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第39話 最後の刺客

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「はぁー、はぁー」

 生徒会室に走り込んでくるなり、副会長はその場で犬のように荒く口で呼吸し出した。

「どうしたのよ? やっと戻って来たと思ったら、帰ってくるなりそんなに息切らせて……ってあなた、いつの間にかずいぶんボロボロになってるけど、何かあったの?」

 麗奈は怪訝そうな視線を上下させ、埃まみれで白くなっている副会長の制服をみやる。

「い、いえ! 何もありません! 天地神明に誓って!」
「そんなにムキにならなくても……。それより、腹原操とあなたの推薦した文学部はどうなったの?」

 どう見ても副会長の慌てぶりは普通ではなかったが、麗奈にはあえてそのことを追求する気はなかった。彼女には金魚のフンのごとき部下のことよりも、重要な問題が山積しているのだから。

「文学部の美少女仮面はかなり頑張って相手を苦しめたんですけど……」
「な、何? その美少女仮面って?」

 聞き流したくとも、聞き流せないほどの訳がわからない恥ずかしい言葉を受け、思わず副会長の話を遮った。副会長はその質問にしどろもどろになる。

「いっ!? そ、それはともかくとして、とにかく文学部は健闘したんですけど、敵の卑怯な技の前に惜しくも涙を飲む結果となりまして……」
「ようするに負けたのね」

 麗奈の視線は冷たかった。副会長はしゅんと肩を落とす。

「……はい。そういうことです」
「はぁ。全く役に立たない人達ばかりねぇ。……でも、あなた、まるで見て来たみたいに話すけど、近くで見ていたの?」

「いっ。そ、それは……そんな気がするなーってことで……」

 その質問に副会長は再びしどろもどろになる。

「なんか怪しいわねぇ」
「あ、怪しくありませんよ。フリーメイソンくらい怪しくないですよ」

「それって滅茶苦茶怪しいんだけど……まぁ、いいわ。それよりも次の策を考えないと」
「次の策も何も、こうなったら秘密兵器であるこの私が出るしかないでしょう」

 その言葉は麗奈のものでも、副会長のものでもなかった。それは、最後に一人残ったクラブマスター──落研会長のもの。

 背丈は標準だが、横は普通以上。中年太りのように出たおなかが、制服を窮屈そうに見せている。顔はダラしない感じだが、どことなく不敵な笑みを始終浮かべている。

「秘密兵器って、誰がそんなこと決めたのよ」
「それはともかく、私が出るからには大船に乗った気持ちでいてください」

 落研会長は、胸をポンと叩きつつ、麗奈達の前に通って扉の方に歩いて行く。

「……ドロ船でなきゃいいけどね」
「はっはっは。そりゃおもしろい。ですが、大丈夫です。私の船はきらびやかな豪華客船。言うなれば、タイタニック号です」

「それじゃどっちにしろ沈むでしょうが!」
「はっはっは。それもそうですな」

 馬鹿な笑い声を上げながら落研の男は生徒会室の扉を開け、廊下に出て行った。

「……会長、あんなのでホントに大丈夫なんでしょうか?」
「さぁ? でも、あれはあなたが連れて来たんでしょ?」

 その言葉を受け、副会長は目を大きく見開き、首と両手をブンブン横に振る。

「とんでもない! あんな人、私は知りませんよ。会長が連れて来られたんじゃないんですか?」

「私だってあんなの呼んだ覚えないわよ!」

「じゃあ、あの人、なんでここにいたんでしょう?」

「…………」
「…………」

 麗奈と副会長は二人そろって首をひねった。

「……それと、各クラブの予算書見ていて、もう一つ気になることを見つけたのよ」
「どうしたんですか?」

「うちの学校には落語研究会って存在していないのよ」

 麗奈は予算書をペラペラペラってめくってクラブの名前を確認するが、やっぱり落語研究会の名前はない。部員が一人しかいないようなクラブや同好会でも、とりあえずここに名前くらいは書かれているはずなのに。

「へっ? でも、あの人、落研の会長だって言ってませんでしたっけ?」
「そう。確かにそう言ってたのよ。だから、不思議なのよねぇ」

 考えれば考えるほど、二人の疑問は深まるばかりだった。
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