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第24話 ジョーとエレノア

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 前回の戦いによるラブリオンの被害量は同程度。
 だが、赤の国は柱の一人であるルフィーニを失った。それを考慮すれば、赤の国の方が損害は大きいといえないこともない。
 しかし、そんな被害うんぬんよりも大きな問題が赤の国にはあった。
 青の国に比べ、新興国の赤の国は生産力が大きく劣っている。それはイコール回復力の差。
 完成したばかりの上に、中心となって戦った青の国の戦艦型ラブリオン・クィーンミリア。その被害は決して小さくはなく、赤の国のキングジョーに数倍した。
 だが、それにもかかわらず、青の国は、赤の国がキングジョーを完全修復するより先に、クィーンミリアを修復したうえ、完璧でなかった兵装も艤装も終え、さらにラブリオンの補充をも行うことができていた。
 それはミリアの指揮による効果もあったが、何より両国の地力の差の現れであった。
 赤の国の丈は早急にその穴を埋める手だてを講じなければならなかった。

「偵察に送った者からの連絡によると、青の国はすでに軍の整備を終えたそうです。おそらく、二、三日中にはこちらに攻め込んでくるでしょう。下手をすれば、すでに軍を動かしているかもしれません。あなたの妹君ならば、それくらいやってきてもおかしくはありませんから」

 丈とエレノアは二人きりでエレノアの部屋にいた。大事な話があると、丈が出向いたのだ。

「……こちらの状況はどうなのです?」

「出撃できるラブリオンは、前回の戦いに出した数の70パーセントといったところです」

「わずか7割ですか……」

「青の国とて、100パーセントにまで戻せたわけではないでしょう。ですが、9割は確実に整えているとみて間違いありません」

「勝算はあるのですか?」

「ミリアとシーナを相手にこの戦力差。普通に戦えば、まず勝ち目はありません」

「そんな……」

「ですが、手がないわけではありません」

 丈はエレノアの青い瞳を正面から見つめた。いつもは秋の空のようにどこまでも澄んでいるその瞳は、今は都市部と面する海のように透明度を失っている。

「エレノア女王、あなたが協力してくださるのならば、活路は開けます」

「私がですか? ジョー様のお役に立てるのならば、どんなことでもさせていただきますが……」

 その気持ちに嘘はない。語尾が消えゆく弱々しさは、偽りの心によるものではなく、自分などで果たして役に立てるのかという思いからだった。

「ありがとうございます、女王陛下」

 丈はエレノアに自分の考えの説明をした。
 エレノアは多少の驚きもあったが、丈の考えを理解し、彼の言葉に頷いていく。
 だが、彼女には不満があった。それは、丈が自分に女王として接していることだった。
 自分は国を捨てて、赤の国にやってきた、ただの一人の人間にすぎない。赤の国においては、自分は女王でも何でもないのだ。それにもかかわらず、丈は自分を女王として見ている。
 先の言葉も、今の説明も、すべて女王相手のもの。そこには礼節は存在するが、一個人と一個人との親しみといったものは感じられない。
 それが丈と自分との隔たりを実感させ、エレノアを不満にさせる。

「──ということです。よろしいですか、エレノア女王」

「……はい」

 エレノアの同意を得ると、丈は満足げにうなずき、静かに立ち上がった。
 そして、エレノアには未練がないとでもいうかのように、一礼するとあっさりとその場から退く。

 その背中を見送りながら、エレノアは音のない溜息を吐《つ》く。
 だが、ドアを出ようという時、丈は足を止め、首だけを振り向かせ柔和な顔をエレノアに向けた。

「頼んだよ、エレノア」

「は、はい!」

 もうかけられることはないと思っていた言葉に、エレノアは裏返りかけた声で慌てて返事をする。
 その声の滑稽さを気恥ずかしく思いはしたが、それ以上に嬉しさがこみ上げてきた。今の瞬間、自分と丈とが対等の存在であったとはっきりと感じられたからだ。
 女王とか、異世界の人間とか、そういったしがらみの全く関係ない、一人の人間と人間。そんな空気が空間を支配したのがエレノアには見えた。

 丈が部屋から出て行っても、エレノアはそれにも気づかず、誰もいないドアをぽわぁっとしながら見つめ続けていた。

◇ ◇ ◇ ◇

 その二日後、青の国は赤の国に攻め入った。
 赤の国も国境付近まで出て、それを迎え撃つ。
 ラブリオンの数では、割合にして四対三で青の国が有利。

「戦力はこっちの方が上だ! ここでケリを着けるぞ!」

 息巻く椎名を先頭に、青のラブリオンが怒濤のごとき勢いで攻め上がる。
 ミリアは、いつもは守り専門の女王親衛隊を今回は引き連れてきていた。というのも、前回の戦いにおいて最も統制がとれており、ミリアの指示を的確に遂行したのはこの部隊であったからだ。シーナが始終抑えられていたあの戦いで、勝利したとはいえないまでも負けはしなかったのは、彼らの活躍があったればこそである。

「クィーンミリアはキングジョーにだけ集中する。女王親衛隊はその援護を」

 敵の中心はキングジョーとドナー。ミリアはドナーを椎名に任せ、自身はキングジョーを何が何でも仕留める決意を持ってこの戦いに臨んでいた。

◇ ◇ ◇ ◇

「ミリアの奴、さすがにいい指揮を見せているな。エレノア女王、やはりあなたの力が必要なようです」

「はい。この状況を打破できるのならば、どんなことでもするつもりです」

 丈とエレノア、二人がいるのは、いつものブリッジではなかった。
 丈がいるのはドナーのコックピット。
 そして、エレノアがいるのは、ドナーの隣に立つ王族専用の儀礼用ラブリオンの中。エレノアが青の国を脱出する際に乗ってきたものである。

 儀礼用だけあって、そのラブリオンにはほかのラブリオンにはない装飾が施されており、その美しさは芸術品の域にまで達している。それは見る者をして、まさに女王が乗るに相応しい機体だと思わせずにおかないほどの神々しさである。
 だが、その代わりと言ってはなんだが、このマシンは戦闘力に関してはほとんど期待できなかった。装飾が邪魔で戦闘向きでなく、武器も見掛け優先で実用性は乏しいときている。
 戦闘のために作られたものではないのだから、当然といえば当然なのだが、丈はエレノアにそのラブリオンを実際の戦闘において使わせようというのだ。

「行きますよ、エレノア女王」

 いつも通り他人行儀な丈の言葉。だが、エレノアは知っている。自分を一人の人間として対等に見てくれるもう一人の丈を。それを知っているからこそ、今の丈の中にある温かさを感じることができる。

「はい!」

 エレノアは力強くうなずくと、ラブリオンを発進させた。丈のドナーがそれに付き従うように続く。
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