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第141話 青の王国軍の凱旋

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 セオドルは、キッド達との交渉を終えると、赤の王都を後にして、ルブルックや黒騎士らを伴い、急ぎ青の王都への帰還を目指した。赤の王都には最低限の防衛と治安維持の兵力を残し、白の聖王国との国境線での防衛線に必要な兵を連れての帰還である。
 青の王国軍の本隊が不在の今、その隙を突いて攻め込んできた聖王国軍との戦いは激化していた。弟のレオンハルトを防衛に当たらせているが、与えた兵力は十分とは言えず、セオドルもこのままでは長くもたないことを理解していた。

 実のところ、青の王国は紺の王国以上に、青の王国と紺の王国による戦いを避けなければならない立場にあった。もっとも、だからといって紺の王国が青の王国との戦いを選べば、喜ぶのは他国だけで、青の王国と共に紺の王国も沈みかねない。二人のリーダーの選択は、両国のことだけを考えれば正しい選択だと言えた。

 青の王都へ向かう途中、青の王国内に入ってから軍の進行速度が目に見えて遅くなっていた。黒騎士は、将校用の馬車の中で外の景色を眺めながら、対面の座席に座るルブルックへと問いかける。

「青の王国内に入ってから、軍の進行速度が随分落ちたようだが?」

「聖王国との戦いに援軍を向かわせなければならないのは確かだが、今回の王都への帰還には、セオドルにとってもう一つ重要な意味があるのさ」

「もう一つ? どういう意味?」

 黒騎士は、外に向けていた視線を対面の座席に座るルブルックへと戻した。黒騎士の表情は、フルフェイスの黒い兜に隠されているため読み取ることはできないが、その声には訝しげな響があった。

「セオドルにとって、今回の帰還はただの帰還ではない。赤の王国を打ち倒した王子とその軍勢の凱旋という意味を持つ。だからこそ、焦ったように急いで王都に戻るのではなく、堂々と勇ましく戻らねばならないのさ」

「国境では今も兵隊が苦労して戦っているというのに?」

「それも含めて、これが政治というものさ」

「……面倒なことだ」

 黒騎士のつぶやきには、戦場とは異なる政治の複雑さへの苛立ちがにじみ出ていた。
 そんな黒騎士に、ルブルックは穏やかな目を向ける。

「お前はそのままでいい。そういうのは俺やセオドルの役目だ」

「……だが、それで聖王国に領土を取られては意味がないのでは?」

「いや、セオドルはそれでも良いと考えているはずだ」

「――――? どういうこと?」

 黒騎士の声には、困惑が色濃く出ていた。

「聖王国の侵攻を許せば、それはレオンハルトの失態として扱える。そうすればセオドルの立場は一層盤石になる。そのうえで、セオドルが軍を派遣し、聖王国を押し返せば、また一つ功績を積むことができる。むしろ、そのシナリオを望んでいるのかもしれないな」

「…………」

 黒騎士は黙り込んだが、ルブルックには兜の下の顔が嫌悪感で歪んでいるのが容易に想像できた。

「そういうのはお気に召さないか。まぁ、俺も、そんな展開にならずとも、すでに権力争いはすでにセオドルの勝ちだとは思うがな」

「あなたはどちらか一方の王子だけに肩入れすることはないと思っていたのに、意外だな」

「俺は今でもそのつもりだが……レオンハルトは俺が実績を挙げるのを恐れてか、重用しようとしなかった。それに対してセオドルは自由にやらせてくれる」

 ルブルックの声は冷静そのもので、まるで事実を淡々と述べているかのようだった。彼にとって、どちらに肩入れするかは単なる選択に過ぎなかったのかもしれない。

「なるほど。確かに、レオンハルト王子がもっとあなたを信用していれば、聖王国との戦いであんな失態を演じることはなかったはずだな」

 黒騎士の言葉には、レオンハルトに対する恨めしさが感じられた。

「かもしれないが、あの戦いで俺がキッドに敗れたのも事実だ。俺より優れた者などいないと思っていたが、あれはガツンとやられた」

 ルブルックの語るその言葉には、冷静な分析とともに、自らの失敗に対する苦い思いが込められていた。彼はあの戦いでの敗北を振り返り、かつての自信を砕かれたことを思い起こしていた。

「落ちてくる瓦礫に囲まれた中で、井の中の蛙だったことを思い知らされたよ。キッドが元素魔法を使って地面に穴を掘って逃れるのを見て、咄嗟に真似したが、すでにその穴を通って逃れるだけの体力もなかった。サーラが俺を引っ張ってくれなかったら今頃どうなっていたか……」

 ルブルックの語るその言葉には、自分の無力さへの悔恨と、相棒への感謝の気持ちが込められていた。

「…………」

 黒騎士は再び黙り込んだ。その沈黙には、ルブルックの言葉に対する何らかの感情を反映していたのだろう。
 ルブルックはそんな黒騎士に、どこか優しげな顔を向けた。


「生き延びたものの、キッドに敗れて失意の底にいた俺を、セオドルが外遊に連れ出してくれたことには感謝している。外の世界やそこにいる強者に会う経験は俺を変えた。……もっとも、正体を隠すためとはいえ、修羅という名前を名乗るのと、あんな仮装をさせられたことは今も納得できていないが……」

 修羅を名乗っていたのは、ルブルックにとって黒歴史だった。その時のことを思い出したのか、不満げな口調で続ける。

「てっきりお前も嫌々やっているのものだと思っていたんだが……。いまだにその鎧を脱がないところを見ると、もかして意外と気に入っているのか?」

「……余計なお世話だ。それより、他国の王と会った今、あなたにはセオドル王子がどう見えている?」

 触れられたくない話題だったのか、黒騎士は話を変えた。
 二人がセオドルと共に行った外遊では、赤の王国、紺の王国、緑の公国を回り、それぞれの王やその代理者とも面会している。そのうえで、ルブルックがセオドルのことをどう見ているのか、黒騎士には多少なりとも興味があった。

「……そうだな。セオドルは治世において良き王となるだろう。だが、乱世なら英雄になれるだけの器がある。今のこの時代には必要な男だ」

「随分と高い評価をしているのだな」

 黒騎士は少し驚きを感じたものの、ルブルックの見る目を疑う気持ちはなかった。

「必要な時に必要な判断を冷徹に下せる男だ。紺の王国の王女とはそこが違う。統一後の世界の統治を任せるのならあの王女でも良いだろうが、乱世を統一するには役者不足だ。赤の王国の女王なら、それだけの器も持ち合わせていたかもしれないが、今や赤の王国は歴史の一部となった」

「なるほど。……では、もう一人、緑の公国の公王は?」

「セオドルは緑の公国を自分の側に引き込もうと考えているようだが、あの公王は飼い猫にはならない。あれは獅子の類だ。乱世の英雄になる素養を持っている。もし、俺があの公王を軍師として支えてやれば、あの公王を統一王にしてやることも不可能ではない」

「そこまでの王なの?」

 黒騎士は驚きを隠せず、問い返した。

「ただし、支える軍師がいればの話だ。今のままでは小国の王として終わるだろう。……もっとも、キッドが紺の王国を見限り、緑の公国につけば話は別だがな」

 ルブルックが最も警戒しているのは、そのシナリオだった。

「キッドが緑の公国につく可能性はあるの?」

「……今得ている情報だけでは、キッドがルルー王女やジャン公王とどれほどの深い繋がりがあるのか十分には計りかねる。現時点ではなんとも言えない」

「……そう。私にはキッドが紺の王国を見捨てるとは思えないけど」

「どちらにしろ、今は俺達のすべきことをするだけだ。今回の戦いでは、お前は俺に次ぐ英雄だ。王都に入ったら外に出て、迎えてくれる民にきちんと応えてくれよな」

「……そういうのは好きではないが、仕方あるまい」

 黒騎士は納得していない様子だったが、渋々同意した。

 その後、ルブルックと黒騎士は、セオドル達とともに青の王国への凱旋を果たした。
 青の王国の王ライゼルの死は、青の王国民に大きな動揺を与え、この国の先行きに不安をもたらしていたが、青の導士による赤の王国の電撃的な攻略は、その不幸なニュースを打ち消すほどのインパクトを持っていた。
 国民は、ライゼル王暗殺の悲劇など忘れたように、新たに国を任せられるリーダーとしてのセオドルと、英雄としてのルブルックの帰還に熱狂した。

 王都に戻ったセオドルはすぐにルブルックに軍を預け、聖王国との戦いへの援軍として派遣した。その出陣は、英雄の再出陣ということで多くの国民の歓声に見送られ、まるでセレモニーのようだった。

 元々、白の聖王国の今回の攻撃は、青の王国軍本隊の不在を知って急遽行われたものだったため、軍の準備が十分には整っていなかった。そこに新たな青の王国の援軍が加わったことで、聖王国軍は撤退を余儀なくされ、青の王国と白の聖王国との戦いは、再び国境を挟んでの睨み合いに戻った。

 今回の赤の王国及び白の聖王国との戦いにおいて、一番の殊勲者は、考えようによっては、敵よりも少ない兵で国境線を守り切ったレオンハルトだったかもしれない。しかし、その活躍は国民には正確に届かなかった。国の情報はすでにセオドルの管理下に置かれ、個民には赤の王国を打倒し、レオンハルトの危機に駆けつけ聖王国を撃退したルブルックの活躍が強調して伝えられた。それに伴い、それを命令したセオドルの評価は急速に高まり、次期王として彼を推す世論はもはや止められないほどの勢いを見せていた。
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