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第1章

初日

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  私とウル殿下は、王座の間に向かっていた。


  むろん、マハナ国王夫妻への挨拶という理由でだが、久しぶりに熟睡したというウル殿下の爽やかぶりとは対象的に、私は最悪の気分である。

  頭痛が酷かったのだ。

  それはひとえに、このウル殿下が私を寝かせようとしなかったからだ。


  ……いや、こんなことを言えば語弊が生じる。


  そう思えるほどにまで、私はウル殿下に英才教育を施された。


  彼曰く、そんなに本を読んでいるのにも関わらず、知らなかったことが奇跡らしい。


  なにが奇跡だ。

  知らない方が良かった。


  そう心底思うものの、やはり王子夫妻となるにあたってはどうしても覚えなければならない基礎知識であり、かつ本来ならば時間をかけてゆっくりと習得、暗黙の了解となるそれが一気に頭に叩き込まれたせいで、私は頭が冴えて眠れなくなってしまった。

  逆に悩みを解決出来たウル殿下は、私に全てを教え切ると、さっさとベッドで睡眠を楽しんでいた。

  その幸せそうな寝顔を見つつ、いつこの男を刺してやろうかと怒りに満ち溢れながら、私は朝を迎えてしまったのだ。

「大丈夫か? マーガレット」

  しっかり熟睡したウル殿下は、なんの悩みも抱えていなさそうな顔で私に尋ねてきた。

「寝れなかったのか? 随分と眠そうだが」

  他人事のように言うウル殿下に向かい、私は何も答えずに恨みを込めて睨んだ。

「……っ」

  その様子を見ていた、私の召使いたちが顔を赤らめる。


  違う。断じて違う。

  想像しているようなことは一切起こっていない。


「いやあ、昨日のマーガレットは可愛かったなあ」

「ちょ、ちょっと!」

  そのことを知ってか知らずか、いや確実に気づいてさらに場を荒らしたがる子どもみたいな殿下は、もっと誤解されるようなことを言い出した。

「変なこと言わないでくださいよ、誤解されるでしょう」

「おや? 誤解って、昨日まではあんなに純粋無垢だったあんたからそんな言葉が聞けるとはな」

  召使いたちは、口元に手を押し当て、今にも悲鳴を上げんばかりだった。


  これ以上反論しても、ますます状況は悪くなるばかりだろう。


  私はもう口ごたえをせず、その代わり大袈裟にため息をついた。


  話を変えて、私が早朝に驚いたのは、マハナの王宮の朝がとてつもなく早いということだ。

  ブローディアでは昼になるころに皆が働きはじめていたのだが、この国は私が活動し始める時間が来る前から、仕事をしている人がちらほら見えている。

  もともと勤勉な国民気質なのだろう。

  私たちが今廊下を歩いている時間も、まだ日が差し込んだばかりのころであったし、その私たちに追随する召使いたちや、それを迎える兵士たちも、寝起きというような雰囲気ではなかった。

「ウル殿下、マーガレット様。どうぞこちらへ」

  待機していた兵士が、私たちを一枚の豪勢な扉の前まで案内した。

「ここは?」

「俺の両親の部屋だ」

  ウル殿下は言う。

「王座の間には行かないのですか?」

「ここがそうなのさ。国王は自室で政治を行うことになっている」

  
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