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第87話 待ち合わせ
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オフ会は、中間地点である俺とクマサンの住んでいる地域で行われることになった。
待ち合わせ場所は、俺がたまに訪れる駅の大きな広場。その人通りの多さが、俺の居心地を悪くしている。
そもそも、服を選ぶところからして既に難易度の高いクエストだった。
仕事に着ていっていたよれたスーツを着ていくわけにもいかない。
結局、俺が選んだのは、黒のシンプルな長袖シャツ。少し厚手で柔らかい生地は、黒のもつ堅苦しさを緩和してくれるに違いない。シャツの下には白いシャツを合わせている。襟元から覗く白色がきっと清潔感を少しは出してくれるに違いない。
ズボンはダークグレーの細身のデニム。とりあえずデニムを履いておけば、間違いはないだろう。あと、動きややすさも重視している。万が一、オフ会の途中で異世界に召喚されるようなことがあっても、多少は戦える。
足もとは黒と白のナイキのスニーカー。試しに店で履いてみたら足にぴったりなのに指も痛くなく、即購入を決めたお気に入りのシューズだ。
そんな格好で、今、俺は駅前の時計台の下で皆を待っている。
しばらく髪を切りに行けず伸びた髪は、適当に櫛を通しただけだ。片方に流れた前髪が片目を隠し、なんだか陰キャ感が加速している気がして落ち着かない。
「俺を見て、そのまま帰られないといいんだけど……」
そんな不安を漏らしながら、俺は頻繁にスマホを確認する。
ラインには、俺が着いたことを告げるメッセージだけが表示されていて、ほかには誰の反応もない。どうやら俺が一番乗りのようだ。もしかして、遠目で俺の姿を確認してからそっと帰られるのでは、と妙な想像が頭をよぎる。
さらに、同じように誰かと待ち合わせをしているのであろう、金髪で首や手首にチェーンを巻いた、見た目からして苦手のタイプの女性が、俺のほうに何度も睨むような視線を向けてきていて、ますます居心地が悪くなる。同じ場所を待ち合わせにしているかもしれない。先に陣取ってしまった俺に対して、「どけ」とばかりに圧をかけてきているのだろうか?
だが、俺もこの場所を動くわけにはいかない。ここで待っていないと、ほかのみんなを混乱させてしまいかねないのだから。
「……でも、誰か早く来てくれないかなぁ」
そんな願いを口にしときだった。
「ショウ、待たせちゃったかな?」
一度聞いたら忘れない、鈴を転がしたような可愛らしい声。
振り向けば、黒髪のショートヘアを風で少し揺らしながら、笑顔のクマサンが立っていた。クリーム色のふんわりとしたニットセーターの上に、薄手のブラウンのカーディガンを羽織っている。下は、ふくらはぎまでのグレーのチェック柄のスカートで、足もとは黒のストッキングとローファー。獣人クマサンと同一人物とは思えない、優しい感じの服装で、彼女の本当の性格がそのまま表れているようにさえ見えた。
「クマサン、俺もさっき着いたばかりだよ」
「ふふ。ラインで着いたってメッセージ見たから、いつ来たかはわかってるんだけどね」
しまった。
気を遣わせないように言ったつもりが、ただ恥をかいいだけだった。
でも、クマサンはそれ以上そのことについて触れず、ただ優しく微笑んでくれている。こういうところが彼女らしい。これがもしメイだったら、すかさず色々とツッコミを入れてきたに違いない。
「ミコトさんとメイはまだみたいなんだ。二人と会うのは初めてだから、わかりやすいように服装をラインで伝えておいたほうがいいかな?」
そう言って、俺は改めて自分の服装を見下ろしてみる。
…………。
しかし、この格好、色もなくモノトーンだけで洒落っ気も何もないというか……。
自分のセンスに呆れながら、視線をクマサンの服装へと向けた。
「クマサンは今日も可愛いね」
「――――!?」
気づけば、心の声が表に出てしまっていた。
クマサンの驚いた表情を見て、俺はそのことに気づく。
――って、ちょっと待て。今の言い方だと、服装じゃなくてクマサン自身が可愛いって言ったように思われるんじゃないか!?
「あ、違うから! その服が可愛いってことだから!」
慌てて訂正したが、これじゃあ服だけが可愛くて、クマサン自身が可愛くないってことにならないか!?
「いや、服だけじゃなくてクマサンも可愛いから! って、俺何言ってるんだ!?」
「…………」
目の前のクマサンは、顔を赤くしてうつむいてしまった。
それはそうだろう。ここは人のいる駅前の広場だ。そんなところで、一緒にいる男がテンパって何か騒いでいるんだ。恥ずかしくて顔を伏せるのも当然の反応だろう。
「ご、ごめん! 今日の俺、ちょっと変かもしれない……」
言い訳にもならない言い訳を俺がしていると――
「もしかして、ショウさんですか?」
背後から響いた軽やかな女の子の声に、思わず振り向く。
そこに立っていたのは、まるで陽だまりのような明るさをまとった高校生くらいの少女だった。
セミロングの黒髪は軽く外巻きにセットされていて、ふんわりと風に揺れている。目鼻立ちは整っていて、学生時代を思い返してもクラスに一人いるかどうかの可愛さだ。細い眉と大きな瞳はどちらもやや下がりぎみで、可愛らしさの上に優しさが添えられている。
服装は、ベージュのカーディガンの下に白のリブニットを合わせ、シンプルながらも、彼女の若々しい輝きを引き立てている。下は深みのあるグリーンのプリーツスカートで、丈は少し短めの膝上だが、決していやらしさはなく、むしろ健康的な可愛らしさが際立っている。足もとは黒のスニーカーで、カジュアルさとおしゃれさのバランスが絶妙に思えた。
俺にこんな若い女の子の知り合いがいただろうか? 少なくとも現実世界にはいない。
考えられる可能性は、ミコトさんとメイの二人だが、俺のことを「ショウさん」と呼んだことから考えると、目の前のこの女の子は――
「……もしかして、ミコトさん?」
彼女の瞳がぱっと輝いた。
「はい! ショウさんは、ゲームのキャラクターの面影があったからすぐにわかりましたよ!」
はぁ!?
ゲームでの俺のキャラの見た目は、ニヒルなイケメン剣士風だ。自分で言うのもなんだが、全然似てはいないと思う。似てるところがあるとすれば、せいぜい髪の長さくらいか?
これはミコトさんの流の冗談、あるいはお世辞のたぐいなのだろうか?
しかし、今は俺のことなんてどうでもいい。
それよりもミコトさんだ。
彼女はゲーム内で男なら誰もが憧れる、明るくて優しくて冷静な判断力を持つ一流ヒーラーだ。あまりにも理想的すぎて、彼女の中身はきっと女の子を装っている男性プレイヤーだと思っていたし、もし女性だとしても、平日昼間のプレイ頻度からして主婦だろうと勝手に予想していた。
それが、まさか、ゲームのキャラクター通りの若い女の子だなんて、そんなことがあっていいのか!?
そこで俺は思い出す。
見た目だけなら中学生だと言われても疑わないリアルのクマサンが、実は成人していたなんてことがあったことを。
つまり、ミコトさんも見た目通りそのままの年齢とは限らないということだ。クマサンと同じようにすでに成人していて、さらに結婚もしているなんて可能性だって十分にあり得る。
「……ミコトさん、すごく若く見えるけど、実は成人してたりとか?」
「何言ってるんですか~、そんなわけないじゃないですか。一応、高校生ですよ?」
見た目通りのリアルJKだったぁぁぁぁぁ!
まじか!?
俺ってJKと一緒に冒険して、楽しくおしゃべりしてたのかぁぁぁぁぁ!
高校を卒業して以来、JKと接する機会なんてない生活をずっとしてきたと思っていた。だけど、実は気づかないところで、思いっきり接していたとは……。
「あっ、そちらはクマサンですね! うわぁ、声優されていた時の画像は何度も見てましたけど、実際に会うともっと可愛いんですね! 会えて嬉しいです! 握手してもらっていいですか?」
ミコトさんは返事も待たずにクマサンの手を取って握手を交わしていた。
そういえば、クマサンは、声優時代には顔出して活動していたんだった。ミコトさんがその頃の画像を見ていても不思議じゃない。
クマサンは少し戸惑いながらも握手に応じていた。
俺もファンだと言って握手してもらえば、クマサンの手を握ることができたのか……。
今さらそんなこと後悔してしまう。
とはいえ、これでミコトさんとは無事に会えたわけだ。心配していたが、ミコトさんがクマサンの顔を知っているのなら、見つけるのは難しくなかったのだろう。
…………。
……あれ?
ミコトさん、クマサンじゃなくて俺を最初に見つけて声かけてきてなかったっけ?
そんな疑問がふと浮かんだが、それは些細な問題だ。
あと、一人。メイとまだ出会えていない。
まずはメイと無事に合流を果たすこと、それが今一番大事なことだ。
待ち合わせ場所は、俺がたまに訪れる駅の大きな広場。その人通りの多さが、俺の居心地を悪くしている。
そもそも、服を選ぶところからして既に難易度の高いクエストだった。
仕事に着ていっていたよれたスーツを着ていくわけにもいかない。
結局、俺が選んだのは、黒のシンプルな長袖シャツ。少し厚手で柔らかい生地は、黒のもつ堅苦しさを緩和してくれるに違いない。シャツの下には白いシャツを合わせている。襟元から覗く白色がきっと清潔感を少しは出してくれるに違いない。
ズボンはダークグレーの細身のデニム。とりあえずデニムを履いておけば、間違いはないだろう。あと、動きややすさも重視している。万が一、オフ会の途中で異世界に召喚されるようなことがあっても、多少は戦える。
足もとは黒と白のナイキのスニーカー。試しに店で履いてみたら足にぴったりなのに指も痛くなく、即購入を決めたお気に入りのシューズだ。
そんな格好で、今、俺は駅前の時計台の下で皆を待っている。
しばらく髪を切りに行けず伸びた髪は、適当に櫛を通しただけだ。片方に流れた前髪が片目を隠し、なんだか陰キャ感が加速している気がして落ち着かない。
「俺を見て、そのまま帰られないといいんだけど……」
そんな不安を漏らしながら、俺は頻繁にスマホを確認する。
ラインには、俺が着いたことを告げるメッセージだけが表示されていて、ほかには誰の反応もない。どうやら俺が一番乗りのようだ。もしかして、遠目で俺の姿を確認してからそっと帰られるのでは、と妙な想像が頭をよぎる。
さらに、同じように誰かと待ち合わせをしているのであろう、金髪で首や手首にチェーンを巻いた、見た目からして苦手のタイプの女性が、俺のほうに何度も睨むような視線を向けてきていて、ますます居心地が悪くなる。同じ場所を待ち合わせにしているかもしれない。先に陣取ってしまった俺に対して、「どけ」とばかりに圧をかけてきているのだろうか?
だが、俺もこの場所を動くわけにはいかない。ここで待っていないと、ほかのみんなを混乱させてしまいかねないのだから。
「……でも、誰か早く来てくれないかなぁ」
そんな願いを口にしときだった。
「ショウ、待たせちゃったかな?」
一度聞いたら忘れない、鈴を転がしたような可愛らしい声。
振り向けば、黒髪のショートヘアを風で少し揺らしながら、笑顔のクマサンが立っていた。クリーム色のふんわりとしたニットセーターの上に、薄手のブラウンのカーディガンを羽織っている。下は、ふくらはぎまでのグレーのチェック柄のスカートで、足もとは黒のストッキングとローファー。獣人クマサンと同一人物とは思えない、優しい感じの服装で、彼女の本当の性格がそのまま表れているようにさえ見えた。
「クマサン、俺もさっき着いたばかりだよ」
「ふふ。ラインで着いたってメッセージ見たから、いつ来たかはわかってるんだけどね」
しまった。
気を遣わせないように言ったつもりが、ただ恥をかいいだけだった。
でも、クマサンはそれ以上そのことについて触れず、ただ優しく微笑んでくれている。こういうところが彼女らしい。これがもしメイだったら、すかさず色々とツッコミを入れてきたに違いない。
「ミコトさんとメイはまだみたいなんだ。二人と会うのは初めてだから、わかりやすいように服装をラインで伝えておいたほうがいいかな?」
そう言って、俺は改めて自分の服装を見下ろしてみる。
…………。
しかし、この格好、色もなくモノトーンだけで洒落っ気も何もないというか……。
自分のセンスに呆れながら、視線をクマサンの服装へと向けた。
「クマサンは今日も可愛いね」
「――――!?」
気づけば、心の声が表に出てしまっていた。
クマサンの驚いた表情を見て、俺はそのことに気づく。
――って、ちょっと待て。今の言い方だと、服装じゃなくてクマサン自身が可愛いって言ったように思われるんじゃないか!?
「あ、違うから! その服が可愛いってことだから!」
慌てて訂正したが、これじゃあ服だけが可愛くて、クマサン自身が可愛くないってことにならないか!?
「いや、服だけじゃなくてクマサンも可愛いから! って、俺何言ってるんだ!?」
「…………」
目の前のクマサンは、顔を赤くしてうつむいてしまった。
それはそうだろう。ここは人のいる駅前の広場だ。そんなところで、一緒にいる男がテンパって何か騒いでいるんだ。恥ずかしくて顔を伏せるのも当然の反応だろう。
「ご、ごめん! 今日の俺、ちょっと変かもしれない……」
言い訳にもならない言い訳を俺がしていると――
「もしかして、ショウさんですか?」
背後から響いた軽やかな女の子の声に、思わず振り向く。
そこに立っていたのは、まるで陽だまりのような明るさをまとった高校生くらいの少女だった。
セミロングの黒髪は軽く外巻きにセットされていて、ふんわりと風に揺れている。目鼻立ちは整っていて、学生時代を思い返してもクラスに一人いるかどうかの可愛さだ。細い眉と大きな瞳はどちらもやや下がりぎみで、可愛らしさの上に優しさが添えられている。
服装は、ベージュのカーディガンの下に白のリブニットを合わせ、シンプルながらも、彼女の若々しい輝きを引き立てている。下は深みのあるグリーンのプリーツスカートで、丈は少し短めの膝上だが、決していやらしさはなく、むしろ健康的な可愛らしさが際立っている。足もとは黒のスニーカーで、カジュアルさとおしゃれさのバランスが絶妙に思えた。
俺にこんな若い女の子の知り合いがいただろうか? 少なくとも現実世界にはいない。
考えられる可能性は、ミコトさんとメイの二人だが、俺のことを「ショウさん」と呼んだことから考えると、目の前のこの女の子は――
「……もしかして、ミコトさん?」
彼女の瞳がぱっと輝いた。
「はい! ショウさんは、ゲームのキャラクターの面影があったからすぐにわかりましたよ!」
はぁ!?
ゲームでの俺のキャラの見た目は、ニヒルなイケメン剣士風だ。自分で言うのもなんだが、全然似てはいないと思う。似てるところがあるとすれば、せいぜい髪の長さくらいか?
これはミコトさんの流の冗談、あるいはお世辞のたぐいなのだろうか?
しかし、今は俺のことなんてどうでもいい。
それよりもミコトさんだ。
彼女はゲーム内で男なら誰もが憧れる、明るくて優しくて冷静な判断力を持つ一流ヒーラーだ。あまりにも理想的すぎて、彼女の中身はきっと女の子を装っている男性プレイヤーだと思っていたし、もし女性だとしても、平日昼間のプレイ頻度からして主婦だろうと勝手に予想していた。
それが、まさか、ゲームのキャラクター通りの若い女の子だなんて、そんなことがあっていいのか!?
そこで俺は思い出す。
見た目だけなら中学生だと言われても疑わないリアルのクマサンが、実は成人していたなんてことがあったことを。
つまり、ミコトさんも見た目通りそのままの年齢とは限らないということだ。クマサンと同じようにすでに成人していて、さらに結婚もしているなんて可能性だって十分にあり得る。
「……ミコトさん、すごく若く見えるけど、実は成人してたりとか?」
「何言ってるんですか~、そんなわけないじゃないですか。一応、高校生ですよ?」
見た目通りのリアルJKだったぁぁぁぁぁ!
まじか!?
俺ってJKと一緒に冒険して、楽しくおしゃべりしてたのかぁぁぁぁぁ!
高校を卒業して以来、JKと接する機会なんてない生活をずっとしてきたと思っていた。だけど、実は気づかないところで、思いっきり接していたとは……。
「あっ、そちらはクマサンですね! うわぁ、声優されていた時の画像は何度も見てましたけど、実際に会うともっと可愛いんですね! 会えて嬉しいです! 握手してもらっていいですか?」
ミコトさんは返事も待たずにクマサンの手を取って握手を交わしていた。
そういえば、クマサンは、声優時代には顔出して活動していたんだった。ミコトさんがその頃の画像を見ていても不思議じゃない。
クマサンは少し戸惑いながらも握手に応じていた。
俺もファンだと言って握手してもらえば、クマサンの手を握ることができたのか……。
今さらそんなこと後悔してしまう。
とはいえ、これでミコトさんとは無事に会えたわけだ。心配していたが、ミコトさんがクマサンの顔を知っているのなら、見つけるのは難しくなかったのだろう。
…………。
……あれ?
ミコトさん、クマサンじゃなくて俺を最初に見つけて声かけてきてなかったっけ?
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