君の名をよばせて

雨ましろ

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帰ってこない

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一緒に手をつないで…というわけにはいかないけれど。
だって。まだ付き合っていなかったし。
一緒にくらしていたけれど、ただのルーシェア。
会社の寮みたいなところで。
僕、戸狩元希は、田丸義男と一緒に暮らしていた。
それで毎日、同じ部屋に帰ってきていた。
でも。あの日は、急に、田丸から連絡があって。
「帰れない」って。
言っていたけど。
本当は違う。
「ごめんな」とか、「本当に申し訳ないのだけど」なんて。
今思えば、嘘っぽい言い訳して。
そんな言葉いらなかった。
僕は、田丸と一緒に帰りたいだけだった。
田丸と一緒に部屋に帰りたかった。
ただそれだけだったのに……。
そして、僕は、ひとりぼっちになった。
僕を避けているのだと思った。
だから、いつもより早く帰ってみた。
「ただいま……」
返事はない。誰もいないみたいだ。
会社を早退してきたのだ、そして田丸に会えると思って。
田丸のことが気になって、理由を知りたかった。
帰れなくなるわけが気になった。
仕事を残業して帰ってこなかった。僕とすれ違う生活をはじめたわけ。
そう思った瞬間。
ガチャッ!玄関の鍵を開ける音がした。
「おかえり」僕が振り向いて言ったら。
田丸がいた。
あぁ、やっぱりそうだ。
僕のこと避けていた。
わざわざ。時間をずらして僕の帰宅していない時間にかえってきたのだね。
僕のいない隙に。
僕がいないときを狙って。
「え?何でいるんだよ?」
田丸の声は震えていた。
動揺しているようだ。
そりゃそうだよね。僕を避けていたのだから。
僕が帰っているはずがないと思っていたのだろう。
「…………」
何も答えられなかった。
聞きたい理由はきけなかった。田丸の動揺をみたら。
これ以上田丸を困らせたくなかった。
僕は居ても立っても居られないとき運よく会社を早退できた、なんて言えなかった。
田丸のライフスタイルを乱す気はないし。
理由を追求するほどの権利など僕にはなかった。
「今日も遅いのかと思っていたよ」
「うん。ちょっと用事があったから、早めに帰った」
「そっか」
ぎこちない会話が続いた。
それから、一週間ぐらいはこんな感じだったかな。
でも。だんだん慣れてきたようで、普通に接してくれるようになった。

まだ、僕は恋していなし別に好きな人がいた。
駅から歩いて20分の場所。
バスで帰れば5分だけれど、田丸と一緒に歩くのが日課。
田丸を始めてみたのはあの時。
11月に面接にいって帰り際、田丸はデスクで仕事していて。
「お疲れ様です。」挨拶をくれた。
声だけいけている髪の毛ぼさぼさの男性、真面目そうな印象だった。
僕は採用になって、田丸と同じ部署に配属された。

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