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第42話 攻略の糸口
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尻尾を攻撃している時はもちろん、尻尾から離れて後ろ脚を狙っていても問答無用で尻尾攻撃を仕掛けてくるインフェルノを相手に、俺は選択を迫られていた。
尻尾攻撃を食らうのを覚悟で尻尾や後ろ脚を狙い続けるのか、それとも尻尾が届かないインフェルノの正面に回って戦うのか。
前者を選べば、さっきのように無様に吹き飛ばされ、回復によって仲間のSPを奪うことになる。だが、後者とてそれと変わらない。正面では、タンク役のクマサンがインフェルノの猛攻を受け続けてくれている。もし俺も正面に入れば、巨大なインフェルノの攻撃は、クマサンだけでなく、俺にも直撃するだろう。そうなった時、受けるダメージはおそらく尻尾攻撃の比ではない。仲間の回復リソースを二人分も割かせては、すぐに限界がくるだろう。
一瞬、インフェルノに攻撃しないという第三の選択肢が頭をよぎったが、すぐに振り払う。それでは、俺がこの戦場に立っている意味がない。防御特化のクマサンが与えているダメージはわずか。俺へのヒーラー役をこなしつつ、ブリザードの魔法スクロールを大量消費して遠距離アタッカー役を務めているメイも頑張っているが、それでもここまでダメージソースの中心となっているのは間違いなく俺だった。俺がダメージを与えなきゃ、この怪物は倒せない!
「俺にはこれしかないんだよ!」
ダウン状態が解けて立ち上がった俺は、迷いを断ち切り、再び尻尾に向かって走り出した。
どうせ尻尾攻撃を避けられないのなら、少しでも大きなダメージを与えるまで。それが俺のたどり着いた結論だ。
「メイ、ミコトさん、やっぱり尻尾への攻撃に切り替える!」
「了解!」
「わかりました!」
二人の声を背中に受けながら、俺はインフェルノの巨大な尻尾にたどり着き、右手のメイメッサーを高く振り上げる。
さっきみたいにこのまま尻尾攻撃を食らい続ければ、メイだけでなくミコトさんからも回復支援を受けることになるかもしれない。二人もそれはわかっているだろう。それでも、二人の声に不満の色はなかった。
二人は、いや何も言わずターゲットを取り続けてくれているクマサンも含めて三人は、信じてくれているのだ――みんなのSPが尽きる前に俺がインフェルノの体力を削り切ると。
「スキル、みじん切り!」
俺は、大木の幹よりもなお太い竜の尻尾に、全力でメイメッサーを叩き込んでやった。
【ショウの攻撃 インフェルノにダメージ550】
俺の攻撃力は変わらず健在だ。
尻尾攻撃は通常攻撃ほど頻繁に発生するわけではない。
もしかしたら、このまま当分は襲ってこないかもしれない――そんな淡い期待を抱きつつ、俺はさらにスキルを重ねる。
「スキル、乱切り!」
【ショウの攻撃 インフェルノにダメージ461】
連続して、俺はまたインフェルノの体力を大きく削り取った。次の尻尾攻撃が来るまでに、可能な限りダメージを稼ぐ。そう決意した俺は、再びメイメッサーを大きく振り上げ――そして宙を舞った。
【インフェルノのテイルスマッシュ ショウにダメージ205】
たった今まで睨み続けていたはずの尻尾は、気づけば離れたところにあり、俺の目には天井が映っている。
次の瞬間、俺は地面に叩きつけられ、再び無力感に苛まれた。
動かない身体に苛立ちを感じながら、遠くから聞こえる仲間達の戦闘音だけが耳に響く。
みんなは今も全力で戦い続けているのに、俺はこうして無様に地面に転がっているだけだ。
悔しさが胸を突き上げ、無意識に唇を噛みしめた。
しかし、そんな俺に、メイは変わらず回復を施してくれる。
【メイはヒール・中を使った ショウの体力が120回復】
こんな俺を献身的に支援してくれるメイに感謝はもちろんあるが、それ以上に申し訳なさが勝る。こんな俺のために、仲間の貴重なSPを消耗させてしまっていることが、ますます自分の情けなさを痛感させる。
その時、ミコトさんの鋭い声が響いた。
「炎がきます!」
――――!
首を動かせない俺からは見えないが、インフェルノがブレスを吐くために首を動かしたのだろう。
最悪なことに、俺は尻尾で吹き飛ばされ、インフェルノから距離が開いてしまっている。
あのブレス攻撃は、おそらく離れたところにいるプレイヤーを狙うもの。そのターゲットが、ランダムなのか、高いヘイトを持つ者なのか、はたまた別要素なのかは定かではないが、少なくとも、今の俺がその標的の一人になっていることは間違いない。
……これはやばい。
今の俺はまだダウン状態から復帰していない。
気のせいかと思ったが、尻尾攻撃を食らうたびにダウン状態でいる時間は長くなっていた。さすがに四回も食らえば、その違いに気づく。
もし今回のブレスが俺を狙っていたら――確実に直撃を食らう。
冷たい恐怖が背筋を這い上がり、心臓が高鳴る。
敵の姿が見えないというのが、余計に恐怖を煽る。
頼む!
こっちを狙わないでくれ!
【インフェルノの炎の余波 ミコトにダメージ5】
システムメッセージを見て、ほっと息をついた。
自分がターゲットにならなかったことに安堵し、さらにミコトさんがわずかなダメージで回避してくれたことに二重の安堵を覚えた。
彼女は、前回のブレス攻撃でも、メイよりうまく逃げていたが、今回はさらにそれを上回る回避を見せたようだ。戦い慣れしている上に、戦闘中の順応力も高いときてる。さすがとしか言いようがない。
ようやくダウン状態が解けた俺は、再び立ち上がる。
「……きっと見落としてる何かがあるはずだ」
インフェルノのテイルスマッシュは見てから避けられるようなものではない。しかも、ダメージも大きく、食らうたびに効果時間が長くなる強制ダウンがついてくる。テイルスマッシュからの炎を食らえば、即死も免れないだろう。
だけど、そんな強力な攻撃であればこそ、回避のヒントとなる予備動作がないとは思えなかった。
「みんながベストを尽くしているのに、俺だけやられっぱなしってわけにはいかないんだよ!」
自分自身に言い聞かせるように吠え、俺はまた尻尾に向かって駆け出した。
今度は前回以上にインフェルノの動きに注視する。
今回は尻尾だけじゃない。尻尾と繋がる背中、後ろ脚、それらにも対象を広げる。
背中がわずかに反る、後ろ脚がかすかに曲がる、そういった見落としている動きがあるかもしれない。
とはいえ、こんな広範囲を同時に視野に入れ、その中の微細な動きを捉えることは容易ではない。これはキャラクターではなく、プレイヤーの精神力を削る行為だ。長時間、何回もやれるわけじゃない。でも、ここはこの戦いを左右する重要ポイントだ。
このまま尻尾攻撃を食らえば、インフェルノを倒す前に、ブレスとのコンボで死ぬか、仲間のSPが尽きて死ぬか、そのどちらかだ。
そうなる前に、テイルスマッシュの回避方法を見つけなければならない。
俺は料理スキルを使ってダメージを与えながら、インフェルノの動きに目を凝らし続けた。
尻尾の付け根から背中、後ろ脚の筋肉の動きまで、全神経を集中させ、予備動作を見逃すまいとする。
しかし、いくら観察しても、今のところ変化の兆しは見えない。
「わずかな変化がきっとどこかに――ぐわっ!」
衝撃と共にまた俺は宙を舞った。
【インフェルノのテイルスマッシュ ショウにダメージ202】
見逃しはなかった。
俺は全力で集中していた。
見える範囲はすべて網羅していた。
だが、それでも、尻尾は予告もなく襲いかかってきたのだ。
「……予備動作なしかよ」
ダウン状態で天井を見つめながら、諦めにも似た呟きが口をつく。
この無慈悲な攻撃、もしかすると運営側は近接アタッカーを容赦なく薙ぎ払う仕様にしているのかもしれない。
それがいやなら真正面から戦えということだろうか。
「きついな、まじで……」
オンラインゲームにおいては、アップデート直後に理不尽な強さの敵が実装されることは稀にある。デバッグ不足か、意図的かはわからないが、このアナザーワールド・オンラインでは、今までそんな問題は一度も起きていなかった。
だが、今回は違う。ドラゴンの圧倒的な強さを表現するために、ついにやらかしてしまったのかもしれない。もしインフェルノが誰にも倒せないほどの強さであるなら、そのうち修正が入るだろう。
……しかし、これが運営の狙い通りならどうだろう。
例えば、近距離では絶対に勝てないが、遠距離から戦えば勝てるという調整がされているのなら、俺は永遠にインフェルノに勝てないことになる。
ほかのアタッカーなら武器を変えて飛び道具を使って距離を取りつつ戦うことも可能だが、俺は料理人。まともにダメージを与えられる武器は包丁だけ。つまり、俺が戦えるのは至近距離のみ。
もし想像通りなら、俺は戦力外通告というわけだ。
【メイはヒール・大を使った ショウの体力が240回復】
ダウン状態が終わり、俺はゆっくりと立ち上がる。
失った体力の大半はメイが回復してくれた。
だが、再び尻尾に向かって駆け出す気力は湧いてこない。
このまま突撃しても、同じようにまた吹き飛ばされるだけだ。
……メイにスクロールをわけてもらうべきだろうか。
プレイヤーが持ち込めるアイテム数には限りがある。メイがどれほど持ち込んできているのかは俺も把握していないが、戦闘前にはインフェルノの弱点属性がわかっていなかったため、効果の薄い雷や土の魔法スクロールも持てる限界近くまで持ち込んできているはずだ。このまま尻尾への攻撃を試みるよりは、それらをわけてもらって使うほうが、仲間の邪魔にならず良いかもしれない……。
俺は力なくメイへと顔を向ける。
だが、視線の先で、メイは宝物を見つけた子供のような、眩しい顔をこちらに向けていた。
「ショウ! 見つけたぞ!」
「――――?」
何を見つけたというのだろうか?
敵がアイテムでも落としたのだろうか?
俺はメイの笑顔と言葉の意味を理解できないでいた。
「予備動作を見つけたぞ!」
「――――!!」
メイの言葉に、心の中で消えかけていた闘志に再び火が灯る。
「尻尾攻撃の前に、インフェルノの瞳が一瞬後ろの方に動く! 4回目の尻尾攻撃の時に気づいてもしかしたらと思っていたが、今の5回目の攻撃で確信した! 目が動いてから約3秒後、尻尾攻撃がくる!」
メイのやつ……敵に攻撃をしながら、俺の回復もこなしつつ、ずっとインフェルノの攻撃前の予備動作を探し続けてくれていたのか。
しかも、目の動きなんていうほんのわずかな変化に気づき、すでに検証まで終えているときてる。
メイが戦闘において本当に凄いのは、財力なんかじゃなく、その観察力なのかもしれない。
俺はやっぱり仲間に恵まれている。
「……ありがとうな」
「ん? ショウ、何か言ったか?」
「……いや、一緒にインフェルノを倒そうって言っただけだ」
「ああ! 目が動いたらすぐに伝えてやる!」
「頼んだぞ!」
俺はメイメッサーをこれまで以上に強く握りしめ、尻尾に向かって駆け出した。
インフェルノの瞳の動き、それは敵の背後にいる俺からは絶対に見えないものだ。
俺一人なら永遠にその予備動作に気づくことはできなかった。
だが、俺は一人じゃない。
自分以上に信頼できる仲間がいる!
「食らえ、インフェルノ!」
俺は料理スキルを叩き込む。
ダメージこそ取っているものの、この戦いで俺の力なんてちっぽけなものだ。
ただ、料理スキルを使うことだけしかできない。
でも、それでいい。
そんなちっぽけな俺をみんなが支えてくれる。
「尻尾!」
メイの声を聞いた瞬間、身体が即座に反応し、後ろへと一気に飛び退く。
数瞬の後、先ほどまで俺が立っていた場所に、尻尾が振り上げられた。
回避成功だ!
「ナイスだ、ショウ!」
「メイのおかげだ!」
メイが親指を立てる。それに応えて、俺も同じようにサムズアップで返した。
俺は凄くなんてない。凄いのはメイだよ、本当に。
「俺だって格好いいところを見せないとな」
気合を込め、俺は再び動きを止めた尻尾へと襲いかかった。
ここからは俺達のターンだ!
尻尾攻撃を食らうのを覚悟で尻尾や後ろ脚を狙い続けるのか、それとも尻尾が届かないインフェルノの正面に回って戦うのか。
前者を選べば、さっきのように無様に吹き飛ばされ、回復によって仲間のSPを奪うことになる。だが、後者とてそれと変わらない。正面では、タンク役のクマサンがインフェルノの猛攻を受け続けてくれている。もし俺も正面に入れば、巨大なインフェルノの攻撃は、クマサンだけでなく、俺にも直撃するだろう。そうなった時、受けるダメージはおそらく尻尾攻撃の比ではない。仲間の回復リソースを二人分も割かせては、すぐに限界がくるだろう。
一瞬、インフェルノに攻撃しないという第三の選択肢が頭をよぎったが、すぐに振り払う。それでは、俺がこの戦場に立っている意味がない。防御特化のクマサンが与えているダメージはわずか。俺へのヒーラー役をこなしつつ、ブリザードの魔法スクロールを大量消費して遠距離アタッカー役を務めているメイも頑張っているが、それでもここまでダメージソースの中心となっているのは間違いなく俺だった。俺がダメージを与えなきゃ、この怪物は倒せない!
「俺にはこれしかないんだよ!」
ダウン状態が解けて立ち上がった俺は、迷いを断ち切り、再び尻尾に向かって走り出した。
どうせ尻尾攻撃を避けられないのなら、少しでも大きなダメージを与えるまで。それが俺のたどり着いた結論だ。
「メイ、ミコトさん、やっぱり尻尾への攻撃に切り替える!」
「了解!」
「わかりました!」
二人の声を背中に受けながら、俺はインフェルノの巨大な尻尾にたどり着き、右手のメイメッサーを高く振り上げる。
さっきみたいにこのまま尻尾攻撃を食らい続ければ、メイだけでなくミコトさんからも回復支援を受けることになるかもしれない。二人もそれはわかっているだろう。それでも、二人の声に不満の色はなかった。
二人は、いや何も言わずターゲットを取り続けてくれているクマサンも含めて三人は、信じてくれているのだ――みんなのSPが尽きる前に俺がインフェルノの体力を削り切ると。
「スキル、みじん切り!」
俺は、大木の幹よりもなお太い竜の尻尾に、全力でメイメッサーを叩き込んでやった。
【ショウの攻撃 インフェルノにダメージ550】
俺の攻撃力は変わらず健在だ。
尻尾攻撃は通常攻撃ほど頻繁に発生するわけではない。
もしかしたら、このまま当分は襲ってこないかもしれない――そんな淡い期待を抱きつつ、俺はさらにスキルを重ねる。
「スキル、乱切り!」
【ショウの攻撃 インフェルノにダメージ461】
連続して、俺はまたインフェルノの体力を大きく削り取った。次の尻尾攻撃が来るまでに、可能な限りダメージを稼ぐ。そう決意した俺は、再びメイメッサーを大きく振り上げ――そして宙を舞った。
【インフェルノのテイルスマッシュ ショウにダメージ205】
たった今まで睨み続けていたはずの尻尾は、気づけば離れたところにあり、俺の目には天井が映っている。
次の瞬間、俺は地面に叩きつけられ、再び無力感に苛まれた。
動かない身体に苛立ちを感じながら、遠くから聞こえる仲間達の戦闘音だけが耳に響く。
みんなは今も全力で戦い続けているのに、俺はこうして無様に地面に転がっているだけだ。
悔しさが胸を突き上げ、無意識に唇を噛みしめた。
しかし、そんな俺に、メイは変わらず回復を施してくれる。
【メイはヒール・中を使った ショウの体力が120回復】
こんな俺を献身的に支援してくれるメイに感謝はもちろんあるが、それ以上に申し訳なさが勝る。こんな俺のために、仲間の貴重なSPを消耗させてしまっていることが、ますます自分の情けなさを痛感させる。
その時、ミコトさんの鋭い声が響いた。
「炎がきます!」
――――!
首を動かせない俺からは見えないが、インフェルノがブレスを吐くために首を動かしたのだろう。
最悪なことに、俺は尻尾で吹き飛ばされ、インフェルノから距離が開いてしまっている。
あのブレス攻撃は、おそらく離れたところにいるプレイヤーを狙うもの。そのターゲットが、ランダムなのか、高いヘイトを持つ者なのか、はたまた別要素なのかは定かではないが、少なくとも、今の俺がその標的の一人になっていることは間違いない。
……これはやばい。
今の俺はまだダウン状態から復帰していない。
気のせいかと思ったが、尻尾攻撃を食らうたびにダウン状態でいる時間は長くなっていた。さすがに四回も食らえば、その違いに気づく。
もし今回のブレスが俺を狙っていたら――確実に直撃を食らう。
冷たい恐怖が背筋を這い上がり、心臓が高鳴る。
敵の姿が見えないというのが、余計に恐怖を煽る。
頼む!
こっちを狙わないでくれ!
【インフェルノの炎の余波 ミコトにダメージ5】
システムメッセージを見て、ほっと息をついた。
自分がターゲットにならなかったことに安堵し、さらにミコトさんがわずかなダメージで回避してくれたことに二重の安堵を覚えた。
彼女は、前回のブレス攻撃でも、メイよりうまく逃げていたが、今回はさらにそれを上回る回避を見せたようだ。戦い慣れしている上に、戦闘中の順応力も高いときてる。さすがとしか言いようがない。
ようやくダウン状態が解けた俺は、再び立ち上がる。
「……きっと見落としてる何かがあるはずだ」
インフェルノのテイルスマッシュは見てから避けられるようなものではない。しかも、ダメージも大きく、食らうたびに効果時間が長くなる強制ダウンがついてくる。テイルスマッシュからの炎を食らえば、即死も免れないだろう。
だけど、そんな強力な攻撃であればこそ、回避のヒントとなる予備動作がないとは思えなかった。
「みんながベストを尽くしているのに、俺だけやられっぱなしってわけにはいかないんだよ!」
自分自身に言い聞かせるように吠え、俺はまた尻尾に向かって駆け出した。
今度は前回以上にインフェルノの動きに注視する。
今回は尻尾だけじゃない。尻尾と繋がる背中、後ろ脚、それらにも対象を広げる。
背中がわずかに反る、後ろ脚がかすかに曲がる、そういった見落としている動きがあるかもしれない。
とはいえ、こんな広範囲を同時に視野に入れ、その中の微細な動きを捉えることは容易ではない。これはキャラクターではなく、プレイヤーの精神力を削る行為だ。長時間、何回もやれるわけじゃない。でも、ここはこの戦いを左右する重要ポイントだ。
このまま尻尾攻撃を食らえば、インフェルノを倒す前に、ブレスとのコンボで死ぬか、仲間のSPが尽きて死ぬか、そのどちらかだ。
そうなる前に、テイルスマッシュの回避方法を見つけなければならない。
俺は料理スキルを使ってダメージを与えながら、インフェルノの動きに目を凝らし続けた。
尻尾の付け根から背中、後ろ脚の筋肉の動きまで、全神経を集中させ、予備動作を見逃すまいとする。
しかし、いくら観察しても、今のところ変化の兆しは見えない。
「わずかな変化がきっとどこかに――ぐわっ!」
衝撃と共にまた俺は宙を舞った。
【インフェルノのテイルスマッシュ ショウにダメージ202】
見逃しはなかった。
俺は全力で集中していた。
見える範囲はすべて網羅していた。
だが、それでも、尻尾は予告もなく襲いかかってきたのだ。
「……予備動作なしかよ」
ダウン状態で天井を見つめながら、諦めにも似た呟きが口をつく。
この無慈悲な攻撃、もしかすると運営側は近接アタッカーを容赦なく薙ぎ払う仕様にしているのかもしれない。
それがいやなら真正面から戦えということだろうか。
「きついな、まじで……」
オンラインゲームにおいては、アップデート直後に理不尽な強さの敵が実装されることは稀にある。デバッグ不足か、意図的かはわからないが、このアナザーワールド・オンラインでは、今までそんな問題は一度も起きていなかった。
だが、今回は違う。ドラゴンの圧倒的な強さを表現するために、ついにやらかしてしまったのかもしれない。もしインフェルノが誰にも倒せないほどの強さであるなら、そのうち修正が入るだろう。
……しかし、これが運営の狙い通りならどうだろう。
例えば、近距離では絶対に勝てないが、遠距離から戦えば勝てるという調整がされているのなら、俺は永遠にインフェルノに勝てないことになる。
ほかのアタッカーなら武器を変えて飛び道具を使って距離を取りつつ戦うことも可能だが、俺は料理人。まともにダメージを与えられる武器は包丁だけ。つまり、俺が戦えるのは至近距離のみ。
もし想像通りなら、俺は戦力外通告というわけだ。
【メイはヒール・大を使った ショウの体力が240回復】
ダウン状態が終わり、俺はゆっくりと立ち上がる。
失った体力の大半はメイが回復してくれた。
だが、再び尻尾に向かって駆け出す気力は湧いてこない。
このまま突撃しても、同じようにまた吹き飛ばされるだけだ。
……メイにスクロールをわけてもらうべきだろうか。
プレイヤーが持ち込めるアイテム数には限りがある。メイがどれほど持ち込んできているのかは俺も把握していないが、戦闘前にはインフェルノの弱点属性がわかっていなかったため、効果の薄い雷や土の魔法スクロールも持てる限界近くまで持ち込んできているはずだ。このまま尻尾への攻撃を試みるよりは、それらをわけてもらって使うほうが、仲間の邪魔にならず良いかもしれない……。
俺は力なくメイへと顔を向ける。
だが、視線の先で、メイは宝物を見つけた子供のような、眩しい顔をこちらに向けていた。
「ショウ! 見つけたぞ!」
「――――?」
何を見つけたというのだろうか?
敵がアイテムでも落としたのだろうか?
俺はメイの笑顔と言葉の意味を理解できないでいた。
「予備動作を見つけたぞ!」
「――――!!」
メイの言葉に、心の中で消えかけていた闘志に再び火が灯る。
「尻尾攻撃の前に、インフェルノの瞳が一瞬後ろの方に動く! 4回目の尻尾攻撃の時に気づいてもしかしたらと思っていたが、今の5回目の攻撃で確信した! 目が動いてから約3秒後、尻尾攻撃がくる!」
メイのやつ……敵に攻撃をしながら、俺の回復もこなしつつ、ずっとインフェルノの攻撃前の予備動作を探し続けてくれていたのか。
しかも、目の動きなんていうほんのわずかな変化に気づき、すでに検証まで終えているときてる。
メイが戦闘において本当に凄いのは、財力なんかじゃなく、その観察力なのかもしれない。
俺はやっぱり仲間に恵まれている。
「……ありがとうな」
「ん? ショウ、何か言ったか?」
「……いや、一緒にインフェルノを倒そうって言っただけだ」
「ああ! 目が動いたらすぐに伝えてやる!」
「頼んだぞ!」
俺はメイメッサーをこれまで以上に強く握りしめ、尻尾に向かって駆け出した。
インフェルノの瞳の動き、それは敵の背後にいる俺からは絶対に見えないものだ。
俺一人なら永遠にその予備動作に気づくことはできなかった。
だが、俺は一人じゃない。
自分以上に信頼できる仲間がいる!
「食らえ、インフェルノ!」
俺は料理スキルを叩き込む。
ダメージこそ取っているものの、この戦いで俺の力なんてちっぽけなものだ。
ただ、料理スキルを使うことだけしかできない。
でも、それでいい。
そんなちっぽけな俺をみんなが支えてくれる。
「尻尾!」
メイの声を聞いた瞬間、身体が即座に反応し、後ろへと一気に飛び退く。
数瞬の後、先ほどまで俺が立っていた場所に、尻尾が振り上げられた。
回避成功だ!
「ナイスだ、ショウ!」
「メイのおかげだ!」
メイが親指を立てる。それに応えて、俺も同じようにサムズアップで返した。
俺は凄くなんてない。凄いのはメイだよ、本当に。
「俺だって格好いいところを見せないとな」
気合を込め、俺は再び動きを止めた尻尾へと襲いかかった。
ここからは俺達のターンだ!
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