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第80話 最後のパフォーマンス

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 ステージでは3番目のパフォーマー、イングリッドが堂々と彼女の音楽を披露していた。イングリッドの情熱がこもった演奏と熱く震える歌声は、まるで火花が散るかのごとく観客を沸かせている。

「ショウ、この前は情けないところを見せてすまなかった。……それと、ありがとな」

 気づけば隣にメイが立っていた。彼女の言葉にはどこか照れくささが混ざっている。

「別にたいしたことはしてないよ」

 それは正直な気持ちだった。考えてみれば、今までメイが俺にしてくれたことは計り知れない。彼女が作り上げくれた包丁メイメッサ―、店を譲ってくれたこと、そしてインフェルノ戦でブレスの炎の中に飛び込んでまで俺を助けてくれたこと、それらに比べてれば、この前俺がしたことなんてほんの些細なことでしかない。

「……ああ、わかってる」

 どうやら礼を言いはしてくれたが、考え自体はメイも同じのようだ。
 お礼は言うけど借りを返したとは思うなよ、そういうことなんだろ。
 まぁ、その方がメイらしくて俺はいいと思う。

「……私を助けたなんて思ってない。当たり前のことをしたって思ってるだけなんだよな」

 隣でメイが何か呟いたようだが、客席からひときわ大きな歓声が上がり、彼女の声はよく聞き取れなかった。
 だが、そんなことより今は、ステージ上のイングッドに注目せざるを得ない。
 彼女は、スパゲティバリウスと呼ばれる高価なリュートを自在に操り、まるで踊るかのように回転させたり、宙に投げたりしながら、見事に演奏を続けている。大道芸人でもここまで派手なアクションはできないだろう。
 イングリッドがイベントによって身につけたこの特技は、ほかの吟遊詩人には真似のできない技だが、どうやら20箇所同時ライブの時よりも更に磨きがかかっていたようで、ひと際鮮やかだった。

「技の精度が上がってないか?」
「そんなの当然だろ。あの同時ライブの後、さらに特技練習を重ねたからな」

 特技練習だって? くそー! そんなものまであるのか!
 結局特技を一つも覚えられなかった俺は、特技練習なるものの存在を知らなかった。
 メイとイングリッドは、この終盤にきて、中音楽劇場でのライブだけでなく、まだ練習を重ねてきていたのか。
 25日目の予想順位ではイングリッドは3位だったが、27日目の同時ライブを見る限り、あの時点での人気はもっと落ちていたと見るべきだ。でも、だからこそ、メイはこの最終日のライブでの逆転を狙って、特技のレベル上げを選択したのだろう。
 そして、実際、観客達はすっかりイングリッドの技と演奏に魅了されている。キャサリンの色に染まっていた観客が、イングリッドの色に塗り替えられてしまったように見えた。

「イングリッドがまさかここまでとは……」

 イングリッドの逆転1位、そんな光景がつい脳裏をよぎってしまう。
 だが――

「大丈夫だよ、ショウさん」

 聞きなれた声に振り返ると、次の出番を控えたエルシーが立っていた。
 控室から出てきた彼女の瞳は、自信と決意に輝き、まっすぐに俺を見据えている。

「ここにいるお客さん全員、私の色に染めてみせるから安心してそこで見ていて」

 今のエルシーはとてもたのもしく見えた。
 そういえば、俺は情報収集のため、エルシーのそばを離れることが多かった。俺の見ていない間に、彼女は吟遊詩人としても人間としても、大きく成長していたのかもしれない。
 眩しさを感じるようなその姿に見惚れていると、ステージの演奏が止まり、イングリッドのパフォーマンスが幕を閉じた。
 次はいよいよエルシーの出番だ。

「エルシー、俺達の30日間のすべてを、この一瞬にすべてぶつけてきて!」
「はい!」

 輝く笑顔で応え、エルシーはステージへ向かって走り出した。
 彼女が手にする楽器はタンバリン。
 ほかの多くの吟遊詩人がメロディを奏でられる楽器を選択している中で、タンバリンという選択は一見異質に見えるかもしれない。
 しかし、エルシーのダンスを最大限に活かすには、これが最良の選択だった。腕や足を自在に動かせ、タンバリンのリズミカルな音はダンスとの相乗効果も期待できる。そして、メロディならエルシーの透き通る歌声で十分だ。

「さぁ、踊り特化の吟遊詩人エルシー、その力を見せてやれ!」

 始まりは、翼が生えているかと見まがうような跳躍。
 その高さと美しさに観客は目を奪われる。
 そして、彼女と歌とタンバリンのリズムがそこに加わり、彼女はさらに躍動する。
 本物の吟遊詩人が魅了するのは、相手の聴覚だけではない。視覚すらも支配する。
 エルシーのパフォーマンスはまさにそれだった。視覚的効果という点では、イングッドのあの大道芸のような特技は見事だった。だが、それとて、エルシーの前では、小細工に見える。人の身体のみで作り上げる芸術と音楽がそこにはあった。
 彼女が跳ねるたびに音が弾け、滑らかに身体が動くたびに音が染み込んでいく。

「優勝は君のものだよ、エルシー」

 曲が終わり、「静」という動きのない最後のダンスを見せ、エルシーのステージは終了した。
 そして、割れんばかりの大歓声を背に、エルシーがステージ袖へと戻ってくる。

 もう何も言葉を交わす必要はない。
 俺達は見つめ合い、そして軽やかな音を響かせてハイタッチを交わした。

「よくやってくれた。あとは控室で休んでいて」
「うん!」

 やりきった清々しい笑顔で頷くと、エルシーは控室へと戻っていた。

「これは、この後のウェンディが可哀想だな」

 明るさと元気さの音楽のカレン、美しく妖艶な音楽のイングリッドときて、激しくリズミカルで熱い音楽のメイで、会場のボルテージは大きく上がっていた。そして、今のエルシーの、イングリッドとは違う意味で情熱的で躍動する音楽で、会場のボルテージは最高潮に達した。今からどんな熱く激しい音楽を奏でたところで、エルシーやイングリッドを超えることはできないだろう。むしろ比較され、みじめな姿をさらすことになりかねない。

「ウェンディはクマサンのパートナーだ。せめて俺だけでも応援してあげないとな」

 そう思ってステージへと耳を傾けた俺に、前の4人とは全く違う、切なく、儚げで、心に深く染み入ってくるような音色が聞こえてきた。

「――――!? この音は!」

 ステージでウェンディが奏でている楽器は二胡だった。彼女は椅子に腰掛け、膝の上に乗せた二胡の二本の弦を、弓でそっと撫でるように弾き、独特の音色を奏でている。
 そして、その二胡の音色よりもさらに情緒的なウェンディの歌声が、会場全体に広がっていった。その声は決して派手でも大きくもないのに、奥の奥の観客のもとまで確かに届き、聞いた者に郷愁と哀愁を感じさせる。
 これまで明るく、激しく、情熱的な曲が続いてきた分、ウェンディの歌と演奏は余計に引き立てられ、観客達に彼女の作り出す音の世界を刻みつけていく。

 それは、完全にダンス部分を捨て、演奏と、何より歌に特化したステージだった。直前のエルシーがダンスに特化した「動」の演奏だっただけに、より「静」に特化したウェンディのパフォーマンスは際立って見えた。

「これじゃあまるでエルシーが引き立て役にされたようなものじゃないか! やるな、クマサン!」

 正直、クマさんとウェンディのことを侮っていた。初回の予想順位を除けば、俺達四人の中で毎回最下位はウェンディだったので、俺達の敵は、キャサリン、カレン、イングリッドだと高をくくってしまっていたかもしれない。
 だけど、クマサンは、俺達の中でもっとも芸能を知っている人だ。油断していい相手じゃなかった。

「この最終盤にきて、誰が勝つのかまったくわからなくってきたじゃないか」

 俺は震えた。
 エルシーの勝ちが脅かされたからじゃない。
 俺のギルドメンバーは、仲間として誰よりも頼りになるが、敵に回してみんながみんな、十分すぎる強敵だと改めて感じたからだ。
 こんなに楽しんで競い合える仲間はほかにいない!――俺は心からそう思った。
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