上 下
180 / 309
【番外編】必要なのは夢魔を祓う石(R-15)

*3* 12月6日金曜日、17時過ぎ

しおりを挟む
 期末テストが来週に迫っているため、部活動は基本的にお休みだ。一七時過ぎに帰宅したこうが自室で着替えていると、スマートフォンが鳴る。

 ――この着信音は。

 急いでセーターを着て、電話に出る。

「もしもし?」
「紅、今、大丈夫か?」

 事務的な口調で聞こえる声は、今日は一度も顔を合わせていない抜折羅ばさらのものだった。外から電話を掛けてきているのか、彼の声以外の物音や話し声が賑やかだ。

「うん、大丈夫。ちょうど帰ってきたところだし」

 紅はベッドに腰を下ろして反応を待つ。何の用事があるのか、さっぱりわからない。

「そっか。なら良かった」
「用件は何?」

 彼に限って、声が聞きたかっただけなんてことはない。甘い期待などせずに、抜折羅を促す。

「お前さえ良かったら、明日、一緒に出掛けないか?」
「……試験前なんだけど」

 誘いは嬉しいが、今の状況からすると暢気なことを言っている場合ではない。

「わかってる。ただ、俺としては、今日の授業のノートを借りたいという目的もある。無理だというなら、別に構わないんだ」
「うーん。ま、良いわよ。ノートも貸してあげる」
「恩に着るよ」
「ところで、今日はなんで欠席したの? 華代子かよこっちは家庭の事情だって言っていたけど」

 担任教師は抜折羅の欠席の理由をそのように説明していた。アメリカから単身で日本に来ているはずの抜折羅の家庭の事情とは何なのだろうか。

 ――まぁ、可能性としては、魔性石絡みの仕事って確率が高いけど。

「紅は東京ミネラルショーって知っているか?」

 〝東京ミネラルショー〟という単語に聞き覚えはあった。地学部で、先輩の藍染あいぞめかいが話していたことを思い出す。

「うん。いわゆる鉱物市ってやつよね。毎年の今頃に池袋で開かれているって聞いたことがあるわ」
「今年は十二月六日から九日までなんだ」
「それが?」

 開催が今日からだということは理解できたが、どう繋がるのかよくわからない。鉱物市というものに参加したことがないから、イメージが湧かないのだ。

「出展業者に知り合いがいるんで情報交換したり、うっかり魔性石が流れてないか初日にチェックしておく必要があったんで、今日は休むことになったわけだ。タリスマンオーダー社の社員としての仕事だな」

 タリスマンオーダー社とは、宝石の鑑定や鑑別を行っている会社だ。本社はワシントンにある。その姿は表向きのもので、実際は『魔性石』と便宜的に呼んでいる、人を惑わし不可思議な力を与える石を調査し管理する組織だ。
 抜折羅の養母はタリスマンオーダー社の社長であり、抜折羅自身は宝石学資格を持つ社員である。

「それはお疲れ様。何か収穫はあったの?」

 この時間に連絡してきたのは、紅が帰宅するタイミングを見計らっていたからだけでなく、仕事の都合も含むのだろう。

「残念ながら、芳しい情報はなかった。魔性石にしても、人に害をなすほど強力なものはない。効き目のいいパワーストーンってぐらいのもんだ。結構、世界のいたるところから業者が集まるから、気にはしていたんだけどな」

 抜折羅の話し方は淡々とした感じで、あまりがっかりしているようには聞こえなかった。

「そう……」

 ――あたしの前では、無理しなくて良いのに。

 紅は気落ちした声を出す。
 抜折羅は青いダイヤモンドの魔性石〝ホープ〟に呪われている。本人、及び親しい人間に不幸を招き、最悪の場合は死に至らしめる――そういう類の呪いに。抜折羅の両親も呪いの被害者であり、既に他界している。
 そんな事情で、抜折羅はホープの呪いを解くために必要な〝ホープの欠片〟を探さねばならない。宝石学資格を取得していたり、タリスマンオーダー社の社員だったりするのも、情報収集を円滑に進めるための努力の一部分なのだ。

「……お前が凹んだ声を出すなよ」
「だって……」
「こういうのは巡り合わせもあるからな。慌てても仕方がないことだ。気長にいくさ。――で、明日なんだが、九時くらいに火群ほむらの家の近くに車で迎えに行くってことで構わないか?」

 いつもよりもちょっぴり強引な気がする。珍しいことだ。

「いいけど……どこに行くの?」
「ん……ショッピングみたいな感じか? とりあえず、そう思っていてくれればいい」
「うん、よくわからないけど、わかったことにするわ」

 はっきり答えないのも彼らしくなくて不思議だ。何か企んでいるのだろうか。

「じゃあ、また明日に」
「うん。また明日」

 通話が切れる。
 紅はスマートフォンの画面を見ながら、つい笑んでしまう。充電器に繋ぐと、明日着ていく服の物色を始めたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

下品な男に下品に調教される清楚だった図書委員の話

神谷 愛
恋愛
クラスで目立つこともない彼女。半ば押し付けれられる形でなった図書委員の仕事のなかで出会った体育教師に堕とされる話。 つまらない学校、つまらない日常の中の唯一のスパイスである体育教師に身も心も墜ちていくハートフルストーリー。ある時は図書室で、ある時は職員室で、様々な場所で繰り広げられる終わりのない蜜月の軌跡。 歪んだ愛と実らぬ恋の衝突 ノクターンノベルズにもある ☆とブックマークをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...