婚約破棄されそうですが、そんなことより私は眠りたい

接近

「あ、あんた！」


　アビゲイルは、下品にも私を指差す。

「何？　私を虐めに来たわけ！？　私が自分の婚約者と付き合ってるからって――」


　アビゲイルの言葉を聞いて、ざわつく教室。


　致し方ない。

　まさか自分の口から自分の不貞を暴露するだなんて、彼女のクラスメイトも思わないだろう。


「しーっ」

　私は指を口に当てて、黙るように促す。

「ここでその話は禁句ですわ。アビゲイルさん。あなたの立場がお悪くなりますよ？」

「は？　今あなたが悪くしようとしているんでしょうが」


　駄目だ。

　恋に暴走している女は手がつけられない。

　自分が悪いとはこれっぽっちも思っていないみたいだ。


　私はため息をついた。


　正直、この場から逃げ出したい。

　そして家に帰って美味しいお菓子を食べ、そのままベッドで眠りたい。

　牛のように。


　しかしここが踏ん張り時だ。

　このアビゲイルを丸め込み、自分の味方につければ。

　今後に大きく響くだろう面倒な問題を片づけることが出来る。


「私、アビゲイルさんにお話がありますの」

「話？　どうせ裏で――」

「ご心配なさらなくとも、私は1人ですわよ。私と2人きりになりたくないのであれば、あなたのご友人も連れてきていただいても構いませんし。それに」


　私はにっこりと微笑んだ。

「あなたにとって、非常に有利な話になるかと思います」


　アビゲイルは後ろを振り返る。


　さっきまでいた男子生徒軍団がこちらを見つめている。

　あれは確か、子爵家や男爵家の子息たちか。


　アビゲイルの男に対するモテ能力は物凄いようだ。

　普通に、どうやっているのか気になった。

　モテたいというわけではなく、単純な好奇心だ。


「……いえ」

　男友達に知られたくないのか、アビゲイルは首を振った。

「連れていかないわ」

「承知いたしました。では、空き教室に移動しましょうか」