上 下
36 / 78

暴力

しおりを挟む
「きゃあ!」

「まあ、なんてことっ」

「王子妃殿下がノエルに暴力を!」

「誰か、誰か先生を呼んでくださいまし!」


 教室は阿鼻叫喚の事態となった。


 本当に痛いのか、それとも大袈裟にやっているのかわからないけれど、ノエルは机と机の間で苦しんでいる。


 私は彼女に近づき、

「ノエル、ノエル……!?」


 彼女に声をかけ続ける。


「うっ、うぅ……」

 ノエルは頭を抱えている。


「頭痛い? 頭が痛いの?」

「い、痛い……」
 

 クロエ様のビンタはそこまでの威力ではなかったはずだが、倒れたときに頭を机の角で打ったのかもしれない。


 私は、

「ごめんね」

 と言って、ノエルの後頭部に触れる。

「うっ」


 ぬめっとした感触。


 右手の指先に、真っ赤な液体がこびりついている。


「いやぁ!」

「血が……!」


 後ろで悲鳴をあげるクラスメイトたち。


 私は振り返って叫んだ。

「早く医務室の先生を!」

「え、ええ!」


 1人の女子生徒が教室を飛び出していった。


「ノエル、ちょっとごめんね」


 私はノエルの頭を持ち上げ、ハンカチを敷いた膝の上に載せる。

「ノエル、声出せる?」

「……」

「難しそう?」

「う……」


 軽く呻いているが、意識はまだあるようだ。


 ほっとしたそのとき、

「おい」


 ルークの低い唸り声が、教室に響く。

「ルーク?」


 そちらの方に振り向くと、ルークが王子妃殿下の腕を掴んでいる。


「ちょっと、離しなさいよ! 私はこの国の王子妃よ!」


「……逃げようとしただろ、あんた」


 ルークはクロエ様を睨みつける。


 この混乱に乗じて逃げようとしていたのか、殿下は。


「は、離してよ……」

「ノエルを殴って、それで逃げるのか? 王子妃殿下が」

「……」


 クロエ様は決まり悪そうに視線を外した。

「あんたのやったことは、この教室にいる全員が見ていた。観念するんだな」

「ノエル、先生が来たわよ!」


 教室の扉が開き、さっき教室を飛び出した同級生が戻ってきた。

「大丈夫か! ーーなっ、これは」


 2人の大人が教室の中に入ってきた。

 1人は医務室の先生で、もう1人は生活指導の先生だ。


 医者は真っ直ぐに私たちの方へ近づき、ノエルの容態を確認する。

「何がありましたか?」

「王子妃殿下がノエルを叩いて、その衝撃で彼女はよろめき、頭を打ったようで……。血も出てます」

「わかりました。念の為、すぐに救急病院へ運びましょう。馬車の連絡をしますので、少々お待ちください」


 生徒指導の教師は、困惑した表情で数度瞬きした後、

「……殿下、お話をゆっくりお聞かせ願います」

 と、クロエ様に向かって言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました

お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。 その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。

3歳児にも劣る淑女(笑)

章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。 男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。 その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。 カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^) ほんの思い付きの1場面的な小噺。 王女以外の固有名詞を無くしました。 元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。 創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。

戦いから帰ってきた騎士なら、愛人を持ってもいいとでも?

新野乃花(大舟)
恋愛
健気に、一途に、戦いに向かった騎士であるトリガーの事を待ち続けていたフローラル。彼女はトリガーの婚約者として、この上ないほどの思いを抱きながらその帰りを願っていた。そしてそんなある日の事、戦いを終えたトリガーはフローラルのもとに帰還する。その時、その隣に親密そうな関係の一人の女性を伴って…。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

私だけが赤の他人

有沢真尋
恋愛
 私は母の不倫により、愛人との間に生まれた不義の子だ。  この家で、私だけが赤の他人。そんな私に、家族は優しくしてくれるけれど……。 (他サイトにも公開しています)

お姉様。ずっと隠していたことをお伝えしますね ~私は不幸ではなく幸せですよ~

柚木ゆず
恋愛
 今日は私が、ラファオール伯爵家に嫁ぐ日。ついにハーオット子爵邸を出られる時が訪れましたので、これまで隠していたことをお伝えします。  お姉様たちは私を苦しめるために、私が苦手にしていたクロード様と政略結婚をさせましたよね?  ですがそれは大きな間違いで、私はずっとクロード様のことが――

(完)なにも死ぬことないでしょう?

青空一夏
恋愛
ジュリエットはイリスィオス・ケビン公爵に一目惚れされて子爵家から嫁いできた美しい娘。イリスィオスは初めこそ優しかったものの、二人の愛人を離れに住まわせるようになった。 悩むジュリエットは悲しみのあまり湖に身を投げて死のうとしたが死にきれず昏睡状態になる。前世を昏睡状態で思い出したジュリエットは自分が日本という国で生きていたことを思い出す。還暦手前まで生きた記憶が不意に蘇ったのだ。 若い頃はいろいろな趣味を持ち、男性からもモテた彼女の名は真理。結婚もし子供も産み、いろいろな経験もしてきた真理は知っている。 『亭主、元気で留守がいい』ということを。 だったらこの状況って超ラッキーだわ♪ イケてるおばさん真理(外見は20代前半のジュリエット)がくりひろげるはちゃめちゃコメディー。 ゆるふわ設定ご都合主義。気分転換にどうぞ。初めはシリアス?ですが、途中からコメディーになります。中世ヨーロッパ風ですが和のテイストも混じり合う異世界。 昭和の懐かしい世界が広がります。懐かしい言葉あり。解説付き。

処理中です...