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クロエ

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「……」


 クロエ嬢は何か話したいと言っていたが、私の席の前に座ったまま声を発することはなかった。


 私は不安になる。


 この状況をもし殿下に見られれば、責められるのはきっと私だろう。


 殿下に勘違いされてはかなわない。


 私は焦って、立ち上がった。


「話がないなら、私はもう帰りますので」

「ルークさんがまだいるのに、ですか?」

 クロエは、感情の見えない顔で言った。


「……なんで知っているのでしょう?」

「先ほど、中庭で女生徒1人と2人っきりでいるところを見かけましたので」


 私は顔を顰めた。


 この人は、一体何を言いたいのだろう。


「恐らく、告白でしょうね」

 クロエ嬢は楽しそうに言った。


「取られるかもしれませんよ」

「取られるって」


 私は首を傾げる。

「何か勘違いされているようですが、私とルークはお付き合いしておりませんよ」

「あら、そうなのですか。随分と一緒に過ごしているようですから、てっきりそうだとばかり」


 私はクロエの意図がまったく読めなかった。


「それで、話というのはそれだけでしょうか?」


 私は無理やり会話を終わらせようとする。


「いいえ、そんなに急かさないでくだいよ」


 クロエ嬢は立ち上がり、私の腕を掴む。


「結婚するんです、私たち」


 がつんと頭を殴られたような衝撃が走った。


「そうなんですか……」

 そこまで言って、私は付け加えた。

「おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 私はその場を立ち去ろうとするが、思いのほかクロエ嬢の力が強く、私は振りほどけなかった。


「王子妃って、かなり大変だとお聞きしました」

「……そうみたいですね」

「そうなんですか?」

「さあ。私は王子妃ではありませんので」


 この人は一体どうしたいんだろう。


「でも、ソフィア様はきちんと花嫁修業をこなされていたそうで、尊敬しております」

「そうですか」


 私はもう片方の手で、鞄を持った。


「そういえば、殿下はどうされたのですか? てっきり一緒に帰られると思っていたのですが」」

「殿下は公務が忙しそうですので――それより、王妃様ってとても厳しい方なんですね」

「厳しくないですよ」

 私は早口で言った。


「とても良い方です」

「そうなんですか……。やっぱり、ソフィア様は公爵令嬢ですもので。私のような一介の男爵令嬢では、皆様も厳しい態度を取ってしまうのでしょう」

「……何がおっしゃりたいんですか?」

 私はとうとう尋ねた。

「あなたの言っていることには脈絡がないように思われます。私に何を言いたいんですか?」

「そんなきつい言い方をしないでくださいよ」


 クロエ嬢は、くすくすと笑う。


「私はあなたのことが羨ましいんです。だって、殿下に婚約破棄されても、ほかにもたくさん優しくしてくださる方がいらっしゃるじゃないですか。私には殿下しかいないので」


 私が何か言う前に、

「それでは、ごきげんよう」

 と、クロエ嬢は教室から立ち去った。


 私は泣きそうになった。

 惨めだった。


 なんで、なんであんな失礼なことを言われなきゃいけないのだろう。


 私はあの2人に裏切られた側なのに。


 なんで嫌味を言われなきゃいけないのだろう。

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