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キス

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 キス。


 接吻。


 口吸い。


 口付け。


 ベーゼ


 …etc.


 私は頭が真っ白になった。

 声が出ない。

 口がぱくぱくと動くだけで、喉をどうやって使えばいいのかわからくなってしまう。



 あれは。


 あの前で、中庭で女子生徒とキスをしているのは、本当に私の婚約者なのだろうか?

 ユーリなのだろうか?


 数日前、私に向かって、

「恋をしたい」

 と言った、ユーリなのか?


 数日前ですよ……?

 ほんの。

 早過ぎない?

 いや、マジで。


「……」


 振り返ると、トニーが頭を抱えていた。

 マーサはどん引きしている。


「えっ、何、あれ?」

 私は、トニーに尋ねる。


「あれ、何?」

「……」

「……男爵令嬢のヒメナね」

 トニーの代わりに、マーサが答えた。


「ヒメナ?」

「そう。可愛いって最近男子たちの間で人気なのよ」

 ね、そうでしょ? と、マーサはトニーに向かって言った。


「う、うん……」

「早くない?」

 私は、誰に向けてでもなく、虚空に向かって呟いた。

「早くない? だって、私に距離を置きたいって言ってきたの、数日前よ。数日で、あんなふうになるの?」

「あいつ、そんなこと言ってたんだ……」


 トニーがまた頭を抱える。

「馬鹿だろ」


「……何か知ってるの?」

 私は窓から離れ、トニーの肩を掴みにいった。


「知ってて、私に何も言わなかったの?」

「いいや、いいや、違うんだウェンディ。ちょっと落ち着いて」


 トニーは私の手を払い除けようとするが、今度はマーサがトニーの腕を思いっきり握り締めた。


「痛っ!」

「はっきりと言いなさい。じゃないと、折るわよ」


 怖い。


 我が親友ながら、怖い。


「ひぇっ」

 可哀想な気の弱いトニーは、小さな悲鳴をあげ、怯えた子犬みたいな表情を浮かべる。


「ぼ、僕は何も聞いていないよ。だけど、あ、あの2人の仲が最近怪しいなと思ってて」

「いつから?」

 私は尋ねた。


「いつからなの?」

「す、数ヶ月から」


 私はもう一度窓辺に寄って、奴らを睨みつける。


 私たちに見られているとは露ほども思っていないであろう、あの馬鹿たちは、夕焼けを浴びながら、ひたすらイチャコラしていた。


 あんにゃろう。

 浮気してたのね。


 絶対、ぶっ飛ばしてやるわ。


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