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【番外編】ルビーという名の特効薬で
*9* 10月18日金曜日、20時過ぎ
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抜折羅に指示を出すと、彼はすぐにスマートフォンを取り出して紅の手に渡してくれた。身体を起こすのも手伝ってもらう。
――どっちが病人なんだか……。
互いに想定外の事態であるため、恨むにも恨めない。ため息が出そうになるのを堪えて、紅はスマートフォンの画面に目を向ける。数回、母親から電話が掛かってきていたようだ。気が引けながら、続けてメッセージのチェックをする。
――ん?
長月光からメールが届いていた。件名には『工作承ります』の文字。
――光、何を……。
本文を表示する。内容はとてもシンプルだ。
〝金剛くんの看病でお泊まりしたいなら、いつでもいいのでお電話ください。〟
「どうかしたのか?」
苦笑せずにいられなかったからだろう。抜折羅が訝しげな目を向けてくる。
「出来過ぎる友人を持つと怖いって話よ。――電話するから、ちょっと待って」
「おう」
アドレス帳から長月光の名前を呼び出して、紅は電話を掛ける。数コールの後に繋がった。
「もしもし、光? 今、大丈夫?」
「こちらは大丈夫ですわ。それにしても、ずい分と電話までに時間がかかりましたのね」
おっとりとした口調なのだが、指摘はとても鋭い。
「これには色々と事情がありまして……」
まさか正直に、抜折羅の家で寝ていたからだとは言えまい。添い寝以上のことはないのだが、それでも、だ。
「それで、電話をいただけたということは、裏工作が必要な状況、ということですのね」
彼女は物分かりがよいと、心底思う。話が早い。同時に侮りがたく、敵に回したくない相手だとも思う。
「うん、そんなところ。終電まででいいから、どうにかならない?」
「終電と言わず、朝までいればよろしいではないですか」
のほほんと返される。紅は自分の口元が引きつるのを自覚した。
「あたしが先週も外泊しているの、光は知っていたわよね?」
「良いじゃありませんか。わたくしの家で毎週パジャマパーティーでも。一泊であれば、中間テストの打ち上げってことにできますでしょう? ――あら、それとも、日曜の朝まで必要なのかしら?」
「いや、大丈夫。明日の朝にはちゃんと帰るから」
「うふふ、それなら安心ですわ。――先程、火群の家からお電話がありましたの。帰りが遅いから寄っていないか、と。紅ちゃん、家からの電話には出た方が良いですよ?」
「わかっているわよ……たまたまスマホが手元になくて、出そびれたの」
「そうですか。――とりあえず事情を察したので、お母さまへの返答ではわたくしの家に寄っていることにしておきましたわ。はしゃぎすぎて眠ってしまわれたので、このまま泊まっていってもらうかも、ともお伝えしております」
――話がわかりすぎていて、マジで怖いんですけど。
変な汗が流れている。空調がきちんと効いていて、ワイシャツにスカートという薄手の格好であるのに。
「あ、ありがとう。いつも以上に完璧なアリバイです……」
はしゃぎ疲れて眠るなど、幼稚園児レベルかと突っ込みたい気持ちはある。しかし一方で、電話に出られない状況と光が電話に出たときに静かである状況を同時にカバーできる言い訳なのだから、文句は言えまい。咄嗟の嘘にしては充分だ。
「うふふ、この程度で感謝していただけるのでしたら、いくらでも協力いたしますわ」
「このあと、あたしはどうしたら良いのかしら? 自宅に電話した方が良い?」
「いえ、こちらからお泊まりの連絡をしておきますから、紅ちゃんは気にせず金剛くんのそばにいてあげて下さい」
「――じゃあ、お言葉に甘えて」
「今回は貸しにしますから、いつか返して下さいね」
珍しい台詞だ。今度礼をすると言う前にそんな台詞を返されるなんて。
「貸しってことで構わないけど……どんな風の吹き回し?」
「うふふ、いざという時のために保険を作っておくのも良いかと思いまして」
「光のいざという時って状況が想像できないんだけど?」
何事も計画通りに進めていくタイプの人間だと評価しているため、紅には彼女が予期せぬ事態に遭遇する様が浮かばない。
「まぁ、良いではありませんか。――では、長話していても金剛くんに悪いですし、この辺で。お大事にとお伝え下さいな」
「うん、了解。おやすみ、光」
「おやすみなさいませ、良い夢を、紅ちゃん」
告げて、通話を切る。紅はソファーベッドの端に座っていた抜折羅に顔を向けた。
――どっちが病人なんだか……。
互いに想定外の事態であるため、恨むにも恨めない。ため息が出そうになるのを堪えて、紅はスマートフォンの画面に目を向ける。数回、母親から電話が掛かってきていたようだ。気が引けながら、続けてメッセージのチェックをする。
――ん?
長月光からメールが届いていた。件名には『工作承ります』の文字。
――光、何を……。
本文を表示する。内容はとてもシンプルだ。
〝金剛くんの看病でお泊まりしたいなら、いつでもいいのでお電話ください。〟
「どうかしたのか?」
苦笑せずにいられなかったからだろう。抜折羅が訝しげな目を向けてくる。
「出来過ぎる友人を持つと怖いって話よ。――電話するから、ちょっと待って」
「おう」
アドレス帳から長月光の名前を呼び出して、紅は電話を掛ける。数コールの後に繋がった。
「もしもし、光? 今、大丈夫?」
「こちらは大丈夫ですわ。それにしても、ずい分と電話までに時間がかかりましたのね」
おっとりとした口調なのだが、指摘はとても鋭い。
「これには色々と事情がありまして……」
まさか正直に、抜折羅の家で寝ていたからだとは言えまい。添い寝以上のことはないのだが、それでも、だ。
「それで、電話をいただけたということは、裏工作が必要な状況、ということですのね」
彼女は物分かりがよいと、心底思う。話が早い。同時に侮りがたく、敵に回したくない相手だとも思う。
「うん、そんなところ。終電まででいいから、どうにかならない?」
「終電と言わず、朝までいればよろしいではないですか」
のほほんと返される。紅は自分の口元が引きつるのを自覚した。
「あたしが先週も外泊しているの、光は知っていたわよね?」
「良いじゃありませんか。わたくしの家で毎週パジャマパーティーでも。一泊であれば、中間テストの打ち上げってことにできますでしょう? ――あら、それとも、日曜の朝まで必要なのかしら?」
「いや、大丈夫。明日の朝にはちゃんと帰るから」
「うふふ、それなら安心ですわ。――先程、火群の家からお電話がありましたの。帰りが遅いから寄っていないか、と。紅ちゃん、家からの電話には出た方が良いですよ?」
「わかっているわよ……たまたまスマホが手元になくて、出そびれたの」
「そうですか。――とりあえず事情を察したので、お母さまへの返答ではわたくしの家に寄っていることにしておきましたわ。はしゃぎすぎて眠ってしまわれたので、このまま泊まっていってもらうかも、ともお伝えしております」
――話がわかりすぎていて、マジで怖いんですけど。
変な汗が流れている。空調がきちんと効いていて、ワイシャツにスカートという薄手の格好であるのに。
「あ、ありがとう。いつも以上に完璧なアリバイです……」
はしゃぎ疲れて眠るなど、幼稚園児レベルかと突っ込みたい気持ちはある。しかし一方で、電話に出られない状況と光が電話に出たときに静かである状況を同時にカバーできる言い訳なのだから、文句は言えまい。咄嗟の嘘にしては充分だ。
「うふふ、この程度で感謝していただけるのでしたら、いくらでも協力いたしますわ」
「このあと、あたしはどうしたら良いのかしら? 自宅に電話した方が良い?」
「いえ、こちらからお泊まりの連絡をしておきますから、紅ちゃんは気にせず金剛くんのそばにいてあげて下さい」
「――じゃあ、お言葉に甘えて」
「今回は貸しにしますから、いつか返して下さいね」
珍しい台詞だ。今度礼をすると言う前にそんな台詞を返されるなんて。
「貸しってことで構わないけど……どんな風の吹き回し?」
「うふふ、いざという時のために保険を作っておくのも良いかと思いまして」
「光のいざという時って状況が想像できないんだけど?」
何事も計画通りに進めていくタイプの人間だと評価しているため、紅には彼女が予期せぬ事態に遭遇する様が浮かばない。
「まぁ、良いではありませんか。――では、長話していても金剛くんに悪いですし、この辺で。お大事にとお伝え下さいな」
「うん、了解。おやすみ、光」
「おやすみなさいませ、良い夢を、紅ちゃん」
告げて、通話を切る。紅はソファーベッドの端に座っていた抜折羅に顔を向けた。
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