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白水晶は未来を託す

★4★ 10月12日土曜日、深夜

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 次の瞬間、左頬に痛みが走った。ホールに響く音とその痛み、加えて視界の変化で、抜折羅ばさらは自分がぶたれたのだと理解した。

「どう? 加減しなかったけど」

 冷ややかな遊輝ゆうきの声。
 思わぬ展開だったらしく、息を呑む将人まさとの反応も聞こえてきた。

「痛いに決まっているじゃないですかっ!」

 視線を遊輝に戻す。掴みかかってやりたかったが、彼の冷たく突き放すような表情が目に入って動けなかった。

「……痛い、か。まぁ、当然の反応だよね」
「なんなんだよっ!?」
「抜折羅くん、確かに僕は君やこうちゃんのことを正確には理解できてないと思うよ。それは僕たちが別々の人間なんだから仕方がないこと。何にだって限界は存在するからね。――でもさ、僕は想像するんだ。理解できてないからこそ、その隙間すきまを埋めるために一生懸命に想像する。どうしてだろう、なんでなんだろう、どうやったらうまく伝わるんだろう、伝わってくるんだろう、って」
「俺の想像力が足りないって言いたいのか?」

 問いに、遊輝は首をゆっくりと横に振る。

「君はいろいろ抱えすぎなんだ。だから、想像する余裕がない。……前にも話したけど、抜折羅くんはもっと周りを頼るべきなんだよ。周りにいる人たちが、そんなに信用ならないのかい?」
「それは……」

 喋り出してみたものの、すぐに口をつぐむ。返事にきゅうしてしまった。

「紅ちゃんならきっと大丈夫だよ。自力でなんとかできる。僕よりも付き合いの長い黒曜こくようくんだって、彼女を信じているから行動に移したんだし。助かる見込みがなかったら、こんなことはできないよ」
「…………」

 何も言えなかった。抜折羅は握っていたクラスターをウエストポーチにしまう。そして、遊輝を見た。彼は薄く笑っている。

「抜折羅くんは良い子だね。これで僕を頼ってくれたら、本当に可愛い後輩なんだけどなぁ」
「……俺は少なくともあんたの能力は買っているつもりですが?」

 ホープの回収にまつわる事件に関しては、随分と彼には世話になったはずだ。周りを頼っていないという指摘については受け入れてもいいと思うものの、遊輝を頼っていないかと言えばノーと返せる自信があった。

「能力だけじゃなくて、僕自身を頼って欲しいんだけどな」

 台詞の意図が理解できない。ついいぶかしげな視線を向けてしまう。
 遊輝は困ったように笑った。

「僕たち、友だちでしょ? 君は親密になるのを避けたがるけど、僕はもっと君のことを知りたいし、もっともっと仲良くなりたいな。できれば、仕事抜きで」
「…………」

 さり気なくタリスマンオーダー社への勧誘を拒否してくる遊輝は抜け目のない男だと抜折羅は評価する。

「えっと……照れているってことにして良いのかな? 黙られちゃうと、ちょっと困るよ。抜折羅くん、どっちかっていうとポーカーフェースだし」
「……しばらくあんたとは口をききたくない」

 不愉快な気持ちと戸惑いの気持ちが混じった声色に、遊輝はあからさまにしょんぼりとした顔をした。

「冷たいよー、抜折羅くん……こんなに僕は君のことを想っているのに」
「気色悪い台詞を吐いてくれるなっ!!」
「ぐすん。本当のことなのに。どうして僕の気持ちは伝わらないんだろ」

 ――もう勝手にやってろ。

 馬鹿馬鹿しくなってきて、抜折羅は戦意を喪失してしまった。

 ――ってか、端からそれが目的だったのか?

 将人に襲いかかった抜折羅を止めるために、わざとそういう対処をしたという可能性が存在することに気付く。紅の試練を静観するために彼がこんな言動を取ったのだとしたら――そこまで考えて、抜折羅は紅が倒れているホールの出入り口に目をやる。まだ変化はないらしい。

 ――必ず戻って来い、紅……。

 手を出せない以上、じっと待っているしかない。ちらりと見やった将人の額に汗が浮かんでいるのが目に入り、それが抜折羅の胸のざわつきを助長したのだった。
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