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White Day's Rhapsody
*9* 3月14日金曜日、21時前
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ホテル内にある土産物屋で、紅は物色していた。大浴場と露天風呂で異なる温泉に浸かったあとの浴衣姿である。
お土産を何にしようか悩んでいると、スマートフォンに着信があった。紅はスマートフォンを手に取ると店の外に移動する。誰からであるかを確認して、電話に出た。
「もしもし?」
「今晩は、紅。なかなか電話できなくてこんな時間になってしまいましたが、今、大丈夫ですか?」
相手は星章蒼衣だ。卒業旅行先から掛けてきているのだろう。
「うん、大丈夫。さっきまでお風呂に入っていたからちょうど良いタイミングよ」
「それは良かった。――ところで紅、貴女は今、どこにいらっしゃるのですか?」
「えっ?」
紅は言葉を詰まらせる。蒼衣には今日の仕事の話はしていないのだ。
「火群の家にいないことは存じております。誰とどこにいるのです? こんな時間に」
現在は二十一時前。一応の門限は二十一時なのだから、今家にいないということは色々と問題があるはずだ――蒼衣の台詞には疑いの感情がありありと表れている。
――下手な嘘は百害あって一利なしね……。
紅は隠すのを諦めて、白状することにした。
「今ね、出水本家の依頼で下田にいるの。明日には家に帰るわ。心配しないで」
「誰と来ているかの答えになっていませんが?」
かわせない。蒼衣は鋭い。どこにいるか、よりも、誰といるか、の方が大事なのだろう。
――蒼衣兄様からすれば、誰があたしと一緒にいるのか気になって当然か……。
「えっとね……抜折羅と白浪先輩が一緒です……」
言いにくいが仕方がない。あとで二人がどんな目に遭わされるのか想像できないが、黙っていても悪い方にしか転がらないだろうことはわかる。
小声で告げると、蒼衣は無言になった。
――恐い……。
冷や汗が流れてきた。何か言わねば――紅は焦る。
「あ、あたしなら大丈夫だから、ね? 二人を信用してくれないかしら?」
「どうして貴女はそういう迂闊なことをするのです? 私を怒らせて、貴女に利点があるとは思えませんが?」
責められても仕方がないとは思う。だが、一つだけ言い訳をしたい。紅は告げる。
「あ、あたしだって想定外だったのよ。運命の悪戯ってやつ? 泊まりじゃなくて、家に帰るつもりだったのよ。信じてくれなくていいから、その言い訳だけは心に留めておいてっ!」
クジを作ろうと思い立った時点では、紅は一人退場のクジを引き当てるつもりだった。抜折羅の運のなさ、遊輝の運のよさを考えると、自身の抜折羅と一緒にいたいという気持ちと相殺してそこに落ち着くと考えたのだ。
また、無駄に器用な遊輝に任せるとどんな細工を仕込んでくるのかわからない。だからこそ抜折羅にだけ手伝ってもらった。紅主導で何も問題がなかったはずなのに、納得しかねる結果を引き当ててしまった自分が呪わしい。こんなことなら、初めからクジに細工をしておくべきだったと思うが、後の祭である。
――あたしの何が間違っていたというのかしら?
賭けに失敗したのは明らかで、果たしてそこに理由が存在するのかはわからない。だが、もしも原因があるなら知りたい。
――とにかく、もう運試しだなんてギャンブルは懲り懲りだわ……。
「紅、あとでレポートを要求します。私が納得できなければ、貴女を今度こそ拘束しますからそのつもりで。良いですね?」
「はい……」
頷く以外の選択肢は存在しない。蒼衣の声は恐ろしい。
「二人から何かされたなら、必ず報告するように。制裁を加えます」
「二人にそう伝えておくわよ。それだけでも充分な抑止力になるでしょ?」
「紅も二人を挑発するようなことはしないでくださいね。貴女は危機感が無さ過ぎる」
「はい……」
指摘はもっともだ。今朝のことも思えばなおさら何も言えない。
黙っておとなしくしていると、ため息をついて蒼衣が続ける。
「――紅、私は何も貴女をどうこうしたいわけではないのです。私だけを見て欲しいという気持ちは強いですが、一方で貴女の幸せを願っているのも確かなのです。貴女が私を選ばないのは私の魅力が足りないからでしょう。ですから貴女が金剛を選び、付き合っていることを責めるつもりはありません。そういう意味では、私は金剛に手出しはしません。陥れるようなことをしてまで貴女を手に入れようとはしないでしょう。恨まれたくはありませんから。私の気持ち、紅なら理解を示していただけますよね?」
蒼衣は抜折羅に負けていると考えているからこそ、婚約者であるはずの紅が抜折羅のところに通うことを許している。強引な手を使っても、紅の心が離れてしまうだけだと知っているからだ。
「あなたの想いを踏みにじるようなことはしないわよ」
「信じていますよ、紅。貴女は貴女自身を大事にして下さいね。――今夜はこれで失礼いたします。おやすみなさい、紅」
「おやすみなさい、蒼衣兄様」
通話が切れる。どっと疲れた。
――蒼衣兄様の気持ちを想像できても、あたしはやっぱりあなたを選べない……。
気持ちの整理ができない。彼を説得できなかったら、この心苦しい想いを抱えたまま蒼衣との結婚を受け入れなければいけなくなるのに。
――抜折羅への気持ちをもっとあたし自身が説明できれば良いのに。
思うようにならない気持ちに惑わされつつ、紅は部屋に戻ることに決めたのだった。
お土産を何にしようか悩んでいると、スマートフォンに着信があった。紅はスマートフォンを手に取ると店の外に移動する。誰からであるかを確認して、電話に出た。
「もしもし?」
「今晩は、紅。なかなか電話できなくてこんな時間になってしまいましたが、今、大丈夫ですか?」
相手は星章蒼衣だ。卒業旅行先から掛けてきているのだろう。
「うん、大丈夫。さっきまでお風呂に入っていたからちょうど良いタイミングよ」
「それは良かった。――ところで紅、貴女は今、どこにいらっしゃるのですか?」
「えっ?」
紅は言葉を詰まらせる。蒼衣には今日の仕事の話はしていないのだ。
「火群の家にいないことは存じております。誰とどこにいるのです? こんな時間に」
現在は二十一時前。一応の門限は二十一時なのだから、今家にいないということは色々と問題があるはずだ――蒼衣の台詞には疑いの感情がありありと表れている。
――下手な嘘は百害あって一利なしね……。
紅は隠すのを諦めて、白状することにした。
「今ね、出水本家の依頼で下田にいるの。明日には家に帰るわ。心配しないで」
「誰と来ているかの答えになっていませんが?」
かわせない。蒼衣は鋭い。どこにいるか、よりも、誰といるか、の方が大事なのだろう。
――蒼衣兄様からすれば、誰があたしと一緒にいるのか気になって当然か……。
「えっとね……抜折羅と白浪先輩が一緒です……」
言いにくいが仕方がない。あとで二人がどんな目に遭わされるのか想像できないが、黙っていても悪い方にしか転がらないだろうことはわかる。
小声で告げると、蒼衣は無言になった。
――恐い……。
冷や汗が流れてきた。何か言わねば――紅は焦る。
「あ、あたしなら大丈夫だから、ね? 二人を信用してくれないかしら?」
「どうして貴女はそういう迂闊なことをするのです? 私を怒らせて、貴女に利点があるとは思えませんが?」
責められても仕方がないとは思う。だが、一つだけ言い訳をしたい。紅は告げる。
「あ、あたしだって想定外だったのよ。運命の悪戯ってやつ? 泊まりじゃなくて、家に帰るつもりだったのよ。信じてくれなくていいから、その言い訳だけは心に留めておいてっ!」
クジを作ろうと思い立った時点では、紅は一人退場のクジを引き当てるつもりだった。抜折羅の運のなさ、遊輝の運のよさを考えると、自身の抜折羅と一緒にいたいという気持ちと相殺してそこに落ち着くと考えたのだ。
また、無駄に器用な遊輝に任せるとどんな細工を仕込んでくるのかわからない。だからこそ抜折羅にだけ手伝ってもらった。紅主導で何も問題がなかったはずなのに、納得しかねる結果を引き当ててしまった自分が呪わしい。こんなことなら、初めからクジに細工をしておくべきだったと思うが、後の祭である。
――あたしの何が間違っていたというのかしら?
賭けに失敗したのは明らかで、果たしてそこに理由が存在するのかはわからない。だが、もしも原因があるなら知りたい。
――とにかく、もう運試しだなんてギャンブルは懲り懲りだわ……。
「紅、あとでレポートを要求します。私が納得できなければ、貴女を今度こそ拘束しますからそのつもりで。良いですね?」
「はい……」
頷く以外の選択肢は存在しない。蒼衣の声は恐ろしい。
「二人から何かされたなら、必ず報告するように。制裁を加えます」
「二人にそう伝えておくわよ。それだけでも充分な抑止力になるでしょ?」
「紅も二人を挑発するようなことはしないでくださいね。貴女は危機感が無さ過ぎる」
「はい……」
指摘はもっともだ。今朝のことも思えばなおさら何も言えない。
黙っておとなしくしていると、ため息をついて蒼衣が続ける。
「――紅、私は何も貴女をどうこうしたいわけではないのです。私だけを見て欲しいという気持ちは強いですが、一方で貴女の幸せを願っているのも確かなのです。貴女が私を選ばないのは私の魅力が足りないからでしょう。ですから貴女が金剛を選び、付き合っていることを責めるつもりはありません。そういう意味では、私は金剛に手出しはしません。陥れるようなことをしてまで貴女を手に入れようとはしないでしょう。恨まれたくはありませんから。私の気持ち、紅なら理解を示していただけますよね?」
蒼衣は抜折羅に負けていると考えているからこそ、婚約者であるはずの紅が抜折羅のところに通うことを許している。強引な手を使っても、紅の心が離れてしまうだけだと知っているからだ。
「あなたの想いを踏みにじるようなことはしないわよ」
「信じていますよ、紅。貴女は貴女自身を大事にして下さいね。――今夜はこれで失礼いたします。おやすみなさい、紅」
「おやすみなさい、蒼衣兄様」
通話が切れる。どっと疲れた。
――蒼衣兄様の気持ちを想像できても、あたしはやっぱりあなたを選べない……。
気持ちの整理ができない。彼を説得できなかったら、この心苦しい想いを抱えたまま蒼衣との結婚を受け入れなければいけなくなるのに。
――抜折羅への気持ちをもっとあたし自身が説明できれば良いのに。
思うようにならない気持ちに惑わされつつ、紅は部屋に戻ることに決めたのだった。
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