笑みを浮かべた。
「は、早かったわね」
「待ちきれなかったので! あ、ちゃんと身綺麗にはしてきましたからね!」
あっという間に距離を詰めてきたリュカが、クロエの横にぴったりとくっついて座る。
ふんわりと香る石鹸の香りに、クロエは目眩すら覚えた。
反射的に距離を空けようとしたが、がっちりと腰に両手を回されて叶わない。
リュカが形の良い鼻をクロエの首筋にすりつけ、すんすんと鼻を鳴らし、うっとりとした口調で言った。
「クロエさん、いい匂い……」
「リュ、リュカだって同じ匂いがするでしょう? 同じ石鹸を使っているのだし」
「同じ石鹸でも、クロエさんが使うともっと良い匂いなんです」
「ひゃあっ」
ぺろりと、リュカがクロエの耳の裏を舐めた。
「ちょっ、なんでそんな所を!」
「髪を結い上げた時とかここがすごく色っぽく見えて、前々から舐めてみたかったんです」
リュカが答えながら、もう一度そこへ吸いつく。
「み、見える所に跡は駄目!」
クロエは慌ててリュカを力ずくで引き剥がした。
引き剥がされたリュカは、むぅっと口を尖らす。
「大丈夫ですよ。加減しましたし」
「加減を間違えたら惨事でしょう!」
「跡がついたらついたで、虫除けになっていいじゃないですか」
「私が社会的に終わるの! それに私に寄ってくる酔狂な男はいません!」
髪の毛を逆立てる勢いで怒るクロエに、リュカは渋々とうなずいた。
「分かりました。今はそこに跡をつけるのは諦めます。代わりに……」
リュカが体重をかけて、クロエの肩を押す。
クロエの身体が後ろに倒れ、リュカがおおい被さって来た。
逆光のなか、リュカが天使のような綺麗な笑みを浮かべて言う。
「見えない所、たくさん舐め吸わせてくださいね」
ぴちゃぴちゃと淫靡な音が部屋に響く。
クロエの前開きの部屋着をはだけさせたリュカは、左肩から胸の間まで残った傷痕を丹念に舐めていった。
クロエは恥ずかしさのあまり、顔をそらして目をつむる。
「あっ」
リュカが胸当てに手をかけた。
躊躇なく胸当てを下げられ、まろい胸がむき出しになる。
「わぁ」
リュカが感嘆の声を上げ、やわやわと両胸を揉んだ。
「すべすべで柔らかくて甘そうです」
「わ、わざわざそういうことは言わなくて良いの!」
顔を真っ赤にして、クロエは抗議した。
目を開けてにらむが、本気で怒っているわけではないので迫力はない。
リュカもただ恥ずかしがっているだけだと分かっていて、無邪気を装って首を傾げる。
「どうしてですか?」
その間もリュカの両手は不埒な動きをみせる。
単調に揉むのではなく、下乳を持ち上げるようにしてみたり、脇腹を撫で上げたり、鎖骨に指を這わせたりする。
「ど、どうしてって……」
「クロエさんは僕がどう思っているか、気になりませんか? ちなみに僕はクロエさんがどう思っているか、すっごく気になりますけど……」
ぷっくりと立ち上がった胸の蕾の縁をねっとりとなぞられると、ぞわぞわと背中を駆け上がる何かを感じ、クロエは口を引き結んだ。
「ほら、クロエさんって奥ゆかしいのはいいですけど、こうして触れられて気持ち良いのか悪いのか言ってくれないじゃないですか」
左手で胸の間を撫でながら、リュカがクロエの右頬に手を添えた。
「生気を頂く代わりにクロエさんには気持ちよくなって欲しいですけど、僕も初めてですし、良いのか悪いのか、ちゃんと言ってもらわないと」
「そ、そんな気を使わなくていいわ」
「えー、でも。お祖母様にも言ってたじゃないですか。ちゃんと言葉に出して伝えますって」
リュカが甘えるようにクロエの唇をちろりと舐める。
しかし、その目は愉快そうに細められていた。
「それはっ。んっ」
クロエが口を開くと、すかさずリュカが深く口づけてきた。
ぬるりと舌を絡ませ歯列をなぞられる。
角度を変えてしつこく口腔内を犯され、吐息すら飲み込まれるようだった。
「はぁ、すごい」
思う存分クロエの口をむさぼったリュカが身体を起こし、口元を手の甲で拭った。
息があがり、うっとりとした表情でリュカが言う。
「生気を意識すると、クロエさんの唾液、すごく美味しいです。甘いけれどすっきりしていて、いくらでも飲めそう」
「そ、そう……」
クロエは複雑な顔で、言葉を飲み込んだ。
恥ずかしくて仕方がないが、リュカが成体になるのに必要な行為なのだと己を納得させる。
「クロエさんはどうです? 僕との口づけ、良かったですか?」
リュカに尋ねられて、クロエは目を泳がせた。
翻弄されてよく分からないうちに口づけが終わってしまったような気がする。
背徳感ならたっぷり味わったが、気持ち良かったかというと微妙だ。
別にリュカがへたくそというわけではなく、クロエも経験不足だったからだろう。
しかし、それを素直に言うのも躊躇われる。
クロエは曖昧な笑みを浮かべて答えた。
「よく、分からない、わ」
「ふぅん……」
「あっ」
面白くなさそうな顔をしたリュカが、クロエの胸の先をきゅっと摘んだ。
「リュ、リュカ! ひゃんっ」
「僕だけ良いのは、悪いですもん」
くにくにと両胸の蕾を指で弄び、リュカが言う。
「それに、お祖父様曰く、クロエさんが感じて気持ち良くなればなるほど、生気の質が上がるらしいんです」
それを聞いたクロエの頬が、ぴきりと引きつる。
何だ、そのいやらしい読本みたいな設定は! と言いかけた口からは、罵倒の代わりに嬌声が漏れた。
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だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
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