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第3章

休憩②

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 鼻がむずむずする。


 くしゃみがしたいとかそういうわけではなく、ただ単に鼻先がむずむずする。

 何かが私の鼻のてっぺんに触れているのだ。


 私はその違和感で、目が覚めた。


 ふわっと、暖かな人の体温を感じる。


 目を開けると、目の前が黒1色に染まっていた。


 ゆらゆらと黒が揺れる。


 布だ。


「おい」


 頭上から声が聞こえた。

 明らかに聞き覚えのある声だった。


 私はバッと身体を起き上がらせる。

 私に声をかけた男ーー魔王は、飛び起きた私の身体を器用に避けた。


「なっ、なっ……!」
 

 何やってんのよ!


 驚きのあまり、そんな悲鳴さえ上げられず、私は口を魚のようにぱくぱくさせた。


 いつからこの男はいたのだろうか。

 さっきの体勢から察するに、この男はいつからか私の様子をじっと伺っていたのだろう。


 この男は、私の寝顔を凝視していたのだ。


 私は頭を抱えた。


 完全に気を抜いていた。

 まるで自分の家にいるかのように、爆睡していた。

 どんな呆けた顔をしていたのだろうか、私は。


 涎は垂れていなさそうで安心したが、それでも馬鹿みたいな顔を、この意地悪い男に見られてしまったのだ。

「……最悪」

「何がだ?」

「人の寝顔を許可なしに見るなんて、しかもガン見するなんて」


 私はこれ見よがしに大きなため息をついた。


 だが、

「なぜ余が責められねばならない? お前は我が妻になる人間だ」

 と、魔王はこともなげに答えた。

「これから、寝顔なんていくらでも見られるだろうに」

「そういうのって何事もタイミングが大事じゃないの」


 結婚、結婚と散々騒いではいるが、私たちはまだ会って数日も経過していない。


 ほぼ初対面だ。


 だが、そんな細かい点を詰ったところで、この尊大な魔王様が聞く耳を持つことがないことはとうの昔に気づいているので、私はもう一度嘆息するだけでこの件は済ませることにした。


「それより、どうしてここに?」

「ゾーイから、お前が休憩していると聞いてな」

「ああ……」

「せっかくだから、余もお前のドレスを選んでやろうと思ったんだが」

 
 魔王は少し微笑む。

「お前、センスないな」

「うるさいわね」

 私は力なく返事をした。


 私は部屋の掛け時計を見つめる。

 休憩の時間はまだあったが、もう一度目を瞑っても微妙に眠れない時間だった。

 仕方なく私はソファから立ち上がる。


「休憩はもう終わりか?」

「もう良いわ」

「そうか」


 私が部屋を出てゾーイさんのいる場所に戻ろうとすると、なぜか魔王もついてきた。


「なんでついてくるの?」

「さっきも言っただろう。余がお前のドレスを選ぶのを手伝ってやる」

「別に良いのに。魔王の仕事があるんでしょ?」

「終わらせた」


 私の中に疑問が湧き上がってくる。


 そんなに早く、仕事って終わるものなのだろうか。

 魔王は、人間の国王と同じような存在であるはずだ。それならば、私が想像もつかないくらいに大量の公務やらなんやらを、彼は取り組まなければいけないはずだった。


 それをこの数時間ですべて終わらせてきたのだろうか。


 この男は。
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