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ジェフリーが席を外した今、私が出来ることは何もない。
夫を放置して挨拶回りをするのは、出しゃばりだとして社交界ではタブー視されている。
それが出来るとすれば、明るくて活発で特別な、私の親友だけだろう。
私は壁の花となるべく、大人しく広間の端に移動する。
目の前にちょうど置かれていた料理を口に運ぶ。
1人で心もとないせいか、あまり味がしなかった。
しばらくぼんやりと周囲を眺めていると、ふいに肩を叩かれる。
ようやく戻ってきたのかと笑顔で振り向いたが、相手はジェフリーではなかった。
「あっ」
「御機嫌よう、バートン侯爵夫人」
声をかけてきたのは、ジェフリーの上司であるヘルナンデス公爵だった。
気難しい表情の背の高い男性。
一気に緊張感が走る。
「ヘルナンデス様、ご機嫌麗しゅう」
私は慌ててお辞儀をした。
「君からのそんな固い挨拶は結構だ」
しかしヘルナンデス卿はすげなく言う。
「君は私の部下ではない」
「は、はい……。すみません」
私は委縮して頭を下げる。
ヘルナンデス公爵は、正直言って苦手だった。
何度か顔を合わせたことはあるが、いつまでも打ち解けられない。
向こうはどんな人に対しても態度が変わらず、厳しい。
私はその厳しさに畏怖を抱き、ただただ緊張しているだけだった。
ヘルナンデス公爵はため息をつき、周囲を見渡す。
「それより、君の夫はどうした? 姿が見えないが」
「申し訳ございません」
私は頭を下げる。
「具合が悪いそうなので、ただ今席を外しておりますの」
「……そうか」
公爵はそう言うと、私の隣にやってくる。
何かジェフリーに対する文句でもあるのかと身構えたが、特に彼は何も口にすることはない。
「……」
「……」
「……」
「……」
しばらく無言が続き、耐えられなくなった私は口を開いた。
「あ、あの。ヘルナンデス様」
「なんだ?」
「あの、お時間は大丈夫ですか?」
「は?」
「あ、いやあの、その。ヘルナンデス様の仕事ぶりを信用していないというわけではなくてですね」
私はしどろもどろになる。
「ヘルナンデス様はいつもお忙しそうですし。こんなところで休んでいても大丈夫なのかと」
ああ、駄目だ。
何を言っても棘があるようにしか聞こえない。
「問題はない」
ヘルナンデス卿は答えた。
「心配せずとも、この場ですべきことはある程度終わっている。それに――」
「それに?」
「パーティ会場で女性を1人きりにするわけにはいかないだろう」
夫を放置して挨拶回りをするのは、出しゃばりだとして社交界ではタブー視されている。
それが出来るとすれば、明るくて活発で特別な、私の親友だけだろう。
私は壁の花となるべく、大人しく広間の端に移動する。
目の前にちょうど置かれていた料理を口に運ぶ。
1人で心もとないせいか、あまり味がしなかった。
しばらくぼんやりと周囲を眺めていると、ふいに肩を叩かれる。
ようやく戻ってきたのかと笑顔で振り向いたが、相手はジェフリーではなかった。
「あっ」
「御機嫌よう、バートン侯爵夫人」
声をかけてきたのは、ジェフリーの上司であるヘルナンデス公爵だった。
気難しい表情の背の高い男性。
一気に緊張感が走る。
「ヘルナンデス様、ご機嫌麗しゅう」
私は慌ててお辞儀をした。
「君からのそんな固い挨拶は結構だ」
しかしヘルナンデス卿はすげなく言う。
「君は私の部下ではない」
「は、はい……。すみません」
私は委縮して頭を下げる。
ヘルナンデス公爵は、正直言って苦手だった。
何度か顔を合わせたことはあるが、いつまでも打ち解けられない。
向こうはどんな人に対しても態度が変わらず、厳しい。
私はその厳しさに畏怖を抱き、ただただ緊張しているだけだった。
ヘルナンデス公爵はため息をつき、周囲を見渡す。
「それより、君の夫はどうした? 姿が見えないが」
「申し訳ございません」
私は頭を下げる。
「具合が悪いそうなので、ただ今席を外しておりますの」
「……そうか」
公爵はそう言うと、私の隣にやってくる。
何かジェフリーに対する文句でもあるのかと身構えたが、特に彼は何も口にすることはない。
「……」
「……」
「……」
「……」
しばらく無言が続き、耐えられなくなった私は口を開いた。
「あ、あの。ヘルナンデス様」
「なんだ?」
「あの、お時間は大丈夫ですか?」
「は?」
「あ、いやあの、その。ヘルナンデス様の仕事ぶりを信用していないというわけではなくてですね」
私はしどろもどろになる。
「ヘルナンデス様はいつもお忙しそうですし。こんなところで休んでいても大丈夫なのかと」
ああ、駄目だ。
何を言っても棘があるようにしか聞こえない。
「問題はない」
ヘルナンデス卿は答えた。
「心配せずとも、この場ですべきことはある程度終わっている。それに――」
「それに?」
「パーティ会場で女性を1人きりにするわけにはいかないだろう」
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