166 / 309
【番外編】キューピットストーンの粋な計らい
★12★
しおりを挟む
「僕が劇団を出入りするようになった頃には父さんは復学していて、教員免許を取得したんだ。家計を安定させるために、彫刻家としての道をお休みすることにしたそうだよ。――紅ちゃんは知っていたよね、父さんが宝杖学院で美術の先生をしていたこと」
「えぇ。彫刻家として名前が売れてきたから退職されたんだとも聞いてます。兄が習ったことがあるんですよ」
「なるほどね。だけど、名前が売れてきたからってのは建前だと思うよ。教員以外での収入が上がっていたのは事実だと思うけど。おそらく実際は、僕を宝杖学院に入れたかったからじゃないかな」
「そんなことで教員を辞めるものなのか?」
収入を安定させるために教員になったのなら、息子を宝杖学院に入学させることを理由に辞めるものだろうか。むしろ話を聞いてきた感じだと、諦めかけていた夢が叶いそうだから転職するという方が似合っている。
遊輝は質問をした抜折羅を見ながら、補足をする。
「一応、教員とその子どもは同じ学校にいちゃいけないらしいからね。理事長から色々融通してもらってはいたけど、そこは教員としての自分と親としての自分で悩んだって言ってた。ちなみに僕、小学校では美術の展覧会によく出してもらっていたんだよね。割と上位に入っちゃう常連で。父さんとしては、自分が学んだ場所が気に入っていたから、同じ環境で学ばせたかったらしい」
――そういうものなんだろうか?
抜折羅の両親は物心がつく前に相次いで亡くなったために、親という存在がどんなことを考えて子どもに接するのかイメージできない。なんだか不思議な感覚だ。
素直に納得できないでいると、紅がぼそりと呟いた。
「小さな頃から才能があったんですねぇ……」
その呟きを拾ったのか、遊輝が紅に顔を向ける。
「才能かどうかはわからないよ。ただの落書きでも添削して突き付けられるような環境で育ってきたから。頼んでもいないのに、やたら熱心でね。だけど、父さんの指摘の通りに直すと、最初よりもよく見えたから素直に従っていたんだけど」
「羨ましい環境です……」
紅の夢はジュエリーデザイナーになることだ。その努力の一環として美術部に所属し、その腕を磨いている。整った環境に憧れる気持ちは容易に想像できた。
「そう? ――あ。本当にそう思ってくれているなら、僕が直接指導しても良いよ? ここに通ってくれれば、喜んで添削してあげる」
「いえ。羨ましいのは本当ですけど、お断りします」
紅は苦笑していた。遊輝が何を企んでいるのか察したのだろう。
「えー。遠慮しなくていいのに。夕食もつけるし、なんなら宿泊もオーケイだよ?」
――って、自分からあっさり白状するんかいっ!
「あんたはよくそういう台詞がポンポンと出るもんだな」
呆れて、抜折羅は突っ込みをせずにはいられなかった。遊輝は肩を竦める。
「思っていることを素直に言っているだけだよ。チャンスがあるなら、全力で挑まなきゃ」
「もう少し自重って言葉を覚えた方が良いんじゃないですか?」
「ふふっ。抜折羅くんも言うようになったね。良いことだ良いことだ」
満足げに言われる意味がよくわからない。返す言葉が浮かばなくて、抜折羅は黙った。
「――話にオチを付けるのを忘れたけど、僕の昔話はこれでおしまい。宝杖学院に入学してからの話は二人とも知っているだろうし。そろそろケーキも食べようか」
楽しげに告げて、大型の冷蔵庫に遊輝は向かう。
――紅は今の話、どう思ったんだろうな。
遊輝の昔話を知ったところで、とりわけ何かが変わったようには思えない。もともと興味がなかったからという理由に思い至ると、紅がどのように受け取ったのかが気になる。彼女が少なからずとも遊輝に憧れの気持ちを抱いているのを知っている。何かしらの感情の変化があっても不思議ではない。
抜折羅は紅の横顔を見ながら、温かいブラックコーヒーを啜ったのだった。
「えぇ。彫刻家として名前が売れてきたから退職されたんだとも聞いてます。兄が習ったことがあるんですよ」
「なるほどね。だけど、名前が売れてきたからってのは建前だと思うよ。教員以外での収入が上がっていたのは事実だと思うけど。おそらく実際は、僕を宝杖学院に入れたかったからじゃないかな」
「そんなことで教員を辞めるものなのか?」
収入を安定させるために教員になったのなら、息子を宝杖学院に入学させることを理由に辞めるものだろうか。むしろ話を聞いてきた感じだと、諦めかけていた夢が叶いそうだから転職するという方が似合っている。
遊輝は質問をした抜折羅を見ながら、補足をする。
「一応、教員とその子どもは同じ学校にいちゃいけないらしいからね。理事長から色々融通してもらってはいたけど、そこは教員としての自分と親としての自分で悩んだって言ってた。ちなみに僕、小学校では美術の展覧会によく出してもらっていたんだよね。割と上位に入っちゃう常連で。父さんとしては、自分が学んだ場所が気に入っていたから、同じ環境で学ばせたかったらしい」
――そういうものなんだろうか?
抜折羅の両親は物心がつく前に相次いで亡くなったために、親という存在がどんなことを考えて子どもに接するのかイメージできない。なんだか不思議な感覚だ。
素直に納得できないでいると、紅がぼそりと呟いた。
「小さな頃から才能があったんですねぇ……」
その呟きを拾ったのか、遊輝が紅に顔を向ける。
「才能かどうかはわからないよ。ただの落書きでも添削して突き付けられるような環境で育ってきたから。頼んでもいないのに、やたら熱心でね。だけど、父さんの指摘の通りに直すと、最初よりもよく見えたから素直に従っていたんだけど」
「羨ましい環境です……」
紅の夢はジュエリーデザイナーになることだ。その努力の一環として美術部に所属し、その腕を磨いている。整った環境に憧れる気持ちは容易に想像できた。
「そう? ――あ。本当にそう思ってくれているなら、僕が直接指導しても良いよ? ここに通ってくれれば、喜んで添削してあげる」
「いえ。羨ましいのは本当ですけど、お断りします」
紅は苦笑していた。遊輝が何を企んでいるのか察したのだろう。
「えー。遠慮しなくていいのに。夕食もつけるし、なんなら宿泊もオーケイだよ?」
――って、自分からあっさり白状するんかいっ!
「あんたはよくそういう台詞がポンポンと出るもんだな」
呆れて、抜折羅は突っ込みをせずにはいられなかった。遊輝は肩を竦める。
「思っていることを素直に言っているだけだよ。チャンスがあるなら、全力で挑まなきゃ」
「もう少し自重って言葉を覚えた方が良いんじゃないですか?」
「ふふっ。抜折羅くんも言うようになったね。良いことだ良いことだ」
満足げに言われる意味がよくわからない。返す言葉が浮かばなくて、抜折羅は黙った。
「――話にオチを付けるのを忘れたけど、僕の昔話はこれでおしまい。宝杖学院に入学してからの話は二人とも知っているだろうし。そろそろケーキも食べようか」
楽しげに告げて、大型の冷蔵庫に遊輝は向かう。
――紅は今の話、どう思ったんだろうな。
遊輝の昔話を知ったところで、とりわけ何かが変わったようには思えない。もともと興味がなかったからという理由に思い至ると、紅がどのように受け取ったのかが気になる。彼女が少なからずとも遊輝に憧れの気持ちを抱いているのを知っている。何かしらの感情の変化があっても不思議ではない。
抜折羅は紅の横顔を見ながら、温かいブラックコーヒーを啜ったのだった。
0
お気に入りに追加
146
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
完結【R―18】様々な情事 短編集
秋刀魚妹子
恋愛
本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。
タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。
好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。
基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。
同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。
※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。
※ 更新は不定期です。
それでは、楽しんで頂けたら幸いです。
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
下品な男に下品に調教される清楚だった図書委員の話
神谷 愛
恋愛
クラスで目立つこともない彼女。半ば押し付けれられる形でなった図書委員の仕事のなかで出会った体育教師に堕とされる話。
つまらない学校、つまらない日常の中の唯一のスパイスである体育教師に身も心も墜ちていくハートフルストーリー。ある時は図書室で、ある時は職員室で、様々な場所で繰り広げられる終わりのない蜜月の軌跡。
歪んだ愛と実らぬ恋の衝突
ノクターンノベルズにもある
☆とブックマークをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる