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決意
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ライナーは私の手を引きながら、イヴァンとジェシーが入っていった路地を覗き込んだ。
「まだいるね」
私もライナーに続いて、その角から顔を出す。
ジェシーがイヴァンの腕に手を絡ませ、肩に寄りかかりながら歩いている。
イヴァンもまんざらでもなさそうだった。
腹立つ。
ものすごく腹立つ。
裏切られて私を出し抜いていると思っていそうで。
そういえば。
ふと思ったことを口に出す。
「映画、どうするの?」
「今はその時じゃないだろ」
「もちろんそうなんだけど。私、さっきの映画観たくて」
「じゃあ、これが終わったら観に行こうか。無理だったら次回のデートの約束をしたい」
直球すぎて、びっくりする。
「次もあるんだ」
「君は僕とのデートは嫌かい?」
「いえ、そういうわけじゃないんだけど」
「それならぜひそうさせてほしい」
ライナーは私の方を見ずに言った。
視線はあの2人に固定したままだ。
2人は何やら楽しそうに話をしながら、右の道へ入っていった。
「行こう」
「あ、うん」
彼らが入った道を抜けると、そこは繁華街だった。
テカテカの光が、目に染みる。
初めて来た。
というか、初めて目に留めた。
繁華街は色とりどりで、けばけばしかった。
大通りとは全然違う。
さすがに昼は静かだったが、それでもイヴァンとジェシー以外のカップルらしき人たちをちらほら見かけた。
私は若干怖くなり、ライナーの方に身体を寄せる。
幼馴染の2人は、キャッキャと笑い合いながら、その真昼の繁華街を歩いていた。
「何しているんだ……?」
こうなることは予想していなかったのか、ライナーは少し気まずそうだった。
そのまま2人は怪しげなホテルに――というわけでは、どうやらなさそうだ。
自分たちは付き合っていないと主張したいのか、それとも彼らのうちにある僅かな罪悪感があるのか、イヴァンとジェシーは立ち並ぶホテルを指さしながら、騒いでいる。
「1つ思ったことがあるんだけど」
ライナーは言った。
「何?」
「あの男には、君はもったいないよ」
「そうね。私もそう思うわ」
私の冗談に、ライナーは強張った顔を少し和らげさせた。
「もう少し近づこうか。声が聞こえない」
彼はそう言いながら、何かを取り出す。
「それは?」
「テープレコーダーだ。これで会話を録音しよう。証拠は出来るだけ残しておいた方が良いからね」
「手慣れてるわね」
「まあね」
ライナーは肩をすくめて見せた。
「ほら、僕って女ったしだし」
私たちは2人に気づかれないよう、細心の注意を払って彼らに近づいた。
だがあの2人は大人なホテルに夢中なようで、私たちがつけていることをまったくわかっていないようだった。
近づくにつれ、声がはっきりと聞こえる。
ライナーは彼らに向かってテープレコーダーを向けた。
「なーにビビってんのよ!」
ジェシーはイヴァンの肩をバンバンと叩く。
「ビビってないよ」
イヴァンはけたけたと笑った。
「どう、この道わくわくしない?」
「この道知ってるってことは、ジェシーって実はビッチなんじゃないのか?」
「はぁ? さいってー!」
本当にカップルみたいだな。
私は思った。
いっそ付き合えばいいのに。
「グレースと来なよぉ」
急に自分の名前が出て、私は驚く。
「馬鹿、来るわけないだろ」
イヴァンは笑った。
「グレースはお固いんだ。こんな場所に連れて行ったら、発狂するよ」
ええ、発狂しそうですよ。
あなたたちの行動にね。
「ていうかさ、俺、グレースちょっと苦手なんだよね」
苦手、という言葉を聞いて、私は自分の心が黒く染まっていくのを感じた。
「ええ、何それ。イヴァンってばグレースが可哀想だよぉ」
「固すぎるんだよ。俺だってもうちょっと遊びたいのに。どう考えても俺の方が可哀想だろ」
……ふざけんな。
あなたたち、私が注意しても結局こういうことしているじゃない。
固いとか以前に、あなたたちが奔放すぎるのよ。
今すぐ飛び出して殴りに行きたい衝動に駆られるが、せっかくライナーが音声を取ってくれているので、それの邪魔をするわけにはいかない。
「ていうかさ」
ジェシーは言った。
「結局イヴァンって、グレースと仲良いわけ?」
「そう思ってるなら、ジェシーの目は腐ってるね」
「うわぁ、ひっど!」
ジェシーは声高らかに笑う。
そして――。
「じゃあさ、私たちが婚約すれば良かったのにね」
「婚約?」
「そう。だって、私たちこんなに仲良いし」
「確かに」
笑い合う2人。
私の悪口を言いながら、盛り上がる2人。
ブチ。
頭の中で、何かが切れる音がした。
「……そう言うんなら」
「グレース?」
どうしたの、という顔でライナーがこっちを向いた。
だか、今はそれに構える余裕がない。
私は手に力を込めて呟いた。
「そう言うなら、あなたたちのお望み通り、婚約破棄してあげるわよ」
「まだいるね」
私もライナーに続いて、その角から顔を出す。
ジェシーがイヴァンの腕に手を絡ませ、肩に寄りかかりながら歩いている。
イヴァンもまんざらでもなさそうだった。
腹立つ。
ものすごく腹立つ。
裏切られて私を出し抜いていると思っていそうで。
そういえば。
ふと思ったことを口に出す。
「映画、どうするの?」
「今はその時じゃないだろ」
「もちろんそうなんだけど。私、さっきの映画観たくて」
「じゃあ、これが終わったら観に行こうか。無理だったら次回のデートの約束をしたい」
直球すぎて、びっくりする。
「次もあるんだ」
「君は僕とのデートは嫌かい?」
「いえ、そういうわけじゃないんだけど」
「それならぜひそうさせてほしい」
ライナーは私の方を見ずに言った。
視線はあの2人に固定したままだ。
2人は何やら楽しそうに話をしながら、右の道へ入っていった。
「行こう」
「あ、うん」
彼らが入った道を抜けると、そこは繁華街だった。
テカテカの光が、目に染みる。
初めて来た。
というか、初めて目に留めた。
繁華街は色とりどりで、けばけばしかった。
大通りとは全然違う。
さすがに昼は静かだったが、それでもイヴァンとジェシー以外のカップルらしき人たちをちらほら見かけた。
私は若干怖くなり、ライナーの方に身体を寄せる。
幼馴染の2人は、キャッキャと笑い合いながら、その真昼の繁華街を歩いていた。
「何しているんだ……?」
こうなることは予想していなかったのか、ライナーは少し気まずそうだった。
そのまま2人は怪しげなホテルに――というわけでは、どうやらなさそうだ。
自分たちは付き合っていないと主張したいのか、それとも彼らのうちにある僅かな罪悪感があるのか、イヴァンとジェシーは立ち並ぶホテルを指さしながら、騒いでいる。
「1つ思ったことがあるんだけど」
ライナーは言った。
「何?」
「あの男には、君はもったいないよ」
「そうね。私もそう思うわ」
私の冗談に、ライナーは強張った顔を少し和らげさせた。
「もう少し近づこうか。声が聞こえない」
彼はそう言いながら、何かを取り出す。
「それは?」
「テープレコーダーだ。これで会話を録音しよう。証拠は出来るだけ残しておいた方が良いからね」
「手慣れてるわね」
「まあね」
ライナーは肩をすくめて見せた。
「ほら、僕って女ったしだし」
私たちは2人に気づかれないよう、細心の注意を払って彼らに近づいた。
だがあの2人は大人なホテルに夢中なようで、私たちがつけていることをまったくわかっていないようだった。
近づくにつれ、声がはっきりと聞こえる。
ライナーは彼らに向かってテープレコーダーを向けた。
「なーにビビってんのよ!」
ジェシーはイヴァンの肩をバンバンと叩く。
「ビビってないよ」
イヴァンはけたけたと笑った。
「どう、この道わくわくしない?」
「この道知ってるってことは、ジェシーって実はビッチなんじゃないのか?」
「はぁ? さいってー!」
本当にカップルみたいだな。
私は思った。
いっそ付き合えばいいのに。
「グレースと来なよぉ」
急に自分の名前が出て、私は驚く。
「馬鹿、来るわけないだろ」
イヴァンは笑った。
「グレースはお固いんだ。こんな場所に連れて行ったら、発狂するよ」
ええ、発狂しそうですよ。
あなたたちの行動にね。
「ていうかさ、俺、グレースちょっと苦手なんだよね」
苦手、という言葉を聞いて、私は自分の心が黒く染まっていくのを感じた。
「ええ、何それ。イヴァンってばグレースが可哀想だよぉ」
「固すぎるんだよ。俺だってもうちょっと遊びたいのに。どう考えても俺の方が可哀想だろ」
……ふざけんな。
あなたたち、私が注意しても結局こういうことしているじゃない。
固いとか以前に、あなたたちが奔放すぎるのよ。
今すぐ飛び出して殴りに行きたい衝動に駆られるが、せっかくライナーが音声を取ってくれているので、それの邪魔をするわけにはいかない。
「ていうかさ」
ジェシーは言った。
「結局イヴァンって、グレースと仲良いわけ?」
「そう思ってるなら、ジェシーの目は腐ってるね」
「うわぁ、ひっど!」
ジェシーは声高らかに笑う。
そして――。
「じゃあさ、私たちが婚約すれば良かったのにね」
「婚約?」
「そう。だって、私たちこんなに仲良いし」
「確かに」
笑い合う2人。
私の悪口を言いながら、盛り上がる2人。
ブチ。
頭の中で、何かが切れる音がした。
「……そう言うんなら」
「グレース?」
どうしたの、という顔でライナーがこっちを向いた。
だか、今はそれに構える余裕がない。
私は手に力を込めて呟いた。
「そう言うなら、あなたたちのお望み通り、婚約破棄してあげるわよ」
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