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第37話 ドラゴンクエスト

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 俺は興奮を抑えきれず、声が震えそうになるのを必死に堪えながら、隊長に問いかける。

「ここにドラゴンがいるんですか?」
「いや、正確にはここではないが、この近くに洞窟があり、その奥に古の魔法の力で作られた聖域と呼ばれる場所がある。そこに、ドラゴンがいるんだ」
「聖域ですか……」

 聖域については初耳だが、その言葉だけで神聖で何か特別な場所であることが伝わってくる。ドラゴンのいるのに相応しい舞台だと言えるだろう。ドラゴンと戦う場所がサーカスのテントの中とかでは、期待に膨らんだ胸もしぼんでしまうというものだ。

「かつてこの地を荒らし回っていたレッドドラゴン『インフェルノ』を、かつて先人達がその聖域に閉じ込め永い眠りにつかせたのだ。この情報が表に出ると、ドラゴンを目覚めさせようという愚かな者が出てくる可能性があるため、この情報を知るのは王族や軍関係者の一部だけに留められ、我らは密かにインフェルノの監視を続けてきた。しかし、どういうわけかそのインフェルノが目を覚ましてしまった。今は聖域の影響で力を抑えられている上、起きたばかりで十分に力を取り戻しておらず閉じ込めておけるが、このままではいずれ聖域を破壊するだけの力を取り戻してしまうのは間違いない」

 確かにそれは緊急事態だった。プレイヤーとしてはワクワクするが、この世界の人間としては恐怖でしかない。ドラゴンの強さは、このゲームの中でも伝説として、人々の話から幾度か聞いたことがあるが、その力はほかのモンスターの比ではない。あの「猛き猪」ですら、ドラゴンの前ではただの餌に過ぎないだろう。
 とはいえ、あくまでゲームである以上、当然対処方法が用意されているはずだ。

「なんとかする方法はあるんですか?」

 俺の問いかけに、隊長は悩ましげな顔で頷く。

「目覚めたばかりのインフェルノはまだ力を完全に取り戻していない。さらに、聖域の力により、その力はかなり抑えられている。今のうちに聖域内で大きなダメージを与えることができれば、再び長き眠りにつかせることができるだろう。王都にはすでに早馬を走らせているが、果たしてインフェルノを倒せるだけの者をすぐに手配してもらえるのかという不安はある。何しろ、聖域には入る者を制限する力が働いており、同時に中に入れるのは4人まで。しかも、インフェルノと同様、我々にも聖域の影響は及び、内部では力が抑制されてしまうのだ」

 きた、きた!
 これだよ、これ! 俺達が期待していたドラゴン戦!
 話を聞く限り、ずいぶんとデバフのかかったドラゴンと戦うことになるが、ドラゴンであることには変わりない。
 パーティ人数の制限とレベル上限制限をつける理由づけとしても、聖域の力のせいということなら、納得もできる。これならこの世界への没入感も損なわれない。

「ショウさん、この流れ、完全に私達が受ける展開ですよね! アップデート前に聞いていた、レベル上限制限つきで4人までのクエストとも完全一致です!」

 そういえば、この情報を持ってきてくれたのはミコトさんだったな。
 ミコトさんは得意顔をしているが、その顔すら嫌味に映らず、可愛らしさが勝っている。

「ああ、ミコトさんの言った通りだったよ。おかげで俺達は準備万端で今すぐにでもドラゴンに挑める」

 俺の言葉に、ミコトさんは嬉しそうに口元を緩めた。

「クマサンもメイも、準備はいいな?」
「もちろんだ」
「戦いたくてさっきからうずうずしているぞ」

 気合十分な二人に頷くと、俺は再び隊長へと顔を向ける。

「隊長、だったらその役目、俺達に任せてもらえませんか? レッドドラゴン『インフェルノ』、俺達が倒して、再び眠りにつかせてみせます」

 隊長の顔に、安堵の色が浮かんだ。

「おお! 本当か! 君達ならそう言ってくれると信じていた! この役目を果たしてくれたのなら、公にはできないだろうが、王家から褒賞と、『ドラゴンスレイヤー』の称号が贈られることだろう」
「――――!?」

 隊長が発したある言葉を耳にし、俺達の中に衝撃が走った。

「ドラゴンスレイヤー……」

 呟いたのはクマサンだっただろうか。あるいは、俺自身の呟きだったかもしれない。それさえわからないくらいに俺は動揺していた。
 称号とは特定の敵を倒した際に得られるもので、ステータス画面にも表示される。ほかのプレイヤーからステータスを確認された際には、能力値の細かいデータまではわからないが、名前、職業、サブ職業、種族、レベル、所属ギルド、体力、SP《スキルポイント》といったものは相手に見えるのだが、それらに加えて、プレイヤーが設定した称号も一つだけ表示されるシステムになっている。そのため、称号持ちの時点で、プレイヤー間では一目置かれることになる。
 俺は、「猛き猪」を倒したことでたった一つだけだが「猛き猪ハンター」の称号を得ており、自動的に今はそれが設定されている。
 自分のステータスをほかのプレイヤーから見られると、システムメッセージでこっちにもそのことが伝わるため、見られるたびに、ちょっとその称号を誇らしく感じていたが、隊長の話の通りなら、新たな称号「ドラゴンスレイヤー」を得られることになる。「猛き猪ハンター」も悪くはないが、格好良さでは「ドラゴンスレイヤー」に軍配が上がる。
 作品によっては、ドラゴンスレイヤーは武器の名前として使われることもあるが、アナザーワールドでは竜殺しの英雄としてのドラゴンスレイヤーの名の方を選んだようだ。
 多くのプレイヤーがこのクエストをクリアしてドラゴンスレイヤーの称号をつけ始めたら、その時はまた「猛き獣ハンター」に戻すかもしれないが、それまでは自慢げに「ドラゴンスレイヤー」の称号をつけて街を歩こうと思う。
 ――もっとも、肝心のドラゴンを倒せたらの話だが。

「みんなでドラゴンを倒して、四人揃って『ドラゴンスレイヤー』の称号をつけて王都に帰ろうぜ」
「それはいいな」
「頑張りましょう!」
「お揃いか……悪くないな」

 ドラゴンスレイヤーの称号の話を聞いて、皆の顔にはさらなる気合が見えた。正直、アップデート前は記念戦闘でもいいかと思っていた。料理人の俺がドラゴンと戦えるなんて、それだけでも十分だと。でも、今はこの四人で勝ちたいという想いが何より強くなっている。
 俺は拳を握りしめ、再び隊長へと向き直った。

「隊長、俺達がそのレッドドラゴン『インフェルノ』を倒してみせます!」
「わかった。君達に任せよう」

 隊長の眼差しからは、いちNPCでしかないはずなのに、俺達のことを信じてくれる熱い想いが感じられた。

「では、部下に聖域に繋がる洞窟まで案内させよう。彼についていってくれ」

 案内役の兵士が現れ、俺達に敬礼を一つ送ると、無言で背を向け、静かに歩き出した。
 俺達は彼の背を追うようにして、砦の中を進んでいく。
 進む方向が入ってきた出入口とは逆だということに気づき、少し戸惑いを覚えたが、兵士が通った先にはこれまで閉ざされていた扉があった。そこは普段なら扉が開かず先に進めない場所だ。
 鍵を使った兵士によってその扉が開かれると、その先に広がっていたのは砦の裏手だった。
 砦の裏は、外から覗けない場所だった。俺達はそこを進み、やがて視界の端に天然の岩肌に人工的な入り口が加えられた洞窟が見えてきた。明らかに人の手で補強されたその洞窟の入り口には、重厚な扉が備えられている。
 兵士は扉の前で歩みを止め、振り返った。

「ここが聖域の入り口になります。一度中に入れば、魔法の影響で24時間は再び入ることができませんので、ご注意ください」

 通常のフィールドは、プレイヤー全員で共有されているが、バトル専用フィールドは個別のパーティごとに生成されるため、サーバーへの負荷が大きい。昔のオンラインゲームだと、別パーティが入っていると、その戦いが終わるまでパーティは外で待っていないといけないということもあったが、このゲームではさすがにそこまでのことはない。だが、その代わりに、サーバーの負荷を軽減するために、再挑戦への時間制限を設けて、バトル専用フィールド生成の機会を抑制する対策が取られている。負けてもやり直しはできるし、途中で逃げ出すこともできるだろうが、その代わりに時間を犠牲にしなければならないというわけだ。

「みんな、失敗しても次に挑戦できるのは明日になる。様子見でもいいかと思っていたけど、ここは全力でいくぞ」
「わかっている!」
「私もそのつもりです!」
「アイテムをけちるつもりはない。安心しろ!」

 仲間達の頼もしい声に背中を押され、俺は扉に手を触れた。
 すると、目の前にシステムメッセージが浮かび上がる。

【この先に入れるのは4人までです】
【レベルは41以上であっても40に固定されます】
【一度中に入ると再挑戦まで24時間が必要になります】
【中に入りますか  はい/いいえ】

 みんなにも同じメッセージが表示されているのだろう。
 俺達は顔を見合わせ合い、そして同時に頷く。
 こんなところで退くつもりは毛頭ない。
 俺達が一斉に「はい」を選ぶと、扉が音もなく開いた。
 中に広がる洞窟は自然な岩肌だが、壁面には不気味に輝くルーン文字が浮かび上がり、闇を照らしている。
 奇妙な光景が続く中、俺達は一歩、また一歩と進んでいった。

 そして、洞窟の奥で俺達を待っていたのは、まさに圧倒的な存在だった。
 あの「猛き猪」をも超える巨体。四つ足のままで高さは5メートルを優に超え、頭の先から尻尾の先までは20メートルにも達しようかという長さだ。
 赤い鱗に覆われたその首がゆっくりと持ち上がり、その圧倒的強者の眼光が俺達を捉えている。

 レッドドラゴン「インフェルノ」、灼熱を具現化したかのような名を持ち、人間を遥かに超えた存在がそこにはいた。
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