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それで、媚薬の件だが。
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「――王都への呼び出しがかかった。アカデミーで教鞭を取らないかという誘いだ」
「それは……おめでとうございます」
アカデミーに招かれるということは名誉なことだ。何かしらの功績がなければ、アカデミーで教員になることはできない。つまり、ディオニージオスが認められたということに他ならない。
私が素直に祝うと、ディオニージオス所長は大きく息をついた。
「僕がアカデミーで働くとなると、この工房は次の代に任せることになる。みんなの実力からすると――次期所長は君だ、ナディア君」
「……え? あ、いや、私なんてまだまだですよ」
アカデミーを卒業してベリンガー工房で働くこと早五年。私よりも長く工房に勤めている者が三人はいるのだが。
――どうして私が?
「謙遜しないでほしい」
「でも、若手じゃないですか」
私のあとに入ったのは二人。同期は一人いるが、彼は経理として働いている。工房を大きくするにあたり、金を扱う専属の人間が必要だろうと配属されたのだった。
――私以外にも適任がいるはずだよね?
困惑するままに返せば、ディオニージオス所長は私を見つめて困ったような顔をした。
「君はそう言うが、先日から舞い込んできた依頼は君が作った魔術道具の性能が認められたからだよ。僕の仕事じゃない」
「……あ」
言われてみればそうである。今回の多忙っぷりも、なんならその前の仕事の山も、私が作った魔術道具の評判が良かったからだ。
私が目を大きく見開くと、彼は反対に目を細めた。眩しいものでも見るような表情を浮かべる。
「アカデミーは、僕の継承者ができたことを喜んで、僕をアカデミーに招くことにしたらしい」
「そうなんですね。でも、やっぱり、喜ばしいことじゃないですか」
悲しげな声には違和感がある。
ディオニージオス所長は魔術道具を作ることも得意で好きなはずだが、魔術の探究も好んでいる。アカデミーで教鞭を取ることになれば授業に時間を取られてしまうだろうが、研究費をもらうことができる。魔術師として研究をしていくならば、またとない好機であるはずなのだ。
「君は、嫌じゃないのかい?」
「所長から学べなくなるのは寂しいですけど、それは私の個人的な感情ですので。所長はもっと大きな舞台で活躍できると思うんですよ。だから、私が引き留めるなんてできないです」
できなくなるのは学ぶことだけではない。王都とベリンガー工房は遠く離れた立地にある。気軽に会うこともできなくなる。
――この淡い恋心とも、今度こそお別れをしないと。
ディオニージオス所長のことを尊敬している。好意を持っていることも自覚している。
だが、親子ほど歳が離れているのだ。幼い頃から付き合いがあることを思うと、彼に恋愛の相手とされるわけがない。
アカデミーに入学する前にそれとなく気持ちを伝えたら断られてしまった。互いに研究者として、あるいは職人として付き合おうと言われたから今がある。それでも恋心は捨てられなかったのだけど。
私が笑顔を頑張って作ると、ディオニージオス所長は私からやっと離れた。立ち上がるとすぐに背中を向けられてしまい、彼の表情が見えない。
「……そうだな。君にも君の人生がある」
「はい」
声に涙が混じりそうなのをなんとか堪えて頷いた。笑顔で彼を見送りたかった。
「それで、媚薬の件だが」
「その話は流していただいて結構です」
「いや、聞いてほしい」
真面目な声で被せるように言われてしまうと、話題を変えられそうにはない。私は口をつぐんで続きを待つ。
「君と離れ離れになるかもしれないと思ったら、君に触れたいと願うようになってしまった。二人きりになったら襲ってしまいそうで怖くなったんだ」
「……はい?」
一体何の話が始まったのだろう。私は目を瞬かせる。
「間違いがあってはならないと思って、深夜にこっそり一人で媚薬を使って処理した。君を想いながら」
「……そ、それは大変でしたね」
ふんわりと返しながら、毛布の下でこっそり自分のふくよかな胸を抓ってみたが痛いだけだった。どうも現実らしい。なんなら動いたことで肌に摩擦が起きて快感でゾクッとした。媚薬の効果は未だ継続中。効き目はいつまで続くのだろう。
「枕に媚薬を吹きかけていたことを思い出して、君に媚薬が影響する前にと慌てて戻ってきたというわけだ。……手遅れだったみたいだが」
毛布の下は素っ裸なのだから、お察しである。ちらりとこちらを見た彼に向かって私は苦笑した。
「自分で処理できたので、お気になさらず」
「処理……それを使って、か?」
彼の指先が私の手に向けられる。私の左手は玩具を握ったままだ。
「あ、いえ。これは未使用です」
「では、なぜ握って?」
「お……お気になさらず。ちょっと気になっただけなので。片付けておきますから」
「そう、か……」
なぜ落胆気味なのだろう。
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