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【番外編】キューピットストーンの粋な計らい
*22*【A】【番外編完結】
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頭の後ろに彼の右手が差し込まれ、逃げ場を封じられてしまう。口付けがしやすい角度で固定されると、先ほどよりも深いところまで舌が届いた。その刺激に、身体の深い場所がじれて疼く。どうしてほしいのかは紅自身にはわからない。ただ、今は自由な左手を彼の頬に添えることで、受け入れる意志を示すのみ。
長い口付けはクチュッといういやらしい音を立てながらも続き、息苦しさを感じ始めたところで彼が引いた。互いの口元から伸びる唾液が、外からの光に照らされて銀の糸のように見える。
――綺麗……。
微睡みの中にいるみたいな穏やかな心地よさに包まれている。息は上がっていて苦しいはずなのに、それが気にならない。
「紅、お前、何考えているんだ」
抜折羅も息が上がっているようだ。口元をさっと親指で拭うと、紅を見下ろして返事を待っている。
「何って……」
気持ちよさに浸っているところという答え以外に見つからない。頭が働いていないからだろうか。
黙っていると、抜折羅が続ける。
「俺をその気にさせたら、場所とか状況とか関係なく襲うぞ?」
「う……抜折羅になら、とか、さっきの一瞬は思ってしまったけど……」
普段は彼に身体を求められても拒否するつもりでいる。触れてもらいたいと思うこともあるにはあるが、今はハグで充分だと感じられたし、その先がどうなるのかはよく知らないから正直なところ怖い。興味はあるが、今のところは警戒心が強いのでそこを越えようなどと考えたことはなかったのだ。
――だのに、ほんの一瞬、あたしは抜折羅を欲してしまった……。
「へぇ」
上から見下ろしながら、抜折羅の指先が紅の頬に触れ、首筋をなぞり、下へと進んでいく。
「望んでいるって気付いていたら、引き返せなかったかもな」
乱れた首もとから鎖骨を撫でて、胸の膨らみに指先を僅かに沈めると、彼の手は離れていった。
「今襲っちまったら、白浪先輩に唆された所為みたいに感じるから、やめておく。――キスマークくらいで煽られるなんて、情けない」
告げて、抜折羅は紅を抱き起こした。優しく頭を撫でて、ぼさぼさになってしまった髪を整えてくれる。くすぐったいが心地よい。幸せな気分だ。
「抜折羅は情けなくなんかないよ? ……あたし、嬉しかったし」
「……お前、あんまり可愛いことを言ってくれるな。そんなに俺のたがを外したいのか? 優しくできる自信はないぞ」
つんっと指先で額を押される。紅は押された場所に手を当てると、恨めしい気持ちを込めて抜折羅を見つめた。
「誘っているつもりはないんだけど……」
「それで無自覚か。他の男を誘うようなことはしてくれるなよ? 俺に足りないところがあるなら、補えるように努力するから」
「うん、わかった。抜折羅も、あたしに言ってよ? できるだけのことはするから」
「できるだけのことをちゃんとしてくれるなら、それで充分だ。紅、だから、あまり心配させるようなことをしないでくれ」
「努力するわ」
頷く紅の頬に手が添えられると、再び口付けされた。
「……なんか離れがたくなってしまったが、もう着くんだよな」
気をきかせてくれたのか、外の景色はいつものコースから逸れているように見える。とはいえ、この辺りは絹ヶ丘にある火群の家からは徒歩で来られる範囲だ。
「明日になれば、学校で会えるじゃない」
「……だな」
火群の家が見える辺りにステーションワゴンは停められる。お別れの時間だ。
「おやすみ、紅。良い夢を」
「おやすみなさい、抜折羅。素敵な夢を」
車から降りて、微笑み合う。寂しさはあるけれど、幸福なひとときを過ごすことができた気がする。
紅は抜折羅に手を振ると、自宅に向けて歩き出した。
(キューピットストーンの粋な計らい ~タリスマン*トーカー 短編~ 終わり)
長い口付けはクチュッといういやらしい音を立てながらも続き、息苦しさを感じ始めたところで彼が引いた。互いの口元から伸びる唾液が、外からの光に照らされて銀の糸のように見える。
――綺麗……。
微睡みの中にいるみたいな穏やかな心地よさに包まれている。息は上がっていて苦しいはずなのに、それが気にならない。
「紅、お前、何考えているんだ」
抜折羅も息が上がっているようだ。口元をさっと親指で拭うと、紅を見下ろして返事を待っている。
「何って……」
気持ちよさに浸っているところという答え以外に見つからない。頭が働いていないからだろうか。
黙っていると、抜折羅が続ける。
「俺をその気にさせたら、場所とか状況とか関係なく襲うぞ?」
「う……抜折羅になら、とか、さっきの一瞬は思ってしまったけど……」
普段は彼に身体を求められても拒否するつもりでいる。触れてもらいたいと思うこともあるにはあるが、今はハグで充分だと感じられたし、その先がどうなるのかはよく知らないから正直なところ怖い。興味はあるが、今のところは警戒心が強いのでそこを越えようなどと考えたことはなかったのだ。
――だのに、ほんの一瞬、あたしは抜折羅を欲してしまった……。
「へぇ」
上から見下ろしながら、抜折羅の指先が紅の頬に触れ、首筋をなぞり、下へと進んでいく。
「望んでいるって気付いていたら、引き返せなかったかもな」
乱れた首もとから鎖骨を撫でて、胸の膨らみに指先を僅かに沈めると、彼の手は離れていった。
「今襲っちまったら、白浪先輩に唆された所為みたいに感じるから、やめておく。――キスマークくらいで煽られるなんて、情けない」
告げて、抜折羅は紅を抱き起こした。優しく頭を撫でて、ぼさぼさになってしまった髪を整えてくれる。くすぐったいが心地よい。幸せな気分だ。
「抜折羅は情けなくなんかないよ? ……あたし、嬉しかったし」
「……お前、あんまり可愛いことを言ってくれるな。そんなに俺のたがを外したいのか? 優しくできる自信はないぞ」
つんっと指先で額を押される。紅は押された場所に手を当てると、恨めしい気持ちを込めて抜折羅を見つめた。
「誘っているつもりはないんだけど……」
「それで無自覚か。他の男を誘うようなことはしてくれるなよ? 俺に足りないところがあるなら、補えるように努力するから」
「うん、わかった。抜折羅も、あたしに言ってよ? できるだけのことはするから」
「できるだけのことをちゃんとしてくれるなら、それで充分だ。紅、だから、あまり心配させるようなことをしないでくれ」
「努力するわ」
頷く紅の頬に手が添えられると、再び口付けされた。
「……なんか離れがたくなってしまったが、もう着くんだよな」
気をきかせてくれたのか、外の景色はいつものコースから逸れているように見える。とはいえ、この辺りは絹ヶ丘にある火群の家からは徒歩で来られる範囲だ。
「明日になれば、学校で会えるじゃない」
「……だな」
火群の家が見える辺りにステーションワゴンは停められる。お別れの時間だ。
「おやすみ、紅。良い夢を」
「おやすみなさい、抜折羅。素敵な夢を」
車から降りて、微笑み合う。寂しさはあるけれど、幸福なひとときを過ごすことができた気がする。
紅は抜折羅に手を振ると、自宅に向けて歩き出した。
(キューピットストーンの粋な計らい ~タリスマン*トーカー 短編~ 終わり)
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