上 下
8 / 70

決意

しおりを挟む
 ライナーは私の手を引きながら、イヴァンとジェシーが入っていった路地を覗き込んだ。


「まだいるね」


 私もライナーに続いて、その角から顔を出す。

 ジェシーがイヴァンの腕に手を絡ませ、肩に寄りかかりながら歩いている。

 イヴァンもまんざらでもなさそうだった。


 腹立つ。

 ものすごく腹立つ。


 裏切られて私を出し抜いていると思っていそうで。


 そういえば。

 ふと思ったことを口に出す。


「映画、どうするの?」

「今はその時じゃないだろ」

「もちろんそうなんだけど。私、さっきの映画観たくて」

「じゃあ、これが終わったら観に行こうか。無理だったら次回のデートの約束をしたい」


 直球すぎて、びっくりする。


「次もあるんだ」

「君は僕とのデートは嫌かい?」

「いえ、そういうわけじゃないんだけど」

「それならぜひそうさせてほしい」


 ライナーは私の方を見ずに言った。

 視線はあの2人に固定したままだ。


 2人は何やら楽しそうに話をしながら、右の道へ入っていった。


「行こう」

「あ、うん」




 彼らが入った道を抜けると、そこは繁華街だった。

 テカテカの光が、目に染みる。


 初めて来た。


 というか、初めて目に留めた。


 繁華街は色とりどりで、けばけばしかった。

 大通りとは全然違う。

 さすがに昼は静かだったが、それでもイヴァンとジェシー以外のカップルらしき人たちをちらほら見かけた。


 私は若干怖くなり、ライナーの方に身体を寄せる。


 幼馴染の2人は、キャッキャと笑い合いながら、その真昼の繁華街を歩いていた。


「何しているんだ……?」


 こうなることは予想していなかったのか、ライナーは少し気まずそうだった。


 そのまま2人は怪しげなホテルに――というわけでは、どうやらなさそうだ。


 自分たちは付き合っていないと主張したいのか、それとも彼らのうちにある僅かな罪悪感があるのか、イヴァンとジェシーは立ち並ぶホテルを指さしながら、騒いでいる。


「1つ思ったことがあるんだけど」

 ライナーは言った。


「何?」

「あの男には、君はもったいないよ」

「そうね。私もそう思うわ」


 私の冗談に、ライナーは強張った顔を少し和らげさせた。

「もう少し近づこうか。声が聞こえない」

 彼はそう言いながら、何かを取り出す。


「それは?」

「テープレコーダーだ。これで会話を録音しよう。証拠は出来るだけ残しておいた方が良いからね」

「手慣れてるわね」

「まあね」


 ライナーは肩をすくめて見せた。


「ほら、僕って女ったしだし」




 私たちは2人に気づかれないよう、細心の注意を払って彼らに近づいた。

 だがあの2人は大人なホテルに夢中なようで、私たちがつけていることをまったくわかっていないようだった。


 近づくにつれ、声がはっきりと聞こえる。

 ライナーは彼らに向かってテープレコーダーを向けた。


「なーにビビってんのよ!」


 ジェシーはイヴァンの肩をバンバンと叩く。

「ビビってないよ」


 イヴァンはけたけたと笑った。

「どう、この道わくわくしない?」

「この道知ってるってことは、ジェシーって実はビッチなんじゃないのか?」

「はぁ? さいってー!」


 本当にカップルみたいだな。


 私は思った。


 いっそ付き合えばいいのに。


「グレースと来なよぉ」


 急に自分の名前が出て、私は驚く。

「馬鹿、来るわけないだろ」


 イヴァンは笑った。

「グレースはお固いんだ。こんな場所に連れて行ったら、発狂するよ」


 ええ、発狂しそうですよ。

 あなたたちの行動にね。


「ていうかさ、俺、グレースちょっと苦手なんだよね」


 苦手、という言葉を聞いて、私は自分の心が黒く染まっていくのを感じた。


「ええ、何それ。イヴァンってばグレースが可哀想だよぉ」

「固すぎるんだよ。俺だってもうちょっと遊びたいのに。どう考えても俺の方が可哀想だろ」



 ……ふざけんな。

 あなたたち、私が注意しても結局こういうことしているじゃない。

 固いとか以前に、あなたたちが奔放すぎるのよ。


 今すぐ飛び出して殴りに行きたい衝動に駆られるが、せっかくライナーが音声を取ってくれているので、それの邪魔をするわけにはいかない。


「ていうかさ」

 ジェシーは言った。


「結局イヴァンって、グレースと仲良いわけ?」

「そう思ってるなら、ジェシーの目は腐ってるね」

「うわぁ、ひっど!」


 ジェシーは声高らかに笑う。


 そして――。

「じゃあさ、私たちが婚約すれば良かったのにね」

「婚約?」

「そう。だって、私たちこんなに仲良いし」

「確かに」


 笑い合う2人。

 私の悪口を言いながら、盛り上がる2人。


 ブチ。


 頭の中で、何かが切れる音がした。


「……そう言うんなら」

「グレース?」


 どうしたの、という顔でライナーがこっちを向いた。


 だか、今はそれに構える余裕がない。


 私は手に力を込めて呟いた。

「そう言うなら、あなたたちのお望み通り、婚約破棄してあげるわよ」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

それは報われない恋のはずだった

ララ
恋愛
異母妹に全てを奪われた。‥‥ついには命までもーー。どうせ死ぬのなら最期くらい好きにしたっていいでしょう? 私には大好きな人がいる。幼いころの初恋。決して叶うことのない無謀な恋。 それはわかっていたから恐れ多くもこの気持ちを誰にも話すことはなかった。けれど‥‥死ぬと分かった今ならばもう何も怖いものなんてないわ。 忘れてくれたってかまわない。身勝手でしょう。でも許してね。これが最初で最後だから。あなたにこれ以上迷惑をかけることはないわ。 「幼き頃からあなたのことが好きでした。私の初恋です。本当に‥‥本当に大好きでした。ありがとう。そして‥‥さよなら。」 主人公 カミラ・フォーテール 異母妹 リリア・フォーテール

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

処理中です...