上 下
19 / 70

告白

しおりを挟む
「えっ」


 嘘でしょ、と言おうとしたが、それを先にライナーが回収した。


「僕は、本気だ。本気でそう思ってる」

「で、でも……」


 私は困惑した。

「君と婚約したい」


 脈絡がない。

 全くない。


 いや、あったのか?


 彼がさっきまで上の空だったのは、もしかしてそういう理由?


「……どうして、私なの?」


 真っ白になった頭をどうにか働かせて、絞り出したのはその言葉だった。

「愚問だよ、グレース」


 ライナーは少し顔をしかめる。

「君は綺麗だ。それに素敵な人だよ」

「あ、ありがとう」

「それが理由だ」

「そうなんだ」


 私は深呼吸して、心をを落ち着かせる。

「そ、それで」


 どうして求婚に至ったのだろうか。


 この女ったらしが。

 どうして私を?


「僕、婚約者がいないんだ」


 ライナーは言う。

「うん。知ってる」


 じゃなかったら、私はこの男と2人きりで会わない。

 絶対に会わない。


「でも、ライナー。あなたはアレよね? アレだから」


 女ったらしとか、女好きとか言えずに「アレ」を連呼しまくる。


「だから、私とデートしてたのよね?」


 ライナーのことだから、暇つぶしとまではいかないけれど、私とのデートはただのお遊びみたいなものだと思っていた。

 私は私で、ライナーにはお礼とオズワルドからの提案も兼ねていた。


 私は、彼とはそういう関係性だと思っていたのだ。


 ライナーはため息をついた。

「あのさ、グレースってちょっと僕のこと勘違いしているよね?」

「勘違い?」

「僕が君に色々やってきたことを、全部他の女の子たちにもしていると思ってた?」

「えっ、違うの?」

「僕は君にしかしてないよ。デートだって、こうやって誘ったり、散々君にアピールしてきたのに。全然気づいてなかったね」

「……」


 それは、申し訳ないというかなんというか。

 正直、彼がそういう人間だと思って完全に受け入れてしまっていた。


 だから、彼が私をデートに誘ったり綺麗だの可愛いだの言ったりするのは、彼のそういう性格だとばかり。


「それは、つまり」

 私は言う。

「私のことが好きってこと?」

「ご名答」


 ライナーはおどけた。

「正解したね。さすがグレースだ。君はかしこい」

「変なふざけ方はよしてよ――でも、私とあなたは先日会ったばかりよね?」

「それは君がそう思っているだけだ」


 ライナーはそう言うと、ふと何かに気づいたように周囲を見渡した。

 
 険しい表情を浮かべる。

「帰ろう」

「なんで?」

「誰かがこっちを見てる」


 彼は小声でそう言い、顎をしゃくった。

 振り返ろうとする私の顔を、ライナーは片手で止めた。

 そのまま耳を触る。


「イヤリング外れてるんじゃないかな?」

「イヤリング……?」


 いや、私今日イヤリングつけてきてないんだけど。


「ちょっと待って。つけてあげるよ」


 ライナーは良く通る声で言うと、私の耳に口を寄せた。


「多分、君の幼馴染のご両親かな? ここで食事するのは辞めて、帰ろう」

「嘘」


 鳥肌がたつ。


 なんでまた同じレストランに?

 ここは貴族が来るような場所ではないというのに。


 ……もしかして、私たちをつけていたの?


 気持ち悪。


「さっきから、こっちを見てたってこと?」

「さあね。僕も今気づいたところだから。ともかく、帰ろう。ほら、準備をして」


 私は無言で頷く。


 何も悪いことはしていないのに、すっと肝が冷えていくあの嫌な感じで、さっき食べたフレンチを吐きそうになった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

自称ヒロインに婚約者を……奪われませんでした

影茸
恋愛
平民から突然公爵家の一員、アイリスの妹となったアリミナは異常な程の魅力を持つ少女だった。 若い令息達、それも婚約者がいるものまで彼女を一目見た瞬間恋に落ちる。 そして、とうとう恐ろしい事態が起こってしまう。 ……アリミナがアイリスの婚約者である第2王子に目をつけたのだ。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

【完結】それぞれの贖罪

夢見 歩
恋愛
タグにネタバレがありますが、 作品への先入観を無くすために あらすじは書きません。 頭を空っぽにしてから 読んで頂けると嬉しいです。

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

愛なんてどこにもないと知っている

紫楼
恋愛
 私は親の選んだ相手と政略結婚をさせられた。  相手には長年の恋人がいて婚約時から全てを諦め、貴族の娘として割り切った。  白い結婚でも社交界でどんなに噂されてもどうでも良い。  結局は追い出されて、家に帰された。  両親には叱られ、兄にはため息を吐かれる。  一年もしないうちに再婚を命じられた。  彼は兄の親友で、兄が私の初恋だと勘違いした人。  私は何も期待できないことを知っている。  彼は私を愛さない。 主人公以外が愛や恋に迷走して暴走しているので、主人公は最後の方しか、トキメキがないです。  作者の脳内の世界観なので現実世界の法律や常識とは重ねないでお読むください。  誤字脱字は多いと思われますので、先にごめんなさい。 他サイトにも載せています。

(完)なにも死ぬことないでしょう?

青空一夏
恋愛
ジュリエットはイリスィオス・ケビン公爵に一目惚れされて子爵家から嫁いできた美しい娘。イリスィオスは初めこそ優しかったものの、二人の愛人を離れに住まわせるようになった。 悩むジュリエットは悲しみのあまり湖に身を投げて死のうとしたが死にきれず昏睡状態になる。前世を昏睡状態で思い出したジュリエットは自分が日本という国で生きていたことを思い出す。還暦手前まで生きた記憶が不意に蘇ったのだ。 若い頃はいろいろな趣味を持ち、男性からもモテた彼女の名は真理。結婚もし子供も産み、いろいろな経験もしてきた真理は知っている。 『亭主、元気で留守がいい』ということを。 だったらこの状況って超ラッキーだわ♪ イケてるおばさん真理(外見は20代前半のジュリエット)がくりひろげるはちゃめちゃコメディー。 ゆるふわ設定ご都合主義。気分転換にどうぞ。初めはシリアス?ですが、途中からコメディーになります。中世ヨーロッパ風ですが和のテイストも混じり合う異世界。 昭和の懐かしい世界が広がります。懐かしい言葉あり。解説付き。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

処理中です...