上 下
27 / 47

第27話 哲学フィールド

しおりを挟む
「わざわざ自分のクラブを言うってことは、あんたも生徒会長に命令されて来た類か?」
「いえいえ。私は人の命令で動いたりはしませんよ」
「だったら、何しに来たのよ?」

 不幸の手紙を見た後の盟子の視線は、言葉以上に鋭い。

「いえ。ちょっとあなた方と一緒に、真理の探求でもしようかと思いましてね」
「……悪いが俺達は先を急いでいるんだ。あんたのクラブ活動につきあっているほど暇じゃない」
「世の中に、確実に存在するものってあると思います?」

 話を無視したいきなりの発言に、彼方達は顔を見合わせ、互いにクエスチョンマークを浮かべ合う。

「だから、何度も言うが俺達は急いで──」
「たとえば、この廊下や壁や下駄箱、そして教室。ひいてはこの校舎や校庭。それらは本当に存在しているんでしょうか?」

 にこやなか顔のわりに、人の話を聞かない上、堂々と言葉を遮る学。
 そのことも困ったものだが、彼の言葉の内容はもっとやっかいであるかもしれない。街角で、「あなたの幸せを祈らせてください」などといきなり声をかけられたのと同じようなやっかいさがそこにはある。俺にはあんたの言ってること(やりたいこと)がよくわからん、やりたいならあんた一人でやってくれ──というやつだ。
 彼方はうなだれつつ両手を広げて肩をすくめてみせる。

「どう思われます? 本当に存在しているのでしょうか?」

 なおもしつこい学。彼方は無視して行こうとしたが、それより先に盟子が口を開いた。

「何言ってるのよ。そんなの当たり前でしょ! 現にあたし達はこうして足を踏みしめているし、触ることもできるのよ。もしもそういったものが本当はないんだとしたら、あたし達が今踏みしめているものは何? 触っているものは何んだっていうの!?」

 まだ怒りの収まらない盟子には無視することはできなかったようだ。憤りの矛先を学に向けて、少しでも憂さ晴らしをしたいのか、その口調は八つ当たり気味。

「しかし、幻覚という可能性は考えられませんか? それに、あなた方は夢を見たことはありませんか?」
「そんなのあるに決まってるじゃない!」

「では、その中で学校の夢を見たことはありますか?」
「私はありますよ~」

 とろりんも話に加わってきた。彼女にはこの問答もなぞなぞ感覚なのかもしれない。

「あたしだってあるわよ」
「僕だってそのくらいありますよ」

 品緒まで楽しげに参戦してきた。だが、こんなことしてる場合なのか?という思いの彼方は、その輪から少し離れ、結局何が言いたいんだよ!と言いたげな苛立ちの視線を学に向けている。もっとも、そのあからさまな視線に気づいているはずの学は、全く気にした素振りを見せずに訳のわからない話を続けて行くが。

「その夢の中では校舎は存在していましたよね」
「もちろんです~」

「では、夢から冷めた時、そこに校舎は存在していましたか?」
「夢なんだからあるわけないだろ」

 つっけんどんにそう言うのは彼方。別にとろりんのように自分も参加したくなった訳ではない。無駄話にいい加減に痺れをきらし、話を終わらせるために口を挟んできたのだ。
 彼方の言葉に、盟子や品緒も、当然のことだと言いたげな顔でうなずく。

「そうですよね。では、聞きますが、今、あなた方が現実だと思っているこれが夢だとしたらどうします? そうだとした時、ここにあるものがちゃんと存在していると言い切れますか?」
「…………」

 今度も即答して、もう話を終わらせてやろう。そう思った彼方だが、しばし考えて、それができない自分に気づく。

「そう言われると……」

 彼方だけでなく盟子達にも言い返す言葉がなかった。
 当たり前、当たり前と来たところにこの展開。今度の言葉も論理的にはつじつまがあっており、当たり前と言うことができる。だが、それを当たり前としてしまうのは、常識的な感覚としては、大いに抵抗があった。

「私が知る限り、本人の自覚において、覚醒と睡眠とを区別することができる何か印のようなものは存在していません。そうだとすると、私達は夢と現実とを区別することは全くの不可能だということです。目が覚めて、あれは夢だったのだと後から知る以外には」
「た、確かに……」

 彼方達が学の意見を認めてしまった時、変化が起こった。彼らは急に闇に包み込まれた。いや、闇に包み込まれたという表現は適切ではない。正しくは、一瞬にして下駄箱や廊下という外界のものが消え去り、その結果何もないものがそこに残った。それは何もないが故に光を反射することもなく闇に見えた──と言うべきであろう。

「こ、これはどういうことだ?」

 何もない足元。上も下も分からない空間にただ浮かんでいる。
 彼方、盟子、とろりん、品緒、波佐見。その五人の姿は見ることができるが、何故か学の姿は消えている。

『哲学フィールドへようこそ』

 それは学の声だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

月夜の理科部

嶌田あき
青春
 優柔不断の女子高生・キョウカは、親友・カサネとクラスメイト理系男子・ユキとともに夜の理科室を訪れる。待っていたのは、〈星の王子さま〉と呼ばれる憧れの先輩・スバルと、天文部の望遠鏡を売り払おうとする理科部長・アヤ。理科室を夜に使うために必要となる5人目の部員として、キョウカは入部の誘いを受ける。  そんなある日、知人の研究者・竹戸瀬レネから研究手伝いのバイトの誘いを受ける。月面ローバーを使って地下の量子コンピューターから、あるデータを地球に持ち帰ってきて欲しいという。ユキは二つ返事でOKするも、相変わらず優柔不断のキョウカ。先輩に贈る月面望遠鏡の観測時間を条件に、バイトへの協力を決める。  理科部「夜隊」として入部したキョウカは、夜な夜な理科室に来てはユキとともに課題に取り組んだ。他のメンバー3人はそれぞれに忙しく、ユキと2人きりになることも多くなる。親との喧嘩、スバルの誕生日会、1学期の打ち上げ、夏休みの合宿などなど、絆を深めてゆく夜隊5人。  競うように訓練したAIプログラムが研究所に正式採用され大喜びする頃には、キョウカは数ヶ月のあいだ苦楽をともにしてきたユキを、とても大切に思うようになっていた。打算で始めた関係もこれで終わり、と9月最後の日曜日にデートに出かける。泣きながら別れた2人は、月にあるデータを地球に持ち帰る方法をそれぞれ模索しはじめた。  5年前の事故と月に取り残された脳情報。迫りくるデータ削除のタイムリミット。望遠鏡、月面ローバー、量子コンピューター。必要なものはきっと全部ある――。レネの過去を知ったキョウカは迷いを捨て、走り出す。  皆既月食の夜に集まったメンバーを信じ、理科部5人は月からのデータ回収に挑んだ――。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【画像あり】転生双子の異世界生活~株式会社SETA異世界派遣部・異世界ナーゴ編~

BIRD
ファンタジー
【転生者モチ編あらすじ】 異世界を再現したテーマパーク・プルミエタウンで働いていた兼業漫画家の俺。 原稿を仕上げた後、床で寝落ちた相方をベッドに引きずり上げて一緒に眠っていたら、本物の異世界に転移してしまった。 初めての異世界転移で容姿が変わり、日本での名前と姿は記憶から消えている。 転移先は前世で暮らした世界で、俺と相方の前世は双子だった。 前世の記憶は無いのに、時折感じる不安と哀しみ。 相方は眠っているだけなのに、何故か毎晩生存確認してしまう。 その原因は、相方の前世にあるような? 「ニンゲン」によって一度滅びた世界。 二足歩行の猫たちが文明を築いている時代。 それを見守る千年の寿命をもつ「世界樹の民」。 双子の勇者の転生者たちの物語です。 現世は親友、前世は双子の兄弟、2人の関係の変化と、異世界生活を書きました。 画像は作者が遊んでいるネトゲで作成したキャラや、石垣島の風景を使ったりしています。 AI生成した画像も合成に使うことがあります。 編集ソフトは全てフォトショップ使用です。 得られるスコア収益は「島猫たちのエピソード」と同じく、保護猫たちのために使わせて頂きます。 2024.4.19 モチ編スタート 5.14 モチ編完結。 5.15 イオ編スタート。 5.31 イオ編完結。 8.1 ファンタジー大賞エントリーに伴い、加筆開始 8.21 前世編開始 9.14 前世編完結 9.15 イオ視点のエピソード開始 9.20 イオ視点のエピソード完結 9.21 翔が書いた物語開始

しゅうきゅうみっか!-女子サッカー部の高校生監督 片桐修人の苦難-

橋暮 梵人
青春
幼少の頃から日本サッカー界の至宝と言われ、各年代別日本代表のエースとして活躍し続けてきた片桐修人(かたぎり しゅうと)。 順風満帆だった彼の人生は高校一年の時、とある試合で大きく変わってしまう。 悪質なファウルでの大怪我によりピッチ上で輝くことが出来なくなった天才は、サッカー漬けだった日々と決別し人並みの青春を送ることに全力を注ぐようになる。 高校サッカーの強豪校から普通の私立高校に転入した片桐は、サッカーとは無縁の新しい高校生活に思いを馳せる。 しかしそんな片桐の前に、弱小女子サッカー部のキャプテン、鞍月光華(くらつき みつか)が現れる。 「どう、うちのサッカー部の監督、やってみない?」 これは高校生監督、片桐修人と弱小女子サッカー部の奮闘の記録である。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...