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第62話 7日目 グッドイベントルーレット

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 クエストは6日目を迎え、エルシーの育成に関して転換点が訪れていた。
 序盤にひたすら実力を磨くという方針が間違っていたとは今も思っていない。しかし、人気順位最下位と現実はさすがに堪えた。
 いくら最後にスパートをかけるつもりだといっても、追いつけないほどに差をつけられてしまってはスパートの前に終戦になりかねない。

「エルシー、今日からは知名度を上げる行動も織り交ぜていく。まずは、街頭でのパフォーマンスだ。人前に出て、君の才能を見せていこう!」
「はい! ショウさん、頑張ります!」

 エルシーは、まるで太陽のような笑顔で応えてくれた。彼女のまっすぐな眼差しに、全幅の信頼を寄せられていると感じてしまう。NPCだとわかっていても、その一瞬に心が跳ねるのはどうしてだろう。
 このクエスト、中には自分がプロデュースする女の子にずっぽりハマってしまうような連中が出そうだな……。

 ここまで地道に練習してきた成果だろうか、初めての挑戦にもかかわらず、エルシーのパフォーマンスは道行く人々の注目を思った以上に集めた。得意のダンス中心の構成にしたのが功を奏したのかもしれない。
 おひねりまでいただき、思わぬ収入を得ることにもなった。
 俺にとっては、これまでの努力は決して間違っていなかったと感じられる一日となった。

 そして7日目がやってきた。クエスト開始時に、7日ごとに大きなイベントが発生するという説明があったが、それが今日なのだ。

「さて、一体何が起こるのやら……」

 期待と不安が入り混じった気持ちで呟きながら、7日目の行動メニューを確認しようとした――が、いつもなら表示されるはずのウィンドウが開かない。

「ん? どうしたんだ?」

 不思議に思ったその時、突然システムメッセージが現れた。

【グッドイベントルーレット】

 そのメッセージとともに、俺の前に出現したのは、文字が書かれたルーレットだった。現れてすぐ、縦にぐるぐると勢いよく回り始める。その様子に、VRゲーム全盛期の今でも根強い人気を誇る「桃太郎電鉄」で、カードマスに止まったときのルーレットを思い出す。

「……俺、くじ運は悪いんだよなぁ」

 半ば自嘲気味にぼやきながら、意を決してルーレットを止めた。回転は徐々に減速し、やがて一つの文字列で止まる。

【メロディア大音楽劇場チケット】

「……なんだこれは?」

 固有名詞が一つだけ表示されたが、それが何を意味しているのか全くわからない。
 頭をひねりつつ、考えを巡らせていると――

 トントントン

 部屋の扉をノックする音が響いた。

「ショウさん、エルシー宛てに手紙が届いています」

 アリサの澄んだ声が、部屋の外から聞こえてきた。
 エルシー宛ての手紙?
 当然、彼女が受け取ると思い、しばらく様子を見ていたが、エルシーは動く気配もなく、ただ静かに俺を見つめている。

「エルシー、お姉さんが呼んでるよ? 受け取らなくていいの?」
「――?」

 尋ねてみたが、彼女は「何のこと?」みたいな顔で首を傾げるだけだった。
 そういう顔も可愛いけど、君宛ての手紙だよ?

「……俺が代わりに受け取らないと話が進まないんだろうな」

 俺は小さくため息をつき、扉へと向かう。
 これは信頼の証とでも考えるべきだろうか?
 そんなことを考えながら扉を開けると、アリサが待っていた。

「ショウさん、これです」

 彼女は迷いもなく、エルシー宛ての封筒を俺に差し出してくる。
 アリサもまた、妹を託すに足る人物だと俺のことを認めてくれているということだろうか?
 実際にはそこまで深く考えてないイベント内の動きにすぎないのかもしれないが、そう好意的に解釈したほうが、ゲーム的にはおもしろいし、俺も嬉しい。

「……ありがとうございます」

 素直に受け取ると、アリサは自分の部屋へと戻っていってしまった。
 誰かがアリサを担当として選んでいた場合は一体どうなるんだろうかと少し疑問に思ったが、今はそんなことを気にしている場合ではないだろう。
 俺は扉を閉め、エルシーのもとへと戻った。

「はい、エルシー。君宛ての手紙だよ」
「何の手紙でしょう?」
「…………」

 エルシーの目の前に封筒を差し出したが、エルシーは受け取りもせず、漫画ならワクワクというオノマトペがつきそうな顔をして俺を見ている。

「……もしかして、中を見ろってこと?」

 聞いても答えてくれない。
 普段は実際の人間と変わらないような受け答えをしてくれるのに、今回は一昔前のゲームのような反応だった。
 イベントをいくつ用意したのかしらないけど、さすがにこんないちイベントの細かい部分まで作り込む余裕はなかったのかもしれない。
 女の子の封筒を本人の代わりに開けるということに、どうも背徳感を覚えてしまうが、エルシーが受け取ってくれないんだからしょうがない。

「これでエルシーに軽蔑されるような罠イベントだったら、運営を一生恨むからな」

 そんなことを呟きながら、意を決して封を開ける。中からは、一枚のチケットと手紙が現れ、すぐにメッセージが目の前に表示された。

【メロディア大音楽劇場使用チケット】
【このチケットを使用すると、吟遊詩人総選挙当日までの間、好きなタイミングで1度だけ、会場使用料なしにメロディア大音楽劇場でライブを行うことができます】

 音楽劇場とは、観客を集めて音楽パフォーマンスを見せるための場所だ。この街には、大音楽劇場、中音楽劇場、小音楽劇場の3種類の劇場がある。小音楽劇場くらいなら、初期資金で十分使用可能だが、大音楽劇場になると多額の会場使用料だけでなく、使用するにたる知名度と実力、そしてコネクションが必要となる――と、エルシーの練習中に何度か読んだクエストの説明文に記載されていたのを思い出す。
 今の俺達では、とても使わせてもらえない会場の使用チケットとは――これってなかなかラッキーなんじゃないのか?

「わぁ! メロディア大音楽劇場の使用チケットですね! 実は、前に無料チケットが当たるかもしれないっていうキャンペーンがあって、応募していたんですよ! でも、まさか本当に当たるとは思いませんでした!」

 エルシーは目を輝かせ、手を叩いて喜んでいる。
 Xであるような、リポストしたら抽選で当たりますみたいな軽いノリで、こんな貴重なチケットを提供していいのだろうかという疑問が浮かんだが、深く考えないでおこう。
 俺達にとってメリットしかないなら、何も考えず享受するだけだ。

 こうして俺達は、気分良く7日目の行動を終え――その夜。
 俺は応接室にみんなを呼び集めた。
 グッドイベントルーレットは、俺だけでなくほかのみんなも回しているはずだ。
 しかし、みんなが何を引き当てたのか、こればかりは様子を探ってもわからない。知るためには直接聞くしか手はなかった。
 相手から情報を得るためには、こちらの手の内も明かさねばならないが、今の俺とエルシーは予想順位20位。失うものがない立場だし、みんなも俺に対しては油断しているはずだ。ならば、こちらの情報を与えるデメリットよりも、みんなの情報を得るメリットの方が大きいと判断した。

 俺の呼びかけに応じて全員が集まってくれ、皆がソファについた。
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