上 下
87 / 117

第87話 待ち合わせ

しおりを挟む
 オフ会は、中間地点である俺とクマサンの住んでいる地域で行われることになった。
 待ち合わせ場所は、俺がたまに訪れる駅の大きな広場。その人通りの多さが、俺の居心地を悪くしている。
 そもそも、服を選ぶところからして既に難易度の高いクエストだった。
 仕事に着ていっていたよれたスーツを着ていくわけにもいかない。

 結局、俺が選んだのは、黒のシンプルな長袖シャツ。少し厚手で柔らかい生地は、黒のもつ堅苦しさを緩和してくれるに違いない。シャツの下には白いシャツを合わせている。襟元から覗く白色がきっと清潔感を少しは出してくれるに違いない。
 ズボンはダークグレーの細身のデニム。とりあえずデニムを履いておけば、間違いはないだろう。あと、動きややすさも重視している。万が一、オフ会の途中で異世界に召喚されるようなことがあっても、多少は戦える。
 足もとは黒と白のナイキのスニーカー。試しに店で履いてみたら足にぴったりなのに指も痛くなく、即購入を決めたお気に入りのシューズだ。

 そんな格好で、今、俺は駅前の時計台の下で皆を待っている。
 しばらく髪を切りに行けず伸びた髪は、適当に櫛を通しただけだ。片方に流れた前髪が片目を隠し、なんだか陰キャ感が加速している気がして落ち着かない。

「俺を見て、そのまま帰られないといいんだけど……」

 そんな不安を漏らしながら、俺は頻繁にスマホを確認する。
 ラインには、俺が着いたことを告げるメッセージだけが表示されていて、ほかには誰の反応もない。どうやら俺が一番乗りのようだ。もしかして、遠目で俺の姿を確認してからそっと帰られるのでは、と妙な想像が頭をよぎる。
 さらに、同じように誰かと待ち合わせをしているのであろう、金髪で首や手首にチェーンを巻いた、見た目からして苦手のタイプの女性が、俺のほうに何度も睨むような視線を向けてきていて、ますます居心地が悪くなる。同じ場所を待ち合わせにしているかもしれない。先に陣取ってしまった俺に対して、「どけ」とばかりに圧をかけてきているのだろうか?
 だが、俺もこの場所を動くわけにはいかない。ここで待っていないと、ほかのみんなを混乱させてしまいかねないのだから。

「……でも、誰か早く来てくれないかなぁ」

 そんな願いを口にしときだった。

「ショウ、待たせちゃったかな?」

 一度聞いたら忘れない、鈴を転がしたような可愛らしい声。
 振り向けば、黒髪のショートヘアを風で少し揺らしながら、笑顔のクマサンが立っていた。クリーム色のふんわりとしたニットセーターの上に、薄手のブラウンのカーディガンを羽織っている。下は、ふくらはぎまでのグレーのチェック柄のスカートで、足もとは黒のストッキングとローファー。獣人クマサンと同一人物とは思えない、優しい感じの服装で、彼女の本当の性格がそのまま表れているようにさえ見えた。

「クマサン、俺もさっき着いたばかりだよ」
「ふふ。ラインで着いたってメッセージ見たから、いつ来たかはわかってるんだけどね」

 しまった。
 気を遣わせないように言ったつもりが、ただ恥をかいいだけだった。
 でも、クマサンはそれ以上そのことについて触れず、ただ優しく微笑んでくれている。こういうところが彼女らしい。これがもしメイだったら、すかさず色々とツッコミを入れてきたに違いない。

「ミコトさんとメイはまだみたいなんだ。二人と会うのは初めてだから、わかりやすいように服装をラインで伝えておいたほうがいいかな?」

 そう言って、俺は改めて自分の服装を見下ろしてみる。
 …………。
 しかし、この格好、色もなくモノトーンだけで洒落っ気も何もないというか……。
 自分のセンスに呆れながら、視線をクマサンの服装へと向けた。

「クマサンは今日も可愛いね」
「――――!?」

 気づけば、心の声が表に出てしまっていた。
 クマサンの驚いた表情を見て、俺はそのことに気づく。
 ――って、ちょっと待て。今の言い方だと、服装じゃなくてクマサン自身が可愛いって言ったように思われるんじゃないか!?

「あ、違うから! その服が可愛いってことだから!」

 慌てて訂正したが、これじゃあ服だけが可愛くて、クマサン自身が可愛くないってことにならないか!?

「いや、服だけじゃなくてクマサンも可愛いから! って、俺何言ってるんだ!?」
「…………」

 目の前のクマサンは、顔を赤くしてうつむいてしまった。
 それはそうだろう。ここは人のいる駅前の広場だ。そんなところで、一緒にいる男がテンパって何か騒いでいるんだ。恥ずかしくて顔を伏せるのも当然の反応だろう。

「ご、ごめん! 今日の俺、ちょっと変かもしれない……」

 言い訳にもならない言い訳を俺がしていると――

「もしかして、ショウさんですか?」

 背後から響いた軽やかな女の子の声に、思わず振り向く。
 そこに立っていたのは、まるで陽だまりのような明るさをまとった高校生くらいの少女だった。
 セミロングの黒髪は軽く外巻きにセットされていて、ふんわりと風に揺れている。目鼻立ちは整っていて、学生時代を思い返してもクラスに一人いるかどうかの可愛さだ。細い眉と大きな瞳はどちらもやや下がりぎみで、可愛らしさの上に優しさが添えられている。
 服装は、ベージュのカーディガンの下に白のリブニットを合わせ、シンプルながらも、彼女の若々しい輝きを引き立てている。下は深みのあるグリーンのプリーツスカートで、丈は少し短めの膝上だが、決していやらしさはなく、むしろ健康的な可愛らしさが際立っている。足もとは黒のスニーカーで、カジュアルさとおしゃれさのバランスが絶妙に思えた。

 俺にこんな若い女の子の知り合いがいただろうか? 少なくとも現実世界リアルにはいない。
 考えられる可能性は、ミコトさんとメイの二人だが、俺のことを「ショウさん」と呼んだことから考えると、目の前のこの女の子は――

「……もしかして、ミコトさん?」

 彼女の瞳がぱっと輝いた。

「はい! ショウさんは、ゲームのキャラクターの面影があったからすぐにわかりましたよ!」

 はぁ!?
 ゲームでの俺のキャラの見た目は、ニヒルなイケメン剣士風だ。自分で言うのもなんだが、全然似てはいないと思う。似てるところがあるとすれば、せいぜい髪の長さくらいか?
 これはミコトさんの流の冗談、あるいはお世辞のたぐいなのだろうか?

 しかし、今は俺のことなんてどうでもいい。
 それよりもミコトさんだ。

 彼女はゲーム内で男なら誰もが憧れる、明るくて優しくて冷静な判断力を持つ一流ヒーラーだ。あまりにも理想的すぎて、彼女の中身はきっと女の子を装っている男性プレイヤーだと思っていたし、もし女性だとしても、平日昼間のプレイ頻度からして主婦だろうと勝手に予想していた。
 それが、まさか、ゲームのキャラクター通りの若い女の子だなんて、そんなことがあっていいのか!?

 そこで俺は思い出す。
 見た目だけなら中学生だと言われても疑わないリアルのクマサンが、実は成人していたなんてことがあったことを。
 つまり、ミコトさんも見た目通りそのままの年齢とは限らないということだ。クマサンと同じようにすでに成人していて、さらに結婚もしているなんて可能性だって十分にあり得る。

「……ミコトさん、すごく若く見えるけど、実は成人してたりとか?」
「何言ってるんですか~、そんなわけないじゃないですか。一応、高校生ですよ?」

 見た目通りのリアルJKだったぁぁぁぁぁ!
 まじか!?
 俺ってJKと一緒に冒険して、楽しくおしゃべりしてたのかぁぁぁぁぁ!

 高校を卒業して以来、JKと接する機会なんてない生活をずっとしてきたと思っていた。だけど、実は気づかないところで、思いっきり接していたとは……。

「あっ、そちらはクマサンですね! うわぁ、声優されていた時の画像は何度も見てましたけど、実際に会うともっと可愛いんですね! 会えて嬉しいです! 握手してもらっていいですか?」

 ミコトさんは返事も待たずにクマサンの手を取って握手を交わしていた。
 そういえば、クマサンは、声優時代には顔出して活動していたんだった。ミコトさんがその頃の画像を見ていても不思議じゃない。
 クマサンは少し戸惑いながらも握手に応じていた。
 俺もファンだと言って握手してもらえば、クマサンの手を握ることができたのか……。
 今さらそんなこと後悔してしまう。

 とはいえ、これでミコトさんとは無事に会えたわけだ。心配していたが、ミコトさんがクマサンの顔を知っているのなら、見つけるのは難しくなかったのだろう。
 …………。
 ……あれ?
 ミコトさん、クマサンじゃなくて俺を最初に見つけて声かけてきてなかったっけ?

 そんな疑問がふと浮かんだが、それは些細な問題だ。
 あと、一人。メイとまだ出会えていない。
 まずはメイと無事に合流を果たすこと、それが今一番大事なことだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

目覚めた世界は異世界化? ~目が覚めたら十年後でした~

白い彗星
ファンタジー
十年という年月が、彼の中から奪われた。 目覚めた少年、達志が目にしたのは、自分が今までに見たことのない世界。見知らぬ景色、人ならざる者……まるで、ファンタジーの中の異世界のような世界が、あった。 今流行りの『異世界召喚』!? そう予想するが、衝撃の真実が明かされる! なんと達志は十年もの間眠り続け、その間に世界は魔法ありきのファンタジー世界になっていた!? 非日常が日常となった世界で、現実を生きていくことに。 大人になった幼なじみ、新しい仲間、そして…… 十年もの時間が流れた世界で、世界に取り残された達志。しかし彼は、それでも動き出した時間を手に、己の足を進めていく。 エブリスタで投稿していたものを、中身を手直しして投稿しなおしていきます! エブリスタ、小説家になろう、ノベルピア、カクヨムでも、投稿してます!

二度も親を失った俺は、今日も最強を目指す

SO/N
ファンタジー
主人公、ウルスはあるどこにでもある小さな町で、両親や幼馴染と平和に過ごしていた。 だがある日、町は襲われ、命からがら逃げたウルスは突如、前世の記憶を思い出す。 前世の記憶を思い出したウルスは、自分を拾ってくれた人類最強の英雄・グラン=ローレスに業を教わり、妹弟子のミルとともに日々修行に明け暮れた。 そして数年後、ウルスとミルはある理由から魔導学院へ入学する。そこでは天真爛漫なローナ・能天気なニイダ・元幼馴染のライナ・謎多き少女フィーリィアなど、様々な人物と出会いと再会を果たす。 二度も全てを失ったウルスは、それでも何かを守るために戦う。 たとえそれが間違いでも、意味が無くても。 誰かを守る……そのために。 【???????????????】 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー *この小説は「小説家になろう」で投稿されている『二度も親を失った俺は、今日も最強を目指す』とほぼ同じ物です。こちらは不定期投稿になりますが、基本的に「小説家になろう」で投稿された部分まで投稿する予定です。 また、現在カクヨム・ノベルアップ+でも活動しております。 各サイトによる、内容の差異はほとんどありません。

残念英雄のサエナイ様!〜ゲームの世界ならチートで無双できると思った?〜

瀬野 或
ファンタジー
〝召喚されたゲームの世界は、俺が知っている世界じゃなかった──〟  ステータスはゲームそのまま。これならきっとチート無双できる。  魔王? そんなのワンパン余裕だぜ。 ──そう、俺は思っていた。  だが、それは大きな勘違いだったんだ……。  剣なんて振ったことないし、魔法はどうやって発動する?  習得した剣技なんてもっての他だ──。  それでも俺は戦わなければならない……それが、【英雄】の運命だから。  【ロード・トゥ・イスタ】というMMORPGをソロで遊んでいた引きこもりの俺は、まさか自分が遊んでいたゲームの世界に召喚されるなんて思ってもいなかった。  自分の無力さを痛感しながらも、なにができるのか模索しながら、秋原礼央は【英雄レオ】として、この世界で苦悩しながら生きていく──。ゲーム世界召喚系ファンタジー作品。

男装の皇族姫

shishamo346
ファンタジー
辺境の食糧庫と呼ばれる領地の領主の息子として誕生したアーサーは、実の父、平民の義母、腹違いの義兄と義妹に嫌われていた。 領地では、妖精憑きを嫌う文化があるため、妖精憑きに愛されるアーサーは、領地民からも嫌われていた。 しかし、領地の借金返済のために、アーサーの母は持参金をもって嫁ぎ、アーサーを次期領主とすることを母の生家である男爵家と契約で約束させられていた。 だが、誕生したアーサーは女の子であった。帝国では、跡継ぎは男のみ。そのため、アーサーは男として育てられた。 そして、十年に一度、王都で行われる舞踏会で、アーサーの復讐劇が始まることとなる。 なろうで妖精憑きシリーズの一つとして書いていたものをこちらで投稿しました。

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron
ファンタジー
いつもの様にジムでトレーニングに励む主人公。 自身の記録を更新した直後に目の前が真っ白になる、そして気づいた時には異世界転移していた。 魔法の世界で魔力無しチート無し?己の身体(筋肉)を駆使して異世界を生き残れ!

オタクな母娘が異世界転生しちゃいました

yanako
ファンタジー
中学生のオタクな娘とアラフィフオタク母が異世界転生しちゃいました。 二人合わせて読んだ異世界転生小説は一体何冊なのか!転生しちゃった世界は一体どの話なのか! ごく普通の一般日本人が転生したら、どうなる?どうする?

第三王子に転生したけど、その国は滅亡直後だった

秋空碧
ファンタジー
人格の九割は、脳によって形作られているという。だが、裏を返せば、残りの一割は肉体とは別に存在することになる この世界に輪廻転生があるとして、人が前世の記憶を持っていないのは――

処理中です...