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第6話 邂逅
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六時間の授業を終え、ようやく放課後。彼方は第二のわが家である天文部の部室へと一週間ぶりに向かった。
「品緒と一緒に授業を受けてるだけで、なんか疲れた気がする……。部室でリフレッシュするか」
軽く伸びをしながら廊下を進む彼方。だが、ふと横手の階段の上から視線を感じ、伸びをして手を挙げたままの格好で首だけを横に向ける。
階段の真ん中あたりで静止していた女生徒と一瞬視線が合った。
なんとも言えない眼差しだった。自分の方を見ている。だが、憧れの眼差しとかそういった好意的な類(たぐい)の視線ではない。また、睨みつけるような敵意ある視線でもない。それは、非常に冷めた眼差し。そこから何か感情的な部分を読みとるのが非常に困難な、無機質な瞳だった。
彼方はその眼差しを向ける女生徒を知っていた。容姿端麗、頭脳明晰で知られる生徒会長の秋月麗奈。父が代議士で母が大学病院の女医という、子供にしてみればなんともプレッシャーのかかる家族構成にもかかわらず、常に学年トップの成績をとり続けているというのは有名な話。
そういう家柄と成績により生徒会長の地位についたように学園外の者には思われがちだが、事実はそうではない。彼女は自己主張するタイプではなく、自ら進んで生徒会長に立候補したりはしない。その真面目さと、頼み事をされればはどんなことでも献身的に力になってくれる優しさ、それが皆の信頼を集め、自然と生徒会長に推されることとなったのだ。生徒会長になった後も、彼女の手腕は皆の期待を裏切ることなく、生徒達と教師達の橋渡し役になっていた。
だが、彼方はそんな彼女に一抹の不安を抱いてもいた。それは彼女が生徒会長であることに対してではない。生徒会長としての頑張りは彼方も認めている──というか、むしろ尊敬しさえする。彼方が心配しているのは、彼女が自己犠牲がすぎるのではないかということ。彼方には、彼女がまるで自分を殺してまで働いているように見えてならない。現に、小・中と同じ学校に通っていた彼方には、今の彼女は彼方の知っている昔の彼女に比べて元気というか、精気みたいなものが薄れたように感じられる。
麗奈の視線の意味をはかりかねたその彼方が何か声をかけようかと思った時、麗奈は視線をすっと外し、何事もなかったかのように階段を降り始めた。そして、彼方のことなどまるで目に入っていないかのような風で彼の横を通り過ぎて行く。
小学校の頃から知っているとはいえ、二人はそれほど親しい間柄ではなかった。特に同じクラスになることがなかった中学以降は。また、麗奈が塾通いのため授業終了後すぐに帰宅していたこともその理由の一つだ。もっとも、後者の理由は、彼方だけでなく、ほかの誰とも彼女が親しく付き合えないでいることの理由でもあるが。
彼方は伸びを途中で止めた不自然な姿勢のままで立ち止まっていた。だが、通り過ぎて行く麗奈から自分を気にする素振りを全く感じられなかったため、声かけられずにただ彼女を見送る。麗奈が廊下を曲がり、その姿が見えなくなってしまうまで。
深く考えるのをやめた彼方は、気を取り直して再び部室に向かって歩き出した。三歩進んだところで、風紀委員から聞いた例の話を直接麗奈に確かめればよかったのだと気づいたが、今更追いかけて聞くのもどうか思い、そのまま歩みを続けることにした。
「品緒と一緒に授業を受けてるだけで、なんか疲れた気がする……。部室でリフレッシュするか」
軽く伸びをしながら廊下を進む彼方。だが、ふと横手の階段の上から視線を感じ、伸びをして手を挙げたままの格好で首だけを横に向ける。
階段の真ん中あたりで静止していた女生徒と一瞬視線が合った。
なんとも言えない眼差しだった。自分の方を見ている。だが、憧れの眼差しとかそういった好意的な類(たぐい)の視線ではない。また、睨みつけるような敵意ある視線でもない。それは、非常に冷めた眼差し。そこから何か感情的な部分を読みとるのが非常に困難な、無機質な瞳だった。
彼方はその眼差しを向ける女生徒を知っていた。容姿端麗、頭脳明晰で知られる生徒会長の秋月麗奈。父が代議士で母が大学病院の女医という、子供にしてみればなんともプレッシャーのかかる家族構成にもかかわらず、常に学年トップの成績をとり続けているというのは有名な話。
そういう家柄と成績により生徒会長の地位についたように学園外の者には思われがちだが、事実はそうではない。彼女は自己主張するタイプではなく、自ら進んで生徒会長に立候補したりはしない。その真面目さと、頼み事をされればはどんなことでも献身的に力になってくれる優しさ、それが皆の信頼を集め、自然と生徒会長に推されることとなったのだ。生徒会長になった後も、彼女の手腕は皆の期待を裏切ることなく、生徒達と教師達の橋渡し役になっていた。
だが、彼方はそんな彼女に一抹の不安を抱いてもいた。それは彼女が生徒会長であることに対してではない。生徒会長としての頑張りは彼方も認めている──というか、むしろ尊敬しさえする。彼方が心配しているのは、彼女が自己犠牲がすぎるのではないかということ。彼方には、彼女がまるで自分を殺してまで働いているように見えてならない。現に、小・中と同じ学校に通っていた彼方には、今の彼女は彼方の知っている昔の彼女に比べて元気というか、精気みたいなものが薄れたように感じられる。
麗奈の視線の意味をはかりかねたその彼方が何か声をかけようかと思った時、麗奈は視線をすっと外し、何事もなかったかのように階段を降り始めた。そして、彼方のことなどまるで目に入っていないかのような風で彼の横を通り過ぎて行く。
小学校の頃から知っているとはいえ、二人はそれほど親しい間柄ではなかった。特に同じクラスになることがなかった中学以降は。また、麗奈が塾通いのため授業終了後すぐに帰宅していたこともその理由の一つだ。もっとも、後者の理由は、彼方だけでなく、ほかの誰とも彼女が親しく付き合えないでいることの理由でもあるが。
彼方は伸びを途中で止めた不自然な姿勢のままで立ち止まっていた。だが、通り過ぎて行く麗奈から自分を気にする素振りを全く感じられなかったため、声かけられずにただ彼女を見送る。麗奈が廊下を曲がり、その姿が見えなくなってしまうまで。
深く考えるのをやめた彼方は、気を取り直して再び部室に向かって歩き出した。三歩進んだところで、風紀委員から聞いた例の話を直接麗奈に確かめればよかったのだと気づいたが、今更追いかけて聞くのもどうか思い、そのまま歩みを続けることにした。
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