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第1章
娼館
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「ラウラ!」
春は眠い。
暖かくて、どうしてもウトウトしてしまう。
そんなひと時の幸せを、女楼主の一声に邪魔された。
「ラウラ! お前今どこにいるんだい?」
はっと目を覚ました私は、慌てて今の状況を確認する。
ここは厨房だ。
私は今、料理長に頼まれて大量のじゃがいもの皮をひたすら向いていたのだ。
おかげで腱鞘炎になりそう。
私は手に持っていた向きかけのじゃがいもとナイフをテーブルに置き、
「はい、女将さん! 今行きます」
と叫んだ。
「早く来とくれ! お客さんだよ」
「はーい!」
私が住み込みで働いている娼館は、どうもこの国にしては比較的まともな部類に入るらしい。
まあ、悪役令嬢とはいえ元貴族である私の母が娼婦として働いていたのだから、それくらいの配慮はあるだろう。
悪役令嬢時代の母を、当然私は実際にこの目で見たことはない。
私に前世の記憶が戻ったとき、私は彼女を見て酷く驚いた。
乙女ゲームの悪役令嬢ステラは、それはそれは最低な人間だった。
自分の我がままを通すなら、どんなことだってする。
何よりも酷いのは、自分の手を汚すことなく、だ。
人を脅し、金を使って無理やり悪事に染めさせた。
さらに性格は苛烈そのもので、誰に対しても理不尽だった。
そんな彼女を画面の向こう側で見ていたからこそ、生前の母の大人しい様子にびっくりしてしまったのだ。
あの娼婦生活で性格ががらりと変わってしまったのだろうか。
それとも、よほどの仕打ちを受けてしまったのか。
私の知る母は、随分と臆病だった。
客に怯え、常に身を縮こませ、不幸を肩に背負った哀れな女だった。
その転落ぶりが面白かったのか、母の客は悉くクソだった。
中には母の元奴隷もいたらしい。
客を取るとき、母は地獄でも行くような顔をしていた。
おかげさまで、私はこの国の男に夢を抱いていない。
母の成したことはことは当然悪だが、彼女の最期を見る限り、私はやりすぎなのではないかと思う。
母は苦しんで死んだ。
そしてその娘であるところの私――ラウラは、その罪を今背負って生きている。
「ラウラ!」
また大声で楼主が私を呼んだ。
「何してるんだい! 早く来なさい!」
「すみません! すぐに」
「お客さんが来てるつってんじゃないのさ」
「ごめんなさい」
私は慌てて厨房の扉を開け、廊下に飛び出していった。
春は眠い。
暖かくて、どうしてもウトウトしてしまう。
そんなひと時の幸せを、女楼主の一声に邪魔された。
「ラウラ! お前今どこにいるんだい?」
はっと目を覚ました私は、慌てて今の状況を確認する。
ここは厨房だ。
私は今、料理長に頼まれて大量のじゃがいもの皮をひたすら向いていたのだ。
おかげで腱鞘炎になりそう。
私は手に持っていた向きかけのじゃがいもとナイフをテーブルに置き、
「はい、女将さん! 今行きます」
と叫んだ。
「早く来とくれ! お客さんだよ」
「はーい!」
私が住み込みで働いている娼館は、どうもこの国にしては比較的まともな部類に入るらしい。
まあ、悪役令嬢とはいえ元貴族である私の母が娼婦として働いていたのだから、それくらいの配慮はあるだろう。
悪役令嬢時代の母を、当然私は実際にこの目で見たことはない。
私に前世の記憶が戻ったとき、私は彼女を見て酷く驚いた。
乙女ゲームの悪役令嬢ステラは、それはそれは最低な人間だった。
自分の我がままを通すなら、どんなことだってする。
何よりも酷いのは、自分の手を汚すことなく、だ。
人を脅し、金を使って無理やり悪事に染めさせた。
さらに性格は苛烈そのもので、誰に対しても理不尽だった。
そんな彼女を画面の向こう側で見ていたからこそ、生前の母の大人しい様子にびっくりしてしまったのだ。
あの娼婦生活で性格ががらりと変わってしまったのだろうか。
それとも、よほどの仕打ちを受けてしまったのか。
私の知る母は、随分と臆病だった。
客に怯え、常に身を縮こませ、不幸を肩に背負った哀れな女だった。
その転落ぶりが面白かったのか、母の客は悉くクソだった。
中には母の元奴隷もいたらしい。
客を取るとき、母は地獄でも行くような顔をしていた。
おかげさまで、私はこの国の男に夢を抱いていない。
母の成したことはことは当然悪だが、彼女の最期を見る限り、私はやりすぎなのではないかと思う。
母は苦しんで死んだ。
そしてその娘であるところの私――ラウラは、その罪を今背負って生きている。
「ラウラ!」
また大声で楼主が私を呼んだ。
「何してるんだい! 早く来なさい!」
「すみません! すぐに」
「お客さんが来てるつってんじゃないのさ」
「ごめんなさい」
私は慌てて厨房の扉を開け、廊下に飛び出していった。
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