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第1章

結婚

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「は?」


 ナオミは言った。

「嘘でしょ?」

「嘘つく必要は、私にはないかと」


 ナオミは目を丸くし、テオは固まったまま声も発さない。


 私は戸惑う。


 私と伯爵の結婚が、そんなに意外なのだろうか。


「あの、」

 私は言った。

「何かおかしいことでも?」

「い、いや……」

 と、テオ。

「ただ、領主様が結婚というのが」

「領主様、良い人なんだけど、一生独身みたいなことおっしゃってたって噂で聞いてたんだよ。だからかなり意外で」

 と、ナオミ。

「あー」


 社交界では、彼の噂は酷いものばかりだ。


 おそらくそれは、結婚「しない」と言うより、「出来ない」の方が正しいのかもしれない。


「ってことはオリビア、あんた貴族様なのかい?」

「あっ、はい。一応。公爵家の」

「「公爵家!?」」

 2人は声を合わせて叫んだ。

「それじゃあ、領主様よりも立場が上じゃないか!」

「一応ですよ、一応」


 ほとんど家出同然で飛び出してきたのだから、その「公爵家」という家柄は、もはや役に立つのかどうかわからないが。


「それじゃ……」

 ナオミとテオは、お互い目を交わし合う。


「私たちも、それなりの言葉を使った方が」

「いえいえいえいえ」

 私は両手を振って断る。

「私、あまり貴族として見られるの好きじゃなくて。そうやって気さくに話しかけてくださったのが嬉しかったので、敬語なんて使わないでください」

「珍しいな、あんた」

 と、テオが言った。

「俺の見聞きする貴族ってのは、俺たちみたいな人間を見下して生きてる生き物だと思ってたんだが」

「それはそうなんですよねー。大体はそうだと思います」


 というか、全員。

 ほとんどの貴族は、自分の地位や名誉を悪い意味で誇りに思いながら生きている。


「そう言えば」

 ナオミが短く叫んだ。

「屋敷で働いている子たちから聞いたんだけどさ、あんた、今日屋敷に到着する予定なんだって?」

「ええ。そのつもりでした。ですが足が痛くて」

「馬鹿!」

「えっ」

「早く言いなさい、そんなこと!」

 テオは怒鳴った。

 私はその声にびっくりする。


「今日中につかなきゃ、伯爵様が心配するだろう。ほら、早く準備をしなさい」

「えっ、でも」


 今はかなり日もくれて、外はもう真っ暗だ。

 一寸先は闇状態。

 そこで馬車を走らせても、ただ危険なだけだ。


「お気持ちは嬉しいんですが、今日はもう暗いので」

「駄目だよ、オリビア」

 と、ナオミが言う。

「伯爵様は本当に良い人なんだ。時間通りに花嫁がやってこなかったら、心配になって、きっと見つかるまで探し続けるだろうよ」


 さあ行った行った、とナオミに急き立てられ、私はボストンバッグを持って外に飛び出した。
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