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第3章

料理教室

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「じゃ、まず手始めにこれ全部切って」

「え? これですか?」

「とりあえず切れ」
  
 そう言うなり立ち去ろうとした冬馬さんが指示したのは、大量の人参だった。


 全部形が歪で、土を被っている。

「え、いや、あの」
  
 私が困っていると、

「どんな切り方でも良いから。俺が戻ってくる前までにはやっておけよ」
  
 と、奥から声が聞こえてきた。

「思いっきりって言われてもなー」
  

 所在なさげな視線を人参の上に漂わせる。
  

 てっきり、付きっきりで教えてくれるものだとばかり思っていた。
  

 まあ良い。

 料理上手な冬馬さんのことだ。

 何か考えがあるのだろう。
  

 塵も積もれば山となる状態の人参を一体どう捌いていこうかと腕まくりをし、おもむろに包丁を握った。




「違う。そうじゃねぇ」
  
 冬馬さんが何か仕事をして戻ってくるまでの間に全て終わらせろと言われた私。

 当然そんなこと出来るはずもなく、私はこっぴどく鬼教師に叱られた。
 
  
 ちなみに戻ってきた冬馬さんが持ってきたものは、人参の切り方が書かれた紙だった。

 丁寧に絵までついているが、文字と同様、恐ろしいまでに寄生虫にしか見えないので、結局直接冬馬さんからご指導いただくことになった。

「なんで読めねぇんだよ」
  
 と、ぶつくさ彼は文句を言っていたが、自分の紡ぎ出す代物の出来栄えに自覚はないのか。
  
 私の料理と良い勝負よ。


 話を変えて。


 人参の切り方は、輪切り、みじん切り、細切り、千切り、短冊切り、拍子木切り、乱切り、などが存在する。

 巷でよく見かけるようなお花の人参もあることはあるが、冬馬さん曰く「超絶不器用」な私には何段階も先のことらしい。

「違う。こうだって」
  
 少しイライラしたような口調に、私は身をすくめる。
  

 余程、私は冬馬さんにとって「教育しがいのある」生徒なのだろう。

「そもそも包丁の握り方が違う」
  
 違和感に気づいたのか、冬馬さんは彼専用の包丁を取り出して握った。

「包丁を握るときは、柄の付け根を包んで、人差し指を刃の背に添わせる」

「こ、こうですか?」

「違う、こう」
  

 人差し指を無理矢理指定の場所に持って行かされた。

 痛い。

「で、背筋を伸ばす」
  

 肩を掴まれ肩甲骨をぐいっと寄せられる。

「痛い痛い痛い痛い!」
  
 思わずそう叫ぶと、彼意外にも直ぐに手を離してくれた。

「前から思ってたんだが、酷い猫背だな」
  

 酷いって、指摘されるほど私って酷いのか?
  

 キラキラと光る冷蔵庫に映る自分の姿を確認した。


 ……ゾッとする。


 子泣き爺かよ。

「ちょっと身長低過ぎるな」

「はぁ?」
  

 なんだコラ。

 背が低いの、馬鹿にしてんのか。
  

 というわけではなく、作業台と私の距離感が近いらしい。
  
 冬馬さんはどこからか、子供用のカラフルなプラスチックの台を持ってきた。
  

 懐かしい。

「こんなもんだろ。じゃあそれで、輪切りをやってみろ」
  

 輪切り。

 輪切りは確か……。
  

 早速冬馬さんの汚い絵を確認する。
  

 なにこれ。

 滅茶苦茶簡単じゃん。

「ド素人は直ぐに難しいものにチャレンジしようとしがちだが、料理が上手くなるためには、まず基礎をきちんとしなきゃいけねぇ」
  
 なるほどね。

 でもさすがにこれは出来るわよ。
  

 思いっきりやってくれという言葉を思い出し、持ち方も姿勢も変え、さあ切ってやるぞと勢いよく人参に切。込みを入れる。

「あっ」
  
 冬馬さんが声を上げた。


 しかし、もう手遅れだ。


 包丁の先が人差し指に突き刺さった。

 私のか細い人差し指の皮が割れ、内側から鮮血が滲む。

「痛ぁい!」
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