上 下
2 / 25
side-朝陽

1

しおりを挟む
一夜明けて、朝日を取り込む為にベッドの横のカーテンを開ける
いつも一緒に寝ていた広いベッド
当然のように、琥太郎こたろうの枕と自分の枕が仲良く並んでいる


この部屋に彼だけがいない違和感
今までにも、お互いの仕事で一緒に居ない日は多々あったし、まだ同棲してるわけじゃなかったから、居ないのは当たり前のはずなのに…

なのに、今までとは何かが全く違う

琥太郎こたろうが、もうここには帰ってこない気がする




あと3週間もすれば福岡での仕事も終わって、戻って来てからはずっと一緒に居ようって、同棲が始まるのを楽しみにしていたはずなのに…


気持ちを切り替えようと、洗面所に顔を洗いに行く
鏡に映る自分の顔を見て、余りの酷い顔につい苦笑いしてしまう

昨晩ずっと泣き続け、いつの間にか寝落ちしてしまったせいで、目元は赤く腫れ、涙焼けしている
「酷い顔…。あんな可愛い子が居るなら、オレみたいなのが、恋人とか…」
自分で言っていてツラくなり、頬が引き攣る
泣かないように、涙を隠すように冷たい水で何度も顔を洗った




「はぁ……戻らなきゃ…迷惑、掛けちゃう、よな…」
リビングのソファーに深く腰掛け、天井を眺めながら呟く
何もやる気が出ず、ただ、時間だけが過ぎていく

時計を見ると、12時を少し過ぎたころで、ボーっとして働かない頭で昨晩から転がっているスマホを取る
電池はギリギリ
戻る前に充電するか、バッテリーを持っていかないと…

ロック画面を外す

昨晩伏せて見えなくなった写真と同じ、琥太郎こたろうと旅行に行った時の写真の一部
2人でピースをしている手の部分だけを切り抜いた画素

本当は2人の顔がしっかり映った別の写真をホーム画面にしたかったけど、万が一会社や店のメンバーに見られたら、言い訳しにくい。と思って2人でピースをしている手の部分だけを切り抜いた写真

「コタ…、本当に全部忘れちゃったのか?オレのこと、ずっと愛してるって言ってたのに…」

スマホの画面にポタッ、ポタッと大粒の涙が落ちるのを見つめる


ピポパポピンッ
ピポパポピンッ


不意に軽やかな音を奏でだすスマホ

画面には「司馬」の名前が表示されており、仕事の連絡である事を告げる



「あ、やっと出た!おい竹内大丈夫か?」
明らかに焦った声が聞こえてくる

「……う、うん。大丈夫…」
「大丈夫じゃないだろ、そんな声して」

間髪を入れずに話を遮ってくる司馬につい苦笑いしてしまう
櫻井さくらいさん、頭を強く打ったみたいだけど、意識とかはしっかりしてるみたいだし、身体も問題はないらしい。
でも……、仕事復帰はすぐ出来るんじゃないかな…
オレも今日の午後の新幹線でそっちに戻るから。
明日にはちゃんと出勤できるから、迷惑掛けてごめんな」

琥太郎こたろうの記憶喪失のことを言いそうになり、慌てて口を噤む
司馬にこれ以上迷惑を掛けるのも悪いし、なにより、今言ってしまうと、また泣いて取り乱しそうになるから…
なんとか普段通りを装って話し続ける

「竹内…、まぁ、大事がなかったならいい。詳しくは戻って来てから飯食いながら聞くから。
お前も無理すんなよ?まだオープンまでは日にちもあるし、こっちはなんとかするから」
同期で入社したのに、先に店長にまでなった司馬らしく、采配も他のスタッフとのコミュニケーションもしっかりしている
彼の声に少し元気をもらい
「サンキュー。戻る時間わかったら連絡する。色々ありがとな」


電話を切り、深く溜息を吐き出す
こうしてても、琥太郎こたろうが帰って来てくれるわけもない
退院の日がいつになるのかもわからない

病院にもう一度行って、先生に話しを聞きに行こうと思ったが、オレは恋人でも家族でもないらしい…
また昨日のように琥太郎こたろうに拒絶されるのが怖くて足が竦んでしまう


「戻ろう…。琥太郎こたろうは、まだ混乱してるだけだろうし、時間が経てばオレのこと、ちゃんと…思い出してくれるはず…」
声が震えるのをなんとか堪え、部屋の空調を切ってから、新幹線に乗るために駅に向かった
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

僕の罪と君の記憶

深山恐竜
BL
 ——僕は17歳で初恋に落ちた。  そしてその恋は叶った。僕と恋人の和也は幸せな時間を過ごしていたが、ある日和也から別れ話を切り出される。話し合いも十分にできないまま、和也は交通事故で頭を打ち記憶を失ってしまった。  もともと和也はノンケであった。僕は恋仲になることで和也の人生を狂わせてしまったと負い目を抱いていた。別れ話をしていたこともあり、僕は記憶を失った和也に自分たちの関係を伝えなかった。  記憶を失い別人のようになってしまった和也。僕はそのまま和也との関係を断ち切ることにしたのだが……。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

その部屋に残るのは、甘い香りだけ。

ロウバイ
BL
愛を思い出した攻めと愛を諦めた受けです。 同じ大学に通う、ひょんなことから言葉を交わすようになったハジメとシュウ。 仲はどんどん深まり、シュウからの告白を皮切りに同棲するほどにまで関係は進展するが、男女の恋愛とは違い明確な「ゴール」のない二人の関係は、失速していく。 一人家で二人の関係を見つめ悩み続けるシュウとは対照的に、ハジメは毎晩夜の街に出かけ二人の関係から目を背けてしまう…。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。

水鳴諒
BL
 目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)

処理中です...