上 下
15 / 46
第2章

仕事

しおりを挟む
「高木さん。早速だけど、これやっておいてちょうだい」
  

 今更きづくのが遅いが、この会社はブラックなのかもしれない。
  

 手渡された資料の重みを肩に感じ、淡々とそう思った。
 
 きっちりファイリングされ、マジックで綺麗に書かれた取引先の名前を見ると、本当に松井さんは几帳面だなと思う。

「これ、暗唱しろとまでは言わないけど、読んで覚えてきて。あなたに同行してもらうのは来週からだから、それまでにしてちょうだい。それと、これ持って外出ちゃダメですからね」
  

 はいはいはい。

 私だってそれくらいは分かっていますよ。


 だってここに、禁帯出って書いてありますもん。


「はい、了解しました」

「じゃ、よろしくね」


 中途半端でふわふわした性格の元上司に比べて、きっちりした松井さんの方がいくらかマシではある。

 
 しかし、厳しいのに変わりはない。


 次々と運ばれてくるファイルを黙って見つめる。
  

 私だけじゃまともに運べない量なので、もちろんのこと手の空いている同僚に頼む訳だが。


 その憐憫の目のこと。


 あまりの辛さに、私は彼らから目を逸らした。
  

 言葉にしないものの、明らかに嫌がっている素振りを見せる後輩を見てもまるで意に介さない先輩は、自分も席から立ち上がってホワイトボードに営業と書いて出ていく。
  

 彼女の気配が姿を消した途端、重く沈んでいた空気が変な方向に飛び上がり、連中は私の頭上に陰口を飛び交わせた。

「あーほんと、辞めてくれればいいのに」

「本当それ。高木さんが可哀想」

「あーあ。ヒステリックババアがいるから、ここの空気も悪くなんだよ」  

「うるさいやつがいなくなった。お前ら、ちょっと休憩するか」

「さすが部長! ありがとうございます!」
  

 松井さんもそうだけど、何よりもお前らがここの空気汚してんだろと言いたいところだが。

 小市民の私が、こんな空気の中で言えるはずもなく。


 せめてものお前らとは違うんだよ感を出すため、早速ファイルに手を伸ばした。


 おおよそみんな私には変に同情しており、松井さんが私に文句を言うと必ず周りから不平が生まれ出てくる。


「高木さんが可哀想」

「あそこまで言わなくても良いのに」


 味方がいるのは嬉しいけれども、私の家が燃える前は私も雛子も六割ぐらい本気でこの会社辞めようかななんて話していた。
 

  正直、松井さんは苦手だ。

 性格が合わない。


 確かに仕事はできるが、ヒステリック気味で厳しいし。

 さらに言えば会社内での発言権が強く、小さなことですぐ怒る。


 扱いづらい。
  

 しかし、人格否定するまでボロクソに言うことはないだろう。


 彼らは別に性格が異常に悪いというわけではないのだが、今まで抑圧されていた分が私をきっかけによって噴出しているみたいだ。


 ただ、私を笠に着るのだけはやめて欲しい。

 というか、ここで文句言うなら本人に直接言って欲しい。
  

 会社もなんだか居心地が悪く、松井さんから渡された資料を急ピッチで覚えなければならないので、ストレスが身体に嫌という程蓄積されていく。
  

 せっかく冬馬さんとルームシェアしているのに、彼の料理を味わうこともなく、ただひたすら仕事に行って寝るだけの日々。
  

 辛い。

 これで給料上がらなかったら辞めよう。


 こう思っても、なんやかんやで辞められない。

 そんな人生。

  

 人生山あり谷あり。


 私はあの時あの瞬間、谷のどん底にいると思っていたけど。


 まだ続きがあったのか。
  

 あー、美味しいものが食べたい。

 何もかも、すべてから解放された状態で。


 美味しいご飯が食べたい。


 それがどれだけ幸せなことだろうか。


「ちょっと高木さん! あなたまだ覚えているの!? さっさとしてよ!」
  

 うるせえよ本当。

 しばき回してやろうか。
  

 脳内にガンガン鳴り響く金切り声。

 がむしゃらに同じページを何度も見つめる私。

 その上からさらに追い打ちをかける悪口のオンパレード。
  

 落ち着け私。

 落ち着くのよ。
  

 今頑張れば、大丈夫になるから。
  

 なんて言い聞かせて、気づけば一週間が過ぎていた。
  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おしごとおおごとゴロのこと

皐月 翠珠
キャラ文芸
家族を養うため、そして憧れの存在に会うために田舎から上京してきた一匹のクマのぬいぐるみ。 奉公先は華やかな世界に生きる都会のぬいぐるみの家。 夢や希望をみんなに届ける存在の現実、知る覚悟はありますか? 原案:皐月翠珠 てぃる 作:皐月翠珠 イラスト:てぃる

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

白鬼

藤田 秋
キャラ文芸
 ホームレスになった少女、千真(ちさな)が野宿場所に選んだのは、とある寂れた神社。しかし、夜の神社には既に危険な先客が居座っていた。化け物に襲われた千真の前に現れたのは、神職の衣装を身に纏った白き鬼だった――。  普通の人間、普通じゃない人間、半分妖怪、生粋の妖怪、神様はみんなお友達?  田舎町の端っこで繰り広げられる、巫女さんと神主さんの(頭の)ユルいグダグダな魑魅魍魎ライフ、開幕!  草食系どころか最早キャベツ野郎×鈍感なアホの子。  少年は正体を隠し、少女を守る。そして、少女は当然のように正体に気付かない。  二人の主人公が織り成す、王道を走りたかったけど横道に逸れるなんちゃってあやかし奇譚。  コメディとシリアスの温度差にご注意を。  他サイト様でも掲載中です。

インキュバスさんの8畳ワンルーム甘やかしごはん

夕日(夕日凪)
キャラ文芸
嶺井琴子、二十四歳は小さな印刷会社に勤める会社員である。 仕事疲れの日々を送っていたある日、琴子の夢の中に女性の『精気』を食べて生きる悪魔、 『インキュバス』を名乗る絶世の美貌の青年が現れた。 彼が琴子を見て口にした言葉は…… 「うわ。この子、精気も体力も枯れっ枯れだ」 その日からインキュバスのエルゥは、琴子の八畳ワンルームを訪れるようになった。 ただ美味しいご飯で、彼女を甘やかすためだけに。 世話焼きインキュバスとお疲れ女子のほのぼのだったり、時々シリアスだったりのラブコメディ。 ストックが尽きるまで1日1~2話更新です。10万文字前後で完結予定。

お犬様のお世話係りになったはずなんだけど………

ブラックベリィ
キャラ文芸
俺、神咲 和輝(かんざき かずき)は不幸のどん底に突き落とされました。 父親を失い、バイトもクビになって、早晩双子の妹、真奈と優奈を抱えてあわや路頭に………。そんな暗い未来陥る寸前に出会った少女の名は桜………。 そして、俺の新しいバイト先は決まったんだが………。

【完結】新人機動隊員と弁当屋のお姉さん。あるいは失われた五年間の話

古都まとい
ライト文芸
【第6回ライト文芸大賞 奨励賞受賞作】  食べることは生きること。食べるために生きているといっても過言ではない新人機動隊員、加藤将太巡査は寮の共用キッチンを使えないことから夕食難民となる。  コンビニ弁当やスーパーの惣菜で飢えをしのいでいたある日、空きビルの一階に弁当屋がオープンしているのを発見する。そこは若い女店主が一人で切り盛りする、こぢんまりとした温かな店だった。  将太は弁当屋へ通いつめるうちに女店主へ惹かれはじめ、女店主も将太を常連以上の存在として意識しはじめる。  しかし暑い夏の盛り、警察本部長の妻子が殺害されたことから日常は一変する。彼女にはなにか、秘密があるようで――。 ※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

処理中です...