6 / 9
青の龍の物語
祭壇への道 1
しおりを挟む
(この道は……)
通路を走りきった先。あっただろう扉は魔法で破壊されており、外から吹き付ける風で髪が流される。ルルディは一歩外に出て、そこがどこなのか思い出した。
(あの部屋が供物庫だったなら、この道に出るのは当然といえば当然よね……)
緊張で喉が渇く。ごくりと唾を飲み込み、石でごつごつとした道の端まで歩いて見下ろす。
靄がかかって地面が見えない切り立った崖。振り向いて見上げれば、容易によじ登ることのできない壁のような斜面が目に入った。
ここは神殿から祭壇に向けて設けられた道。それは崖の縁に沿って作られた険しい場所で、お世辞にも道といえるのかも怪しい悪路だ。儀式の打ち合わせのために彼女は一度訪れたことがある。こんな形で再びやってくるとは、そのときのルルディには思いもしなかったのだが。
(しかし、困ったわね……)
神殿に戻るわけにはいかない。おそらく魔物に襲われて逃げ場はないだろう。祭壇は行き止まりではなかったはずなので、そこに向かうしかない。
(結局、祭壇には行かなきゃいけないのか)
自分の不思議な運命にため息をつきながらも、ルルディは祭壇に向けて走る。神殿よりも祭壇のある場所の方が低い位置にあるため、緩やかな下り坂がひたすら続く。
必死に駆けてきたルルディは、遠くに祭壇が見えてきたところで違和感を覚えた。
(何、この感覚……)
ぞわぞわっと肌を這っていくような不気味な気配。身の危険を感じて、ルルディは駆けながら背後を見やる。そしてその正体を理解した。
「なっ……」
ルルディは真っ直ぐに進行方向を見据えると、その両手を大きく振って足を動かす。
化け物がそこにいた。大柄な男くらいの背丈はあるだろう真っ黒な影だ。人型をしてはいるが、その輪郭はぼんやりとしていて揺らめいている。頭部らしき場所には巨大な一つ目と、耳まで裂けていると形容するのが相応しいだろう口が、少女を狙うかのように開かれていた。
そんな姿の化け物が一体だけでなく複数、見えるだけで五体はいるのが確認できる。
(あれが神殿を襲撃してきたやつらの正体か……)
見てしまったら恐怖で動けなくなるんじゃないか――そんなことも一瞬思ったルルディだったが、走った状態から、それも坂を下るように移動していたのが良かったのか、足は止まらずに動き続けている。
(逃げ切らないと、このままじゃ殺される……)
祭壇まではこの通りしかなく一本道。右手は谷へと繋がる傾斜のきつい岩肌、左手も登ることは不可能と思える急斜面だ。挟み撃ちにされたらお仕舞いと言える場所に、ルルディは薄ら寒いものを感じる。
(生け贄になりたくないだなんて言っちゃったのが、まずかったのかもしれないわね)
息が切れる。化け物との距離はじわじわ縮みつつあったが、まだ攻撃されるような間合いではない。
(町のみんなは無事かな……)
不安な気持ちが急速に胸に広がる。
その想いが足をもたつかせたようだ。ルルディは地面のくぼみに足を取られて転倒した。
ずざざざざっ……。
勢いと傾斜もあってルルディは地面に身体を強かに打ちつけ転がった。柔らかな素肌に無数の傷が生まれ、血で赤く滲む。
(痛いっ……)
足首を捻ることはなかったようだが、派手に転んで体中にできた擦り傷からは痛みが次々と押し寄せる。
(でも、逃げなきゃ……)
この化け物たちは黒の龍の血縁者に付き従う魔物たちなのだろう。生まれてからこれまで魔物に出会うことはなかったが、今対峙しているこの者たちこそがそれであるのだと本能的に感じ取った。
じっとしているわけにもいかず起き上がろうとして、しかし、地面に影が生まれるのを見て横に転がる。
「ちょっ……」
予期せぬ攻撃。
黒い影の手が伸びていた。
地面にその触手のように伸びたそれが突き刺さったかと思うと、瞬時に収縮。次の手をこちらに向かって構えていることが、ルルディが仰向けになったときに視界に飛び込んできた情報だった。
「くっ……」
ぎりっと奥歯に力を入れ、辺りに注意を向ける。投げられるようなものもないし、相手をひきつけておけそうなものも何もない。あるとすれば、壁のように切り立った空に向かう斜面と、転がるというよりも落下するだろうとしか考えられない地面に延びる崖があるだけだ。
(ここが限界みたいね……)
明らかに狙ってきているのがわかり、体勢を立て直そうとするが間に合わない。先頭にいた影の化け物の手が矢のように放たれる。
(殺されるくらいなら、せめて――)
もう逃げ場はない。ルルディは決意すると、影の攻撃を転がることで避けきり、そのまま谷底に向かう斜面へと身体を転がす。
(生け贄の儀式に則って死んでやるわよ――)
吸い込まれるように、ルルディの小さな身体は谷底へと落下していった。
通路を走りきった先。あっただろう扉は魔法で破壊されており、外から吹き付ける風で髪が流される。ルルディは一歩外に出て、そこがどこなのか思い出した。
(あの部屋が供物庫だったなら、この道に出るのは当然といえば当然よね……)
緊張で喉が渇く。ごくりと唾を飲み込み、石でごつごつとした道の端まで歩いて見下ろす。
靄がかかって地面が見えない切り立った崖。振り向いて見上げれば、容易によじ登ることのできない壁のような斜面が目に入った。
ここは神殿から祭壇に向けて設けられた道。それは崖の縁に沿って作られた険しい場所で、お世辞にも道といえるのかも怪しい悪路だ。儀式の打ち合わせのために彼女は一度訪れたことがある。こんな形で再びやってくるとは、そのときのルルディには思いもしなかったのだが。
(しかし、困ったわね……)
神殿に戻るわけにはいかない。おそらく魔物に襲われて逃げ場はないだろう。祭壇は行き止まりではなかったはずなので、そこに向かうしかない。
(結局、祭壇には行かなきゃいけないのか)
自分の不思議な運命にため息をつきながらも、ルルディは祭壇に向けて走る。神殿よりも祭壇のある場所の方が低い位置にあるため、緩やかな下り坂がひたすら続く。
必死に駆けてきたルルディは、遠くに祭壇が見えてきたところで違和感を覚えた。
(何、この感覚……)
ぞわぞわっと肌を這っていくような不気味な気配。身の危険を感じて、ルルディは駆けながら背後を見やる。そしてその正体を理解した。
「なっ……」
ルルディは真っ直ぐに進行方向を見据えると、その両手を大きく振って足を動かす。
化け物がそこにいた。大柄な男くらいの背丈はあるだろう真っ黒な影だ。人型をしてはいるが、その輪郭はぼんやりとしていて揺らめいている。頭部らしき場所には巨大な一つ目と、耳まで裂けていると形容するのが相応しいだろう口が、少女を狙うかのように開かれていた。
そんな姿の化け物が一体だけでなく複数、見えるだけで五体はいるのが確認できる。
(あれが神殿を襲撃してきたやつらの正体か……)
見てしまったら恐怖で動けなくなるんじゃないか――そんなことも一瞬思ったルルディだったが、走った状態から、それも坂を下るように移動していたのが良かったのか、足は止まらずに動き続けている。
(逃げ切らないと、このままじゃ殺される……)
祭壇まではこの通りしかなく一本道。右手は谷へと繋がる傾斜のきつい岩肌、左手も登ることは不可能と思える急斜面だ。挟み撃ちにされたらお仕舞いと言える場所に、ルルディは薄ら寒いものを感じる。
(生け贄になりたくないだなんて言っちゃったのが、まずかったのかもしれないわね)
息が切れる。化け物との距離はじわじわ縮みつつあったが、まだ攻撃されるような間合いではない。
(町のみんなは無事かな……)
不安な気持ちが急速に胸に広がる。
その想いが足をもたつかせたようだ。ルルディは地面のくぼみに足を取られて転倒した。
ずざざざざっ……。
勢いと傾斜もあってルルディは地面に身体を強かに打ちつけ転がった。柔らかな素肌に無数の傷が生まれ、血で赤く滲む。
(痛いっ……)
足首を捻ることはなかったようだが、派手に転んで体中にできた擦り傷からは痛みが次々と押し寄せる。
(でも、逃げなきゃ……)
この化け物たちは黒の龍の血縁者に付き従う魔物たちなのだろう。生まれてからこれまで魔物に出会うことはなかったが、今対峙しているこの者たちこそがそれであるのだと本能的に感じ取った。
じっとしているわけにもいかず起き上がろうとして、しかし、地面に影が生まれるのを見て横に転がる。
「ちょっ……」
予期せぬ攻撃。
黒い影の手が伸びていた。
地面にその触手のように伸びたそれが突き刺さったかと思うと、瞬時に収縮。次の手をこちらに向かって構えていることが、ルルディが仰向けになったときに視界に飛び込んできた情報だった。
「くっ……」
ぎりっと奥歯に力を入れ、辺りに注意を向ける。投げられるようなものもないし、相手をひきつけておけそうなものも何もない。あるとすれば、壁のように切り立った空に向かう斜面と、転がるというよりも落下するだろうとしか考えられない地面に延びる崖があるだけだ。
(ここが限界みたいね……)
明らかに狙ってきているのがわかり、体勢を立て直そうとするが間に合わない。先頭にいた影の化け物の手が矢のように放たれる。
(殺されるくらいなら、せめて――)
もう逃げ場はない。ルルディは決意すると、影の攻撃を転がることで避けきり、そのまま谷底に向かう斜面へと身体を転がす。
(生け贄の儀式に則って死んでやるわよ――)
吸い込まれるように、ルルディの小さな身体は谷底へと落下していった。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
Age43の異世界生活…おじさんなのでほのぼの暮します
夏田スイカ
ファンタジー
異世界に転生した一方で、何故かおじさんのままだった主人公・沢村英司が、薬師となって様々な人助けをする物語です。
この説明をご覧になった読者の方は、是非一読お願いします。
※更新スパンは週1~2話程度を予定しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
魔法のせいだからって許せるわけがない
ユウユウ
ファンタジー
私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。
すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる