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退却

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 アビゲイルは、まるで暴走車のようだった。


 自分の感情の赴くままに、自分が正しいと言わんばかりに、一応正妻的な立場である私に向かって文句を言う。

「あなた、その方とお付き合いなさっているんでしょう?」

「「は?」」


 アビゲイルは、ギルバートを指差した。


 私たちは思わず顔を見合わせる。


 何を言っているんだろう、この子は。


「そんな日中堂々と、他の男性と浮気をするあなたは、モーリスに相応しくないわ」

 アビゲイルは、思いっ切り特大ブーメランをぶん投げてきた。

「彼と幸せになるのは、この私よ。それだけは言っておくから。絶対にあなたには負けない。勝つのは、真実の愛ーー」

「ば、馬鹿! そんなわけのわからないことをーーわ、悪い2人とも。のアビゲイルの調子がちょっと悪いみたいで。し、失礼する」


 「友人」という単語を強調しつつ、モーリスは強引にアビゲイルの腕を掴み、引っ張っていった。


「ちょっと、モーリス! 話はまだ」

 と、アビゲイルはまだ言いたそうにしていたが、モーリスは決してそれを許さなかった。


 嵐のような2人が去り、この場に平穏が戻る。


 本を読む前は、それなりに眠気はあったけれど。

 さっきので、全部吹っ飛んでいった。


「……とんでもないわね」

 私は、空いた口の塞がらないギルバートに話しかける。

「恋って、あんなに人を狂わせるものなのかしら」


 アビゲイルは、確実に正気じゃなかった。

 頬は紅潮し、何かに浮かされたような顔をしていた。


 あんな馬鹿になるなんて、恋って怖いなあ。


「……君も、恋をしたらわかると思うよ。多分な」

 ギルバートが言った。

「あら、ギルバートさん。経験がおありなの?」

「さあ。ご想像にお任せします」
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