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血玉髄は太陽を追って

*1* 10月11日金曜日、昼休み

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 十月十一日金曜日。
 昼休みの食堂は中等部の生徒と高等部の生徒が入り混じり、活気づいている。制服の移行期間も終わりに近付いているからか、半袖のワイシャツにベストを合わせた夏服よりも、長袖のワイシャツ姿やブレザーを着る冬服の姿の方が目立つようになってきた。
 こうひかり真珠まじゅとともに、池が見えるお気に入りのテラス席で昼食をとっていた。

「――今日の紅ちゃんはご機嫌ですわね」

 おかっぱの髪を首を傾げた拍子にさらさらと揺らして、光が指摘する。彼女の昼食は烏賊いか鱈子たらこの和風パスタだ。

「そりゃあ、金剛こんごうくんが戻ってくるわけやし、当然じゃないん?」

 円い眼鏡をくいっと上げて、真珠が不敵に笑みながら言う。彼女の昼食は彩りよく野菜があしらわれたナポリタンだ。

「あらあら。星章せいしょう先輩と仲良くしつつ、金剛くんまで独り占めとは紅ちゃんは大した女の子ですわね」
「……光、変なことを言わないでちょうだい」

 むせてカルボナーラを気管支に入れるところだったのを何とか回避し、紅は光に指摘する。

「それに真珠も妙な言い方をしないで。抜折羅ばさらが戻ってこようがなかろうが、そこは重要じゃないから」
「そうなん? あの落ち込みようは金剛くんがいなくなったせいやと、思うとったけど」
「そこは敢えて否定しないでおくわ」

 ふぅ、と息を吐き出して、フォークに巻き付けたカルボナーラを口に含む。落ち着いて食べられたもんじゃない。

「――そう言えば、二年生に一人、転校生が来るんやって。ワシントンから。金剛くんもワシントンから来ているし、関係者なんかな?」
「二年生に? こんな中途半端な時季によく来るものね」

 抜折羅からはそんな話は聞いていない。支部を設立するのが目的で戻ってきたというのは建前かと思っていたが、本当に仕事である場合、人員を増やす可能性はあるのだろう。

 ――表向きの仕事がある以上、タリスマンオーダー社としては体裁を整える必要はあるわけだし。無関係ではないんでしょうね……。

 そこでふと、将人まさと宝杖ほうじょう学院に転入してきた時季を思い出す。抜折羅と遊輝ゆうきが不在で、蒼衣あおいのみの状態であるときに現れたのは果たして偶然なのか。

 ――意図的だとしたら、将人はあたしたちのことを入念に調べた上で宝杖学院にやってきたってことになるけど、何の目的で? 蒼衣兄様に対する嫉妬だけでそこまでするもの?

 紅が食べる手を止めて黙り込むと、テーブルに影が差した。

「君が火群ほむら紅かな?」
「はい?」

 いきなり名前を呼ばれて、紅は顔を上げて影の主を見る。面識のない少年が池のある庭を背景に立っていた。

「ふーん。バサラが日本に残した女のところに戻るっていうから、一体どんなイイ女なのかと思ったが……、乳がデカい以外は特徴のない女だな」

 少年は紅の頭の先から見える範囲全てを眺めたあと、つまらなそうな顔でそう告げた。

「どちら様?」

 不満な気持ちと不審な思いを声に乗せて紅は問う。
 じっくり思い返してみても、見覚えのない顔だ。長めの金髪は肩口に掛からない程度の位置で切りそろえられ、さらさらと揺れる。前髪も長く、後ろと同じ長さにそろい、左右に流している。意地悪そうな切れ長の目。赤茶色の瞳は自信が溢れているように見えた。目鼻立ちのはっきりとした様子は、日本人よりも西洋人に近い印象をもたらす。肩幅は広めで、がっちりした感じだ。座っている状態からは少々わかりにくいものの、蒼衣より背は高いが将人には届かないといったところだろう。長袖のワイシャツに学院指定のベストを合わせ、緑色のネクタイを締めていた。

 ――ネクタイの色からすれば二年生? ってか、いきなり抜折羅の名前を出して来たけど、何者なの?

 返事を待ってにらむと、上級生らしい少年はフッと小さく笑った。

「まぁそんな恐い顔すんなよ。なにも、オレは君を取って喰おうとは思っちゃいないんだぜ? 友好的にいこうじゃないか」
「先に挑発したのはそっちでしょ? 抜折羅の知り合いではあるみたいだけど、名前くらい名乗ったら?」

 普段なら上級生に対しては丁寧な言葉遣いを意識しているが、馬鹿にされたのを黙ってやり過ごせるほど紅は大人ではない。
 文句をつけると、少年は片目を細めて冷たく笑んだ。

「見た目は好みじゃないが、気の強いオンナは悪くないな。――オレは向日むこう陽太ようた。来週からは高等部の二年生だ。バサラとはアメリカでの友人さ。オレの親父の会社とタリスマンオーダー社に繋がりがある都合もあって仲良くしている。一応、こっちには監査のために来ているんだ。そういうわけだから、よろしく頼むよ」

 自己紹介を終えて、向日陽太と名乗った少年は右手を差し出す。握手を求められたのを無視するのはさすがに気が引けたので、紅はしぶしぶ彼の手を握る。

「丁寧な自己紹介をどうも。――どうせ調べてから来ているんでしょうけど、あたしが火群紅よ」

 紅が短く自己紹介をすると、彼は握手する手はそのままに耳元にそっと口を寄せる。そして、周りには聞こえないように小声で告げられた。

「あんまりうちの有望なナイト様を誘惑してくれるなよ」

 耳元から離れて見つめてくる赤茶色の瞳はひんやりしていて不気味な光を返している。紅は背筋がぞくりとした。

「まぁ、そういうことなんで、また機会があればゆっくり話でもしようぜ。バサラが向こうでどんな生活をしていたのかだとか、色々教えてやるよ」

 陽太は紅の手を放し、テーブルからも少し離れる。

「そりゃどうも。機会が本当にあるなら訊くかもね、昔話」

 愛想笑いを作って応える。とにかく、ここは早い退場を願いたい。

「本当に、ね。言ってくれるもんだな。嫌われたみたいだし、君が追い出したくて仕方がないのもわかったから、今はこの辺で失礼するよ。さっきの忠告、忘れてくれるなよ」

 言って、陽太はきびすを返した。さらさらの金髪を揺らしながら彼は立ち去る。

「……忠告って?」

 様子を黙って見ていた光が問い掛ける。紅はフォークを握り直して、昼食を再開することにした。

「抜折羅の仕事の邪魔はするなって言われただけよ。そのくらい、あたしだって心得ているのに」

 なんとも面白くない。紅はムスッとしながら、カルボナーラを頬張ったのだった。

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