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面倒ごとは金剛石の隣で【第2部完結】

★4★ 10月12日土曜日、午後

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「その反応、何か望んでいることがあるのか?」
「うん。抜折羅ばさらが叶えてくれるなら、お願いが一つあるの」
「言い出しておいてなんだが、無理難題は却下させてもらうからな?」
「大したことじゃないわよ」

 頬を紅潮させて、にっこり笑む。

 ――お願いってなんだ?

 こうが何を考えているのかよくわからない。想像力に欠けているのかも知れないな、と抜折羅は思う。

「ちなみに、何をお願いしようとしている?」
「それは内緒にしておくわ」
「なんで?」
「その方がやる気が出るから」

 そんなふうに言われてしまうと追及できないではないか。抜折羅はしぶしぶ口を閉ざす。その瞬間、閃くものがあった。

「――よし。途中でリクエストが変わるのは認めたくないからこうしよう」

 立ち上がり、私室に戻る。目的の物はすぐに出てきた。紙と二重封筒である。抜折羅はそれらを持って、事務所側に出る。

「これにそのお願いってのを書いておけ。封をして、試験結果が条件を満たしている場合に限り開封する――どうだ?」

 差し出した封筒とまっさらなコピー用紙を紅は素直に受け取った。

「わかった。そうしましょ。書くから、ちょっと後ろ向いていて」
「了解」

 紅が何を書くのか気になったが、抜折羅は自分の楽しみにするためにも我慢した。紙の上を筆記具が滑る音がする。十数秒ほどで作業は終わった。

「でーきーたっとっ! もう良いわよ?」

 促されて、紅を見やる。彼女の手元には封がされた白い封筒があった。口には〆のマークが描かれている。

「あたし、ちゃんと結果を出してみせるから、それまで開封しないでね。約束だよ?」

 押し付けるように、紅は抜折羅の胸元に封筒を差し出した。抜折羅は受け取って、照明にかざす。二重封筒はその機能をきちんと果たしているらしく、中身は透けない。

 ――気になる……。

「ちょっ!? ホープの力使って見るのは禁止なんだからねっ!!」
「案ずるな。使っても見えないし」

 封筒を取り返そうとぴょこぴょこ飛び跳ねる紅を軽くあしらいながら、抜折羅は告げる。

「ホント? 本当に本当?」
「嘘ついて何になるんだよ? 俺にとっても楽しみなんだから、約束は破らないさ。出来心で確認しただけだろうが」

 そんなに必死にならなければいけないような内容なのだろうか。ますます気になる。
 封筒を掴んでいる腕を上に伸ばして奪われるのを阻止していると、顔を真っ赤にした紅は次の手段に出た。

「ホープっ! 抜折羅が嘘ついていないって本当っ!?」
『心配は要らない。バサラを信じてやるといい』

 ――って、応答早っ!!

 ホープはよほど紅を気に入っているらしい。イントネーションがぎこちない日本語で紅の問いに応じていた。

「わ……わかった。それなら良いのよ」

 肩で息をしながら紅は呟くと、ソファーに腰を下ろす。納得してくれたようだ。

「――となれば、あとは勉強だな。ギリギリまで粘ろうじゃないか」
「あたし、人生で一番集中して勉強してるわよ……」

 少し疲れが出始めているようだ。効率を下げないためにも餌で釣る作戦を講じることにしたが、詰め込むにしても適度に休息は必要だろう。

 ――なんか、アメリカに渡ってすぐの頃を思い出すなぁ……。

 おそらく、抜折羅が人生で一番勉強したのは渡米した直後になるだろう。トパーズから宝石学資格取得のための知識を、当時慣れていなかった英語で習った日々はそう忘れられるものではない。

「勉強再開の前に休憩にしよう。インスタントコーヒーを淹れてくるが、紅は何を飲む?」
「おんなじがいい」

 ちょっぴりテンションが回復したらしく、紅がにっこりと笑いかけながら返事をくれる。

「了解。紅はテーブルを片付けておいて」
「はーい」

 二人きりで勉強というのは悪くない。満足している自分に気付いて、抜折羅は思い直す。

 ――今は良くても、結果は出さないとな……。試験問題は決まっているが、さて、どうなることか。

 紅から預かった封筒を大切に握り、抜折羅は事務所側の部屋を出たのだった。
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