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第53話 四色の魔導士
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『四色の魔導士』とは、この島に伝わる伝説に出てくる四人の魔導士のことだ。
赤の導士、青の導士、白の導士、黒の導士、それぞれの色の衣をまとった四人の魔導士。その四人の魔導士が、この島に混乱が満ちた時、王を助け騎士を率いて世界を救うというお話だ。
御伽噺といってしまえばそれまでだが、この島の人間なら誰もが知っている話だった。
赤の王国の魔導士ルージュは、いつの頃からか国の者から「赤の導士」と呼ばれるようになり、自分こそが最高の魔導士であるという自負とともに、自らもその二つ名を名乗るようになっていた。
「ルージュ様、野営地の隅から隅まで探したのですが、やはりラプト様の姿は見当たりません」
赤の王国野営地の本部天幕で、部下からの報告を受けたルージュは、美麗な顔を怒りにゆがめて部下を睨みつける。
この部下が悪いわけではないとわかっていても、つい顔に出てしまうのはルージュの悪い癖だった。
「……もう一度探してもらえるかしら」
「は、はい……」
部下の顔はこれ以上何度探しても同じですよと言いたげだったが、ルージュはそれを咎めることもなく、また逆に指示を撤回することもなく、命令を遂行させるために下がらせた。
「はあ……あのバカ武人はどこへ行ったのやら」
紅の髪と紅の瞳を持つ美女ルージュは、一人になると、憂いを帯びた表情でため息をつく。
彼女が部下に探させているのはラプト。一騎打ちにてソードを倒した男だった。
ルージュは赤の王国の宮廷魔導士にして軍師。ラプトはそのルージュが見つけてきて、赤の王国の将へと取り立てた男だった。
部隊を指揮する能力ではまだまだ未熟なとこがあるが、個の力だけを見ればラプト以上の戦士をルージュは知らない。ルージュの推薦を受けたラプトが、その力を証明するため、女王の前で赤の王国の名だたる騎士達を一蹴して見せた時のことをルージュは今でも思い出す。
今回の紺の王国との戦いにおいても、ルージュの竜王破斬撃の後、敵将ソードをラプトが打ち倒したことは勝利に大きく貢献していた。もしあそこでラプトがソードを止めてくれなかったら、部隊を立て直され、ああも簡単に勝てなかったことはルージュも認識している。
紺の王国との戦いにおいて、ラプトは欠くことのできない男だった。
「だというのに、そのラプトはどこにいったのよ、もう!」
戦いを終えて以降、ラプトは姿を消していた。
もともと地位や名誉や金のために赤の王国に仕えた男ではない。
より強い相手と戦える、そう言ってルージュに誘われたからついてきた男だ。その目的が果たせないとなったら、躊躇いもなく赤の王国を離れかねない。ラプトとはルージュでも縛ることのできない男だった。
「ラプトがいないんじゃ、下手に仕掛けられないじゃないのよ……」
思い通りに動いてくれない最強の部下のことを考えると、ルージュは頭が痛くなる。彼女は疲れたように椅子に深く座って項垂れた。
最初の戦いを終えて以降、赤の王国軍が紺の王国軍に攻撃を仕掛けていないのは、実のところこのラプト不在によるものだった。
◆ ◆ ◆ ◆
紺の王国では、残ったルイセが援軍の準備を着々と進めていた。
赤の王国以外に紺の王国が国境を接するのは、緑の公国と白の聖王国の二カ国。緑の公国とは同盟関係にあり、白の聖王国も先の外交交流を見る限り早急に軍事行動を取ってくる可能性は低い。そのため、王都には防衛に必要な最低限の兵だけを残して、援軍は十分な兵を送ることとなっている。
そのこともあり、ルイセの仕事はなかなかに多忙だった。それでも、昼の激務を終えたルイセは、夜になりようやく部屋に戻ってきた。
やれやれと軍服を脱いで楽になろうとしたところで、ルイセは城の外に明らかな敵意を感じ取った。
(……またですか)
つい最近似たようなことがあったことをルイセは思い出す。
だが、今回はあの時とは違っていた。あの時のティセは殺気を振りまき、こちらが出ていくのを待っている状態だったが、今度の敵意は明らかに城内へと近づいてきている。
(この感じはティセさんではありませんね。ですが、おそらくは相当の使い手……)
ルイセは武器を手に取ると、急いで部屋から飛び出した。
しばし敵意に向かって駆けたところで、ルイセは二階の窓から中庭にいる人影に気付く。
(見つけた!)
ルイセは躊躇いもなく二階の窓から身をひるがえし、ほとんど音もさせずに着地した。
ルイセの存在に気付いた相手に向かい、ルイセは厳しい視線を向ける。
「何者ですか!?」
「俺の名はラプト。……ちょうとよかった。中に入ったはいいが、道に迷っていたところだ。……ミュウという者のところへ案内してくれないか?」
ルイセの鋭い誰何の声にも相手は慌てた様子さえ見せなかった。
180cmを超える体躯の男で、袖の短い服からのぞく腕はまるで鋼のようだ。長い黒髪は無造作に伸び、前髪も伸びすぎたのか片目が隠れてみえる。隠れていない切れ長の目は鋭く、黒い瞳の中には野性味とともに思慮深い戦略家を思わせる知性の光も蓄えている。
「ミュウさんに何の用でしょうか?」
「ソードという男を倒した時に奴が言っていたんだ。ミュウという剣士は自分以上だと。それを聞いていてもたってもいられなくなってな」
(ソードさんを倒したですって? ……もしかして、赤の王国との戦いでソードさんを倒したのはこの男!? ……だとしたら、ミュウさんやキッド君の前に現れる前に、私が今ここで倒しておくまで!)
ルイセは無言で双剣を抜いて構えた。
「やる気になってくれているようだが、もしかしてお前がミュウか?」
「違いますよ。ただ、あなたとミュウさんを会わせるつもりはないだけです」
ラプトは背中に大剣サイズの剣を二本も背負っているが、まだそれを抜いてもしない。だが、ルイセは相手が構えるのを待つつもりなどなかった。どうやってソードを倒したのかわからないが、それが事実ならば手加減や様子見をしている余裕がある相手ではないことはわかる。そのため、いきなり全力でいくつもりだった。
(闇の虜囚が使えればよかったのですが、空には雲もなく月が出ていて使えません。ですが、幻影刃なら十分使える暗さ!)
魔法発動の声をつぶやくと、幻影を残してルイセは闇に紛れる。
(まずは足の筋を斬って動きを封じます。詳しいことはそれから聞き出せばいいこと!)
魔法で自分の姿に闇を重ねたルイセはラプトの背後を取り、二本の刃でラプトの脚に斬り付けた。以前にティセには特異な方法で接近を察知されたが、普通の人間が初見でこの攻撃を防ぐのは至難の業。
ルイセの双剣がラプトの脚へと食い込んだ。
しかし、ラプトの足の筋に到達するまでにルイセの刃の勢いがみるみる減退する。
ラプトの鍛え上げた筋肉が、鎧のようにルイセの刃を受け止めていた。
(判断を誤ったか!? 首を狙うべきでしたか!)
ルイセがさらに刃に力を込める前に、ラプトの足が回し蹴りがルイセに襲い掛かる。
(くっ!)
ルイセはそれ以上斬り付けるのを諦め、ティセの時にしたように、自ら飛んでダメージを受け流そうとする。だが、ラプトの蹴りはティセの時以上の速さと衝撃だった。
ルイセは脇に蹴りを受け大きく跳ね飛ばされる。
(しまった!?)
転がりながら起き上がったルイセは脇腹を押さえる。
(肋骨を何本かやられました。動きを封じるのではなく、頸動脈を狙うべきでした……)
今更後悔しても遅かった。武器を握ったまま跳んだので、まだルイセの手に武器はあるが、肋骨が折れたせいで呼吸は荒く、間違いなく動きにも影響が出てくる。
「なかなかの使い手だな」
ラプトは背中に×の字に背負った二本の剣に手を伸ばして、引き抜いた。どちらの剣も大剣に近い長さにもかかわらず、それぞれ片手で悠々と構える。
(剣も抜いてない相手にこのざまとは……これは私の最大のミスかもしれませんね)
ルイセの背中に冷たい汗が流れた。
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御伽噺といってしまえばそれまでだが、この島の人間なら誰もが知っている話だった。
赤の王国の魔導士ルージュは、いつの頃からか国の者から「赤の導士」と呼ばれるようになり、自分こそが最高の魔導士であるという自負とともに、自らもその二つ名を名乗るようになっていた。
「ルージュ様、野営地の隅から隅まで探したのですが、やはりラプト様の姿は見当たりません」
赤の王国野営地の本部天幕で、部下からの報告を受けたルージュは、美麗な顔を怒りにゆがめて部下を睨みつける。
この部下が悪いわけではないとわかっていても、つい顔に出てしまうのはルージュの悪い癖だった。
「……もう一度探してもらえるかしら」
「は、はい……」
部下の顔はこれ以上何度探しても同じですよと言いたげだったが、ルージュはそれを咎めることもなく、また逆に指示を撤回することもなく、命令を遂行させるために下がらせた。
「はあ……あのバカ武人はどこへ行ったのやら」
紅の髪と紅の瞳を持つ美女ルージュは、一人になると、憂いを帯びた表情でため息をつく。
彼女が部下に探させているのはラプト。一騎打ちにてソードを倒した男だった。
ルージュは赤の王国の宮廷魔導士にして軍師。ラプトはそのルージュが見つけてきて、赤の王国の将へと取り立てた男だった。
部隊を指揮する能力ではまだまだ未熟なとこがあるが、個の力だけを見ればラプト以上の戦士をルージュは知らない。ルージュの推薦を受けたラプトが、その力を証明するため、女王の前で赤の王国の名だたる騎士達を一蹴して見せた時のことをルージュは今でも思い出す。
今回の紺の王国との戦いにおいても、ルージュの竜王破斬撃の後、敵将ソードをラプトが打ち倒したことは勝利に大きく貢献していた。もしあそこでラプトがソードを止めてくれなかったら、部隊を立て直され、ああも簡単に勝てなかったことはルージュも認識している。
紺の王国との戦いにおいて、ラプトは欠くことのできない男だった。
「だというのに、そのラプトはどこにいったのよ、もう!」
戦いを終えて以降、ラプトは姿を消していた。
もともと地位や名誉や金のために赤の王国に仕えた男ではない。
より強い相手と戦える、そう言ってルージュに誘われたからついてきた男だ。その目的が果たせないとなったら、躊躇いもなく赤の王国を離れかねない。ラプトとはルージュでも縛ることのできない男だった。
「ラプトがいないんじゃ、下手に仕掛けられないじゃないのよ……」
思い通りに動いてくれない最強の部下のことを考えると、ルージュは頭が痛くなる。彼女は疲れたように椅子に深く座って項垂れた。
最初の戦いを終えて以降、赤の王国軍が紺の王国軍に攻撃を仕掛けていないのは、実のところこのラプト不在によるものだった。
◆ ◆ ◆ ◆
紺の王国では、残ったルイセが援軍の準備を着々と進めていた。
赤の王国以外に紺の王国が国境を接するのは、緑の公国と白の聖王国の二カ国。緑の公国とは同盟関係にあり、白の聖王国も先の外交交流を見る限り早急に軍事行動を取ってくる可能性は低い。そのため、王都には防衛に必要な最低限の兵だけを残して、援軍は十分な兵を送ることとなっている。
そのこともあり、ルイセの仕事はなかなかに多忙だった。それでも、昼の激務を終えたルイセは、夜になりようやく部屋に戻ってきた。
やれやれと軍服を脱いで楽になろうとしたところで、ルイセは城の外に明らかな敵意を感じ取った。
(……またですか)
つい最近似たようなことがあったことをルイセは思い出す。
だが、今回はあの時とは違っていた。あの時のティセは殺気を振りまき、こちらが出ていくのを待っている状態だったが、今度の敵意は明らかに城内へと近づいてきている。
(この感じはティセさんではありませんね。ですが、おそらくは相当の使い手……)
ルイセは武器を手に取ると、急いで部屋から飛び出した。
しばし敵意に向かって駆けたところで、ルイセは二階の窓から中庭にいる人影に気付く。
(見つけた!)
ルイセは躊躇いもなく二階の窓から身をひるがえし、ほとんど音もさせずに着地した。
ルイセの存在に気付いた相手に向かい、ルイセは厳しい視線を向ける。
「何者ですか!?」
「俺の名はラプト。……ちょうとよかった。中に入ったはいいが、道に迷っていたところだ。……ミュウという者のところへ案内してくれないか?」
ルイセの鋭い誰何の声にも相手は慌てた様子さえ見せなかった。
180cmを超える体躯の男で、袖の短い服からのぞく腕はまるで鋼のようだ。長い黒髪は無造作に伸び、前髪も伸びすぎたのか片目が隠れてみえる。隠れていない切れ長の目は鋭く、黒い瞳の中には野性味とともに思慮深い戦略家を思わせる知性の光も蓄えている。
「ミュウさんに何の用でしょうか?」
「ソードという男を倒した時に奴が言っていたんだ。ミュウという剣士は自分以上だと。それを聞いていてもたってもいられなくなってな」
(ソードさんを倒したですって? ……もしかして、赤の王国との戦いでソードさんを倒したのはこの男!? ……だとしたら、ミュウさんやキッド君の前に現れる前に、私が今ここで倒しておくまで!)
ルイセは無言で双剣を抜いて構えた。
「やる気になってくれているようだが、もしかしてお前がミュウか?」
「違いますよ。ただ、あなたとミュウさんを会わせるつもりはないだけです」
ラプトは背中に大剣サイズの剣を二本も背負っているが、まだそれを抜いてもしない。だが、ルイセは相手が構えるのを待つつもりなどなかった。どうやってソードを倒したのかわからないが、それが事実ならば手加減や様子見をしている余裕がある相手ではないことはわかる。そのため、いきなり全力でいくつもりだった。
(闇の虜囚が使えればよかったのですが、空には雲もなく月が出ていて使えません。ですが、幻影刃なら十分使える暗さ!)
魔法発動の声をつぶやくと、幻影を残してルイセは闇に紛れる。
(まずは足の筋を斬って動きを封じます。詳しいことはそれから聞き出せばいいこと!)
魔法で自分の姿に闇を重ねたルイセはラプトの背後を取り、二本の刃でラプトの脚に斬り付けた。以前にティセには特異な方法で接近を察知されたが、普通の人間が初見でこの攻撃を防ぐのは至難の業。
ルイセの双剣がラプトの脚へと食い込んだ。
しかし、ラプトの足の筋に到達するまでにルイセの刃の勢いがみるみる減退する。
ラプトの鍛え上げた筋肉が、鎧のようにルイセの刃を受け止めていた。
(判断を誤ったか!? 首を狙うべきでしたか!)
ルイセがさらに刃に力を込める前に、ラプトの足が回し蹴りがルイセに襲い掛かる。
(くっ!)
ルイセはそれ以上斬り付けるのを諦め、ティセの時にしたように、自ら飛んでダメージを受け流そうとする。だが、ラプトの蹴りはティセの時以上の速さと衝撃だった。
ルイセは脇に蹴りを受け大きく跳ね飛ばされる。
(しまった!?)
転がりながら起き上がったルイセは脇腹を押さえる。
(肋骨を何本かやられました。動きを封じるのではなく、頸動脈を狙うべきでした……)
今更後悔しても遅かった。武器を握ったまま跳んだので、まだルイセの手に武器はあるが、肋骨が折れたせいで呼吸は荒く、間違いなく動きにも影響が出てくる。
「なかなかの使い手だな」
ラプトは背中に×の字に背負った二本の剣に手を伸ばして、引き抜いた。どちらの剣も大剣に近い長さにもかかわらず、それぞれ片手で悠々と構える。
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